8 本社からの勧誘
「実はとっくの昔に本社はアリス博士と接触してたんだよ」
「説得するのは大変だったけどねー。話がまとまるまでにスタッフと私たちの姉妹が全部で一〇〇人くらい殺されちゃったんだっけ?」
「そうそう。協力を約束した後も大変だったよ。気まぐれに行動するアリス博士の動向を把握するのは骨が折れた」
「紛争地帯を渡り歩くのは止めて欲しかったよね」
「だけど、おかげで間もなくアレが完成する」
こちらに聞かせるために喋っているのか、不自然に説明口調なレインたちの会話の内容にアオイは愕然とする。
裏をかいたつもりが、とっくに出し抜かれていたのだ。
ルシフェルの計画は大幅に狂う。
いや、もうすでに詰んでいると言ってもいいかもしれない。
本社と敵対する道を選びルシフェル側についたアオイとしては背筋が凍り付く思いである。
「でね、そのお礼ってわけじゃないけど今回は博士にも協力してもらって……あなた、アオイさんだっけ?」
「実はあなたを本社に勧誘したいって人がいるんだ。迫村部門長は覚えてる? 彼女がね、あなたみたいな優秀な女性を潰すのは惜しいって」
アオイがかつてフレンズ社との取次を行っていたラバース本社の部署。
あそこの部門長にはずいぶんと世話になった。
ルシフェルが反旗を翻し、本社と連絡を絶ってからは会っていない。
「部門長はあなたの才覚を高く買ってるの」
「フレンズ社の内部事情を手土産にしたら喜ぶんじゃないかな」
「言っておくけどフレンズ社はもう長くないよ。本社がそろそろ本気で対応するからね」
「御曹司くんも色々考えてるみたいだけど、所詮は子どもの遊びみたいなものだし」
「ちょっと調子に乗りすぎちゃったね。ここからはお仕置きタイムだよ」
「どっちにつくのが得か、考えるまでもないと思うけどなー?」
同じ顔、同じ声で次々と誘惑の声をささやくレインシリーズの二人。
アオイはここにきて再び決断を迫られた。
が、答えなど既に決まっている。
「どちらにつくとかつかないとか、言ってる意味がよくわからないわね」
作り物の人形ごときに上から目線で選択を迫られるのは癪だ。
なので少しだけ強気に出てみた。
「部門長に報告しなさい。フレンズ社への密偵行為は完了、これから帰還するとね」
相手の温情につけ込んだ都合の良い言い訳だが、これはアオイなりの了承の言葉であった。
レインシリーズは同じ顔で笑い、同じ声で歓迎の言葉を述べながら、対照的なポーズで手を差し伸べた。
「よろしく、アオイちゃん」
「よろしく、アオイちゃん」
※
「うふふっ」
マナがニヤニヤ笑っている。
確実に首元を掴める距離にいるのに、これ以上手が伸びない。
脅されているわけでもないのに、ショウは自分の意思で動きを止めてしまった。
胸がドキドキする。
伸ばした指先が震える。
目の前の少女から視線を離せない。
この女を傷つけてはいけない気がする。
「さ、それじゃショウくんは能力を解除してくれるかな?」
言う通りにダイヤモンドシールドを解除してしまう。
背後で子どもたちが地面に落ちる音と小さな悲鳴が重なった。
ゆっくり下降していたため、落下した高さは二メートルほどだったか。
よほど当たり所が悪くなければ大事には至らないはずだ。
「いい子だね。それじゃ、次は降伏の証としてそこで跪いて?」
上から目線で褒められる。
胸が高鳴り、呼吸が自然と浅くなる。
彼女が差し伸べる手の誘惑は甘美で抗いがたい。
ショウは無意識のままその手を取って――
「うおらぁっ!」
「うぐぶっ!?」
気合いと共に地面に引きずり倒した。
「いったーい! なにするの!?」
顔から地面に突っ込んだマナは身を起こして非難の声を上げる。
「うるせえ! くだらねえ精神攻撃なんてしやがって、こんなもんに負けるかってんだ!」
「精神攻撃!? 何言ってるの!? ショウくんはいま私が好きで好きで仕方ないでしょ!?」
「はあ? 意味わかんねえこと言ってねえで早くこの気持ち悪い感じを解けよキチガイ女!」
「あっダメだこいつ恋愛感情とかそういうのを全く理解してないよ」
マナは弾かれたように跳ね起きた。
例の見えない手を使ったのだろう。
ショウはマナが離れた隙に愛刀・大正義を拾い上げた。
「っていうか、私のSHIP能力って微妙に役に立たないな! そういえば完璧に洗脳できてたはずのシンクくんもしょっちゅう私をからかってた!」
何か叫んでいるが意味がわからないので無視しよう。
「形勢逆転だな」
これ以上は人質を取る暇を与えない。
あと一歩が踏み込んでくれば即座に首を斬り落とせる。
例の精神攻撃は続いているが、理性を総動員させれば数秒くらいは無視することも可能だ。
「ぐぬぬ……」
悔しそうな顔でうめき声を上げながらマナは大きく後ろに飛んだ。
「相手してられるかっ、ショウくんのばか! 童貞!」
「ああっ!?」
捨て台詞を吐いて逃げ出すマナ。
斬りかかろうとするが、見えない手に阻まれる。
「くそっ、待ちやがれ!」
密度がさっきよりも濃い。
攻撃を完全にショウへ集中している。
マナは宙をぽんぽん跳ねるように遠ざかっていく。
「追いかけてきたら片っ端から辺りの人をころすからねっ!」
「……ちっ」
遠ざかっていくマナが発した言葉がショウに追う気力を失わせた。
ただでさえ激しく消耗しているのだ。
無差別殺戮が始まれば犠牲なく止めることは難しい。
追撃はやめておいた方が無難だろう。
マナの姿はすぐに遠ざかって見えなくなった。
「はぁ、なんて女だ……」
ショウはドッと疲れを感じてため息を吐いた。
結局、奴の狙い通りに足止めを食らってしまった。
今から博士を追いかけてもアオイより先に追いつくのは無理だろう。
とりあえず子どもたちの無事を確認しようと地面に降りると、
「Hareket etme!」
いつの間にかヘルメットをかぶった真っ黒な制服の集団に取り囲まれていた。
大型の輸送車をバックに盾を構え拳銃を構えているのはこの街の警察か。
「勘弁してくれよ……」
この上、警察の相手なんてしていられない。
ショウは≪
銃声が響き、足下でオートガードが発動した。
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