3 塔
「言いたいことってなんだよ」
「こんな馬鹿なマネは今すぐ止めて」
一瞬前までとはうって変わって強い声で香織は言った。
ドア越しに聞こえる声には明らかな非難の色が浮かんでいる。
「あなたたちの行動は無意味だよ。ラバースに対抗するための行動だとしても、やっているのは罪もない人間の虐殺だ。そんなことをしても何も変わらないよ」
シンクはわずかに気圧されたが、すぐに反論する。
「無意味ってなんで決めつけてんだよ。お前らALCOだってラバースの根幹を支えてるのはEEBCだってことは知ってるだろうが。それを潰そうとして何が悪い」
「単なる梱包工場を襲うことがそんなに意味がある?」
「なっ……」
香織の指摘にシンクは言葉に詰まる。
「厚木だけじゃないよ。藤沢のIWAMI自動車工場。津久井の七橋工務店。中大井のブルーオーシャン工業団地。戸塚のTR電信研究所。小田原のDAR関東支社。全部フェイクの梱包工場だって知ってた?」
「何だと……」
中大井のブルーオーシャン工業団地。
まさにこれから向かおうとしていた場所である。
「外から見て怪しいと思う施設はすべてフェイク。最初から神奈川県内にEEBCの製造施設なんて存在しないんだよ。私たちは怪しい場所すべてを回って確かめたからね」
「馬鹿な……」
シンクは愕然とする。
やはりハルミの情報は間違っていたのか?
しかし、言われてみればその通りである。
EEBCは世界中が知りたがっているラバースコンツェルンの最重要秘密だ。
ルシフェルが裏で実権を握っているというこの神奈川。
守るのは国家から切り離された利益第一の警察。
素人同然の防衛しかできない能力者。
そんないい加減な奴らに任せられるはずがない。
「じゃあ、やっぱり県外か……?」
「神奈川だけじゃないよ。日本中にあるEEBC関連と目される施設はすべてフェイクの梱包工場か、完成品を機械に組み込むための施設なんだ。生産工場なんてものは
ラバースコンツェルンが十年近くずっと建設中の建物。
それは甲府盆地をすべて覆うほどの超巨大なハイパービルディングだ。
まだ未完成にも関わらず、神奈川からでも丹沢山地の向こうにその威容を見ることができる。
正式名称は決まっておらず『塔』という仮称で呼ばれている。
完成後は本社が移転するらしい。
ラバースが技術の粋を結集した巨大建造物。
当たり前だが、簡単に侵入できるような場所ではない。
「力づくで解決するにはラバースは大きすぎるんだよ。ヤケになって振るった拳は敵まで届くことはなく、ただ近くにいる無関係な人を傷つけるだけ……もうこんな事は止めて。このまま続けてたら、真夏さんだって悲しむ……」
シンクは思わずカッとしてドアを殴りつけた。
「……知ってて言ってやがるのか」
握った拳に力を込める。
ドアの向こうからはなんの返事もない。
「俺の母親が、あいつらに殺されたって知ってて言ってやがるのか!」
大声を出すべきでないことはわかっている。
しかし、わき上がる激情は抑えきれなかった。
シンクが母、荏原真夏の死を聞いたのはおよそ一ヶ月前。
暴人窟でのし上がり、街でも十指に数えられる実力者と言われ始めた頃だ。
どのような手段を使ったのか、外と繋がっているハルミがある日その情報を持ってきた。
最初はもちろん半信半疑だった。
できるのならもっと調べて欲しいと依頼した。
そしてハルミはご丁寧にご丁寧に頭を撃ち抜かれた母の銃殺死体の写真を手に入れてきた。
その後、様々な手段を使って一度だけ携帯端末を使用して外と連絡を取ったことがある。
母のパート先に連絡を入れて、友人だったという女性から話を聞いた。
真夏が死んだのは事実で、葬式は先日済ませたと……
母はL.N.T.というラバースの秘密を知る人物である。
姿を隠してひっそりと暮らしてきたのに、何故今頃になって処刑されたのか?
アミティエやマナのことなどすでにどうでも良かった。
自分達の勝手な都合で人の命をもてあそぶラバースが許せない。
シンクが行動を起こした直接のきっかけはそれだった。
「てめえにわかるのかよ、たった一人残った家族を殺された人間の気持ちが!?」
「ごめん。悪かった」
香織は素直に謝罪をした。
その上で彼女はまだ言葉を続ける。
「けど、無関係の人々を傷つけることが正当化されるわけじゃないよ。あなたの行動は自分と同じように悲しい思いをする人を増やすだけ」
「知ったことか。ラバースに味方する奴らどうなろうが関係ない。秘密を暴けないってんなら、誰もあんなやつらに関わりたくなくなるくらいメチャクチャにしてやる」
「そう……」
シンクはすでに平穏な暮らしを諦めている。
ただ、胸に燻る怒りを吐き出したい。
それ以外に望むのは何もない。
「だったら私たちはやっぱり手を取り合えないね」
「最初から望んでねーよ。お前らはお前らで勝手にしろ。ただし、邪魔をするなら潰す」
「言ってもダメなら邪魔をするつもりはないよ。あと、一応これをあげる」
ドア上部の隙間から何かが放り込まれた。
シンクはキラキラと輝くそれをキャッチする。
「隠密に使える汎用ジョイストーン。あなたなら上手く使えると思う」
かつて自分の半身ともいえるほどに大切にしていた宝石。
シンク自身の能力ではないが、この感触は忘れるはずもない。
「……いらねーよ、今さら。こんなもん」
かつてシンクは班長クラスの能力者などと呼ばれて無敵になったつもりでいた。
だけど、今はJOY使いの無力さも身に染みてわかってしまった。
こんなものは所詮子どものオモチャに過ぎないと。
あの≪
「いらなきゃ捨てていいよ。……できるだけ、無駄な人殺しはしないでね」
最後にそう言って、ドアの向こうから香織の気配が消えた。
何かの能力を使っているのだろうか。
侵入工作を行っていたのなら、姿を消すくらいはお手の物なのだろう。
「今さら、こんなもんがあったって……」
シンクは渡されたジョイストーンを手に取り、それをポケットの中に入れてトイレを出た。
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