6 人間ミサイル

「Neler oluyor!?」

「yardim!」


 みるみるうちに空高くへと持ち上げられる少女の身体。

 彼女は群衆から離れた場所、広々としたアスファルトの上空に移動させられる。

 その高さはおよそ三〇メートルほど。


「それっ!」


 マナのかけ声と共に少女の体が落下を始めた。


「Vay ah ah ah ah ah!」

「ふざけんなっ!」


 ショウは即座に飛び立った。

 一瞬にして距離を詰め、落下途中の少女の体を抱きとめる。


「大丈夫か!?」

「oh,oh……」


 突然のことに少女は驚き目を見開いたまま怯えていた。

 ショウが助けなければ確実に地面に叩きつけられて死んでいたはずだ。


 あの女、本気で無関係な人間を殺すつもりだった。

 ショウは少女を抱えたまま地上を見下ろし、さらに驚くべき光景を見た。


「――!」

「――――!」

「あはは! さっすがショウ君!」


 さらに十数人の民衆が少女と同じように宙につり上げられていた。

 群衆は完全にパニック状態に陥り、地上の人々も右へ左への大騒ぎになっている。


「さあ最強くん、次は全員を無事に助けられるかなあ!?」


 これ見よがしに大声で叫ぶマナ。

 ショウは歯を食いしばり、とりあえず近くの人間から助けようとする、が……


「ちっ!」


 移動しようとした瞬間、オートガードが発動して動きを阻まれる。

 あれだけの数を持ち上げてなお、こちらに攻撃をする余裕があるのだ。


「てめえっ!」

「あはははっ、それじゃ落とすよーっ」


 空中の人々が一斉に落下を始める。


 ショウは最初に助けた少女を抱えたままだ。

 身一つで大勢の人は助けられない。

 マナの妨害も潜り抜けなければならない。

 どんなに急いでも三、四人を助けるのが精一杯だろう。


 だが、ショウは諦めない。

 一人ずつ助けるのが無理なら、まとめて掬い上げれば良い。


「おおおおおおっ!」


 ショウの体を中心に突風が巻き起こる。

 指向性を持った風は、ある程度周囲に広がった時点で地表へと向かう。

 風は地面で反転して上向きへと変わった。


「ah ah ah ah!」


 強烈な下からの風を受け、パニックを起こしている群衆たちの体が浮かび上がった。

 まるでフライパンの上のポップコーンが弾けるような光景である。

 同時に落下中の人々もその速度を落としていく。

 あとは風の力を調整しつつ、できるだけ大勢にとって衝撃の少ないよう着地させる。


「っ……はっ!」

「vay!」


 体重の重い大人は重力を相殺しきれずに多少の衝撃を受けたかもしれないが、ほとんどの人間は怪我をすることなく無事に着地に成功する。

 少なくとも子どもは全員無事である。


「はぁ、はぁ……」


 激しく風の力を放出した上、精密な操作を行ったため、精神力を大きく消耗した。

 もう一度同じ事をやれと言われたらできる自信はない。

 さすがのショウも息を切らしている。


「ほら、さっさと逃げろ」

「e……evet!」


 腕の中の少女を地面に下ろすと、彼女は一目散に走り去っていった。

 周りの野次馬たちもまた巻き込まれるのを恐れ、叫び声を上げながら散り散りに逃げる。


「すごーい! さすがショウくん、正義の味方ーっ!」


 ぱちぱちぱち。

 マナが大げさに手を叩く。

 心底からの怒りと侮蔑を込めてショウはマナを睨みつけた。


「ふざけたマネしやがって……!」


 愛刀・大正義は最初に飛び立った時に放り投げてしまった。

 今はマナの足下近くに転がっている。

 距離は約一〇〇メートル。

 しかし、状況はさっきと変わっている。


 あれだけ激しく風を吹き荒れさせたため、周囲の土埃が舞い上がっている。

 見えない攻撃の軌道がうっすら見えるようになっていた。

 マナはまだそれに気づいていない。


 攻撃が来る方向さえさえわかれば避けることもできる。

 弱点を晒したのはあいつの方だ。


 ショウは敵の能力の密度が薄いルートを見極める。

 右前方から弧を描き、大正義を拾って斬りつけるまで二秒もあれば十分だ。


 透明な翼を広げ地面を蹴ろうとした、その刹那。


「がっ!?」


 突然、横から何かが飛んできてショウの体にぶつかった。

 大したダメージはなかったが、予想外の衝撃に軽い混乱に陥る。


 オートガードが発動しなかった?

 いったい何が起こったのかと飛んできたものを確認すると。


「な……」

「acitiyor……!」


 先ほど逃げたはずの少女が頭を抱えて地面に転がっていた。


「ショウくんの弱点その二、はっけーん!」


 逃げ惑う群衆の中からさらに数名の人が浮かび上がる。

 幼い子どもたちが次々とミサイルのように飛んでくる。


 ショウが避ければ背後の建物にぶつかる。

 あるいは地面に叩きつけられるだろう

 どちらにせよ、タダでは済まない。


「てめえっ!」


 突風で押し返そうとするが、子どもたちの動きは止まらない。

 風を避けるように空中で無理やり軌道を変えて強引に突っ込んでくる。


 せめて受け止めようと両手を広げて構える。

 だが、飛んできた少女は頭からショウの肩にぶつかった。

 そのまま後方へと向かい、方向を転換してまたこちらへ飛んでくる。


「――!」

「――――!」


 聞くに堪えない絶叫。

 まるで人間ロケットである。


 オートガードは接近しての直接攻撃は自動的に防いでくれない。

 逆を言えば遠距離攻撃ならいかなる攻撃にも気を払う必要はないはずだった。


 まさかこんな方法でによる攻撃を可能とするとは。

 人体を武器にするなんて想像もしたことがない、信じがたいほど悪辣な女である。


「このクズ野郎がっ!」

「あはあっ。野郎じゃないもーん。女の子だもーん。あはははっ」


 マナはおかしそうにカラカラと笑う。

 幼い子供を武器として使うことに対する罪悪感は微塵もみられない。


「ほらほら、ちゃんと受け止めないと! 次に避けた子は頭から地面に突っ込ませちゃうよ!」


 人がぶつかった程度ではたいしたダメージはないが、このままでは子どもたちの方が持たない。

 任意のダイヤモンドシールドを張れば自分自身は無傷でいられるが、突っ込んで来た子どもたちは確実に死んでしまう。


 見えない力に振り回される子どもたちは一体どれほどの恐怖を味わっているのだろうか。

 一刻も早くこんなふざけた攻撃を止めなければならない。

 なにか、何か方法はないか。


「あははっ、あははははっ!」


 マナが笑う。

 子どもたちの命は悩んでいる間にも確実に削られていく。


 無敵の神器使いが聞いて呆れる。

 目の前の狂った女に対して有効な反撃手段を見いだせないなんて。


 こうなったら、一か八かだ。


「うおおおおおっ!」


 ≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫の力を全開に。

 透明な翼を広げて暴風を巻き起こす。


 子どもたち体が浮き上がる。

 そして高高度で任意のダイヤモンドシールドを展開。

 遠く離れた場所に透明な盾を作り、それをさらに薄く広く拡大する。


「あれっ?」


 ダイヤモンドシールドの遠距離展開と拡大は精神力を強烈に消耗する。

 半径五〇メートルをカバーするような巨大な盾を顕現できるのはもって数秒程度か。

 しかし、子どもたちを上空に押しやったショウとマナの間に、もはや障害は何も存在しない。


 翼を広げて一気に接近する。

 狂気の女を睨みつけ、その喉元に手をかけようとした瞬間。


「はい、そこまでー」


 ニヤリと表情を緩めるマナとの距離、わずか数センチ。

 そこでショウは動きを止めた。

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