5 ゴミ掃除

 国会議事堂本会議場内。

 厳かな雰囲気の中で、議員たちは一様に緊張に身を引き締めていた。


 両院合わせて七二二議席。

 うち実に七〇〇議席を占める与党議員。

 彼らは皆、どこか浮き足立っているようにも見えた。

 そして極少数の野党議員たちは誰もが死にそうなほど青白い顔をしている。


「ただいまをもって『新国家統合特例法』を発令する!」


 議長席に立つ鷹川総理大臣が告げると議事堂内は大いに涌いた。

 与党議員たちは手を叩き喝采を上げ、野党席からは絶望のため息が漏れる。


 この十数年で国会議員はほぼ総入れ替えをしたと言っていい。

 女性比率が六割を超え、九割はラバース社と疎なり密なり関係を持っている。


 言ってみればほとんどが政治経験の浅い素人議員だ。

 思い通りに事が進めば子どものようにはしゃぐ幼稚な大人たち。

 しかしそんな彼らも選挙によって選ばれた、嘘偽りのない国会議員である。


 ラバースコンツェルン総帥新生浩満は議事堂が見渡せる傍聴席にいた。


 この数年間の働きの結果がついに実った瞬間である。

 さすがの彼も感慨深いものがあるのか、目を瞑って拍手を送っていた。


 現与党の議員は大部分が浩満の息がかかった者。

 ハッキリ言えばラバース傘下企業の元役員や大株主で構成されている。

 彼らを国会に送り込むことに成功した時点で、日本の立法機関は彼の手に落ちたも同然だった。


 我が国が空前の不景気から脱するきっかけを作り、二大大国の崩壊という未曾有の危機を乗り越えられたのは、紛れもなくラバースコンツェルンの力あってこそだ。


 EEBCの発明。

 既存メディアの完全掌握。

 旧アメリカ合衆国が先導した貿易完全自由化を逆手にとった徹底輸出攻勢。


 L.N.T.の崩壊から今日まで脇目も振らずに駆けてきた。

 わずか十年程度でよくここまで来られたものだと思う。


 すべては無二の友人と、様々な場所で暗躍してきた最強の手駒たち。

 そして犠牲になった未来ある若者たちのおかげである。


 だが、これは最初の一歩に過ぎない。

戦いは始まったばかりなのだ。


 世界を作り変えるための戦いは。


「くくく、はははは」


 それでも、浩満は笑う。

 気を引き締めるべきとわかっていても。

 零れる歓喜は止められない。


「あははははっ! やった、やったぞっ!」


 今日くらいは良いだろう。

 返ったらとっておきのワインを開けよう。

 スッキリした気持ちで明日からもまた頑張るために。


 今頃はゴミ掃除テロリスト掃討も終わっているだろうから。




   ※


 冗談じゃない。

 なんなんだこれは。


 ツヨシは次々と倒れていく暴人窟の仲間たちを夢の中にいるような気分で眺めていた。


 ルシフェルの姿こそ見つからなかったものの、フレンズ本社襲撃は大成功に終わった。

 すべてのジョイストーンの廃棄に成功し、邪魔をする能力者や警備員もすべて蹴散らした。


 かつての仲間を撃つことへのためらいはなかった。

 暴人窟の人間たちを虐げてきた外の奴らなんて殺されて当然だと思った。

 半年程度の生活とはいえ、ツヨシはあの街の暮らしの中でこの国の暗部を知ったのだから。


 悪いのは今の政府であり、ラバースコンツェルンなのだ。

 言ってみれば自分たちは世直しをしている。

 それくらいの気持ちだった。


 ツヨシは正義の行いに酔っていた。

 尊敬する鈴木信行さんが、目の前で頭から血をまき散らして倒れるまでは。


 一瞬前まで声高に仲間たちを指揮していたのに。

 脳漿をぶちまけた憧れの人の変わり果てた姿が信じられなかった。

 信行さんが狙撃されたという事実を頭で理解するまでには長い時間が必要だった。


 そして、どこからか現れた迷彩服の集団が次々と仲間たちを組み伏せていく。

 まるで赤子の手を捻るようにあっさりと。


 呆然と立ち竦んでいるツヨシに兵士の手が伸びた。

 一瞬後には天地が逆転し、地面に押しつけられた頭に鈍痛が走る。


 なんだこれは。


 フレンズ本社を後にしたツヨシたちは、シーカーを使って近隣のジョイストーン反応を探り、能力者を見つけては片っ端から狩っていた。

 能力者の少年たちはラバース系列か否かに関係なく近隣企業の用心棒みたいな活動をしていた。

 PF横浜地区の内部だけでも溢れるほどの能力者がいた。


 あえて目立つように適当なビルに乗り込み、出てきた能力者を手加減なく殺して回った。


 繰り返すが罪悪感はなかった。

 自分達は正義を執行しているのだから。


 なのに、なぜだ。


 なぜ正義の味方であるはずの自分達がこんなふうに倒されなきゃ行けない。

 信行さんがその目的も達せないまま、あっさりと殺されなきゃいけないんだ!


「うおおおっ!」


 ツヨシは抵抗した。

 大声で叫びながらがむしゃらに暴れる。

 極められた腕が痛むのも気にせず迷彩服の男を蹴り付ける。


「大人しくしないと射殺する」


 敵対者の冷たい声は耳に届かない。


「よくもっ、よくも信行さんを殺したなーっ!」


 あの人はこんな所で死んで良いような人じゃなかった。

 ケンカの腕前はシンクさんに劣るけど、とんでもない思想と圧倒的な冷酷さを持っていた。


 あれはツヨシがまだ荏原派にいた頃のことである。

 乱闘で倒れて鈴木派の捕虜になり、死も覚悟していた自分をあの人は殺さなかった

 それどころか捕虜である自分に己の理想を語って聞かせる信行さんの話を聞いた時、ツヨシは今までに感じたことのない強い衝撃を受けた。


 感動と言っていい。

 これまでの人生すべてがフェイクだったと知らされたような気分だった。


 信行さんは凄い人だ。

 彼ならこんな腐った世界を変えてくれる。

 シンクさんを裏切ってでも、着いていくだけの価値があると思った。


 なのに、なんでこんなことになった!?


「お前らぁ! お前らが、誰を殺したかわかってんのかぁ!」


 ツヨシは半狂乱になった。

 とは言え上半身は固定され動かせない。

 実際には醜く足をじたばたさせているだけである。


「やむを得ん。撃て」

「了解」


 事務的なやり取りの声の直後、小さな銃声が響いた。


 痛みを感じる間もなかった。

 憧れの人と同様、わずか5.56㎜の銃弾を頭に撃ち込まれた。

 自分が死んだ瞬間すら認識できないまま、ツヨシは短い生涯に幕を下ろした。




   ※


 まったく何が起こっているのかわからない。

 福田国昭は必死に直前までの状況を思い出そうとする。


 彼が率いる福田派は県警本社を襲撃した。

 思う存分に暴れ回り、殺戮の限りを尽くした。


 彼らはさらにひとりでも多くの警察を殺し回るため、近隣の県警支社を襲った。

 拳銃くらいしか武器を持っていない民間警察なんて敵ではない。

 昔年の恨みを晴らすかのように片っ端から殺しまくった。


 久良岐市の南部を中心に時計回りですべての県警支社を潰すつもりだった。

 二つ目の支社を蹂躙し尽くした時点でこちら側の脱落者はゼロ人。

 途中で遭遇した即応機動隊も、なにやらグダグダと警告を発している間に対戦車ミサイルをぶち込んで殲滅してやった。


 俺たちを止めるものはなにもない。

 この調子ですべてを殺して壊して犯して奪い続けてやる。

 最終的には俺たちを見下した一般市民共を一人残らず血と暴力の海に沈めてやろう。


 実際にはそれが可能なほどの弾薬はなかったが、自分たちならやれるだろうと錯覚するほどに彼らは調子に乗っていた。


 その矢先だった。

 光と轟音が福田たちを襲った。

 気がつけば辺り一面に鉄くずと肉片が散らばっていた。


 その光景を見ている福田自身も下半身がまったく動かない。

 痛みはないが、何か重い物が体を押し潰していた。


 戯れに指に嵌めていたDリングの守りが、彼一人をほんの少しだけ長く生きながらえさせた。


「生存者一名確認」


 後ろから声が聞こえた。

 福田は振り返ろうとして、その視線を途中で止めた。


 声のことなどすでに頭から消えていた。

 首を九十度傾けた福田は、路上にその偉容を確かに見た。


 深緑の車体。

 地を震わせるキャタピラ。

 真っ直ぐにこちらを向いて突き出た主砲。


 ……そりゃ、ずりぃよ。

 勝てるわけねえよ。


 拳銃相手にアサルトライフルと対戦車ミサイルで思うまま破壊と殺戮をまき散らした福田が、それらをさらに上回る圧倒的武力を前にした感想は、そんなものだった。


「照合完了。生存者氏名は福田国昭。警察殺しポリスキラーの最優先ターゲットだ」

『即座に始末せよ。警察殺しは降伏も認めず殲滅すべし』

「ターゲットはDリングを装備している」

『なら念入りにやれ』

「了解」


 頭上で交わされる会話は、片方がノイズ混じりの無線を通した声だった。

 戦車の登場に驚いていた福田は若干の正気を取り戻す。


 耳に届いた情報を整理しようとした直後、彼の目の前にパイナップルが落ちてきた。

 戦車の色と同色の、掌サイズの小さな二六式手榴弾パイナップルが。


「ひ……!」


 目を見開いた瞬間、強烈な光と爆風が福田の体を飲み込んだ。

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