7 ふたりのレイン

 アオイはアリス博士を追いかけて大通りを走っていた。

 アリスが乗っているのは50ccの原付スクーターである。


 それに対してアオイのは中型バイクだ。

 見失わない限り確実に追いつくのは時間の問題だった。


『目標は二つ先の信号で停車しています』


 携帯端末からスタッフの声が流れてくる。

 こうなったらもう、裏方にも隠れさせておく必要はない。

 車で先回りさせてシーカーで常に位置情報を確認するよう命令しておく。


「接近し過ぎないようにね」

『了解』


 やはりアリスは原付で移動を続けているらしい。

 もうすぐで断線区画を抜けてしまう。


 スタッフの乗る車が見えた。

 先には小さな交差点がある。


 信号は赤。

 アオイは迷わず突っ込んだ。

 横から突っ込んできた車がクラクションを鳴らす。

 無視してさらにスロットルを開ける。


 次の交差点で停車している原付を発見した。


「真面目に交通法規を守って逃げ通せるとでも思ったのかしら?」


 ターゲットのふざけた態度にアオイは獰猛な笑みを浮かべる。

 進行方向を塞ぐように割り込み、博士の前に機体を滑り込ませる。


「追いついたわよ。もう逃がさないから……」


 直後に信号が青になった。

 アリスは何事もなかったかのようにアオイを避けて先へ行く。


「ちょっと!」


 完全に無視されたアオイは思わず怒鳴り声を上げた。


「止まりなさい、このクソ女っ!」


 断線区画を抜けるまであと信号二つ。

 無傷で捕らえるなんて悠長なことを言っている余裕はない。


 逃げる博士に向かって氷塊を撃つ。

 運転しながらでは狙いを定めるのが難しい。

 横を走る自動車に当たって窓ガラスが砕け散った。


 悠々と攻撃をかわしたアリス博士は路地裏に入っていった。

 もうちょっと距離を詰めれば地面を凍らせて転ばせてやったのに。


 だが、逃げた方角は断線中の地区である。


 アオイはアリスの後を追った。

 狭い道だが思いっきって速度を上げる。

 バケツをはね飛ばし、子どもにぶつかりそうになった。


 アリスの原付はまた角を曲がる。

 さらに狭い路地へ逃げていく。


 路地裏チェイス。

 アオイは機体を思いっきり傾けた。

 ほとんど速度も落とさずに狭い路地へと侵入する。


「ちっ!」


 前輪が建物の塀をかすった。

 バランスを崩して倒れそうになるが持ち直す。

 その直後、停車しているアリス博士の原付が目の前に現れた。


「おわっ、とぁっ」


 ギリギリのハンドル操作で避けて急ブレーキをかける。

 十メートルほど通り過ぎた地点で停止する。

 心臓がばくばく音を立てる。

 アオイは動揺を表には出さずにクールに振り返った。


「ふ、ふん。ついに観念したのかしら」


 しかしアリスはアオイを見ていない。

 原付のスタンドを立て、正面の建物のドアをノックする。

 立て続けに無視されたアオイの我慢はもう加減に限界に達していた。


「もういいわ。一緒に来る気がないのなら、この場で死になさい」


 全力の『氷華円舞』で周囲すべてを暴風雪に包み込む。

 殺す気はないが、四肢が壊死するくらいは覚悟してもらう。

 私を怒らせたお前が悪いのよ。


 と、正面の建物のドアが開いた。

 その中から二人の少女が出てくる。


「うわっ、なにこれ! 寒っ!」

「あーっ! ストップ、そこのJOY使いの人ストップ!」


 少女の片割れがアオイを見つけて慌てて止めようとする。

 アオイは腕の先から氷の刃を出して状況を警戒する。


「双子?」


 少女たちは互いにそっくりな外見をしている。

 どちらも中学生くらいの日本人で、おそろいの帽子を被っている。


 即座に能力者であることを見破ったということはラバースの関係者だろう。

 会ったことはないはずだが、どこかで見たことのあるような顔である。


「連れてきたよ」


 アリス博士は平然と少女たちに報告する。


 連れてきた……ですって?


「うん、ありがとうアリスさん。でも彼女すっごい怒ってるみたいだよ」

「後は私たちが話をつけるから中に入っててね。ネットは使えるようになってるから」


 博士は少女たちの間を通り過ぎ建物の中に消えていく。

 代わりに双子の少女がアオイの前に立ち塞がった。


「何者かしら」


 アオイは怒気をはらんだ声で尋ねる。

 代わりにこの怒りをぶつけさせてくれるなら相手が誰でも別に構わない。


「あーっ、ちょっと待って! 私たちはあなたと争う気はないから! ほら、この通り」


 少女たちは両手を上げて降参の意を示す。

 もちろん信頼できるわけもない。


「誰なのかと聞いているのよ」

「あわわ。ごめんごめん、答えるよ。私はシーラ、それでこっちが」

「ニナだよ。えっと、アオイさんでいいんだよね?」


 やはり聞いたことのない名前だ。

 どう見ても日本人にしか見えないが外人の名前?

 偽名を使っているのか。


「なぜ私の名前を知っているの?」

「えー、そりゃもちろん、情報は本社から入っているし」

「あなたの所属部署を管理してたのは私たちの派閥だしねー」


 部署?

 本社?


「まさかあなたたち、『レイン』……?」

「そうだよ。シーラ=レインです」

「ニナ=レインよ」


 シーラと名乗った女が帽子を脱ぐ。

 ふわりと広がったショートカットの髪は水色だった。


「私たちはラバース本社の命令でここに来てるんだ。近いうちに御曹司ルシフェルの放った刺客がやってくるから接触しておけってね」


 道理で同じ顔をしているわけだ。

 彼女たちは元々は同一の人間なのである。


 正確にはとある人物の遺伝子情報を培養したクローン。

 かつてラバースの協力会社が研究を進めていた人造人間プロジェクトの作品だ。


 その名はレインシリーズ。

 レインには三つの特性がある。


 限りなく不死身に近い肉体を持っていること。

 成人した状態で生まれ、最初から植え付けられた記憶を持っていること。

 そして、例外なく目の覚めるような水色の髪をしていること。


 とりあえずアオイが彼女たちについて知っている情報はこの程度だ。

 どういう理由で生み出されたのかとか、どんな技術がそれを可能にしているのかとか、細かいことは極秘とされている。


 ラバースの闇と技術力は底知れない。

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