第十八章 ヒストリー

1 暴人窟

 シンクはマンションの外に停まっていた護送車に放り込まれた。

 外見は普通のマイクロバスだが中は座席が取っ払われて広くなっている。

 窓はスモークフィルムで薄暗く、運転手席とはカーテンと金網で仕切られていた。


 ドアが閉まり、外からカギをかけられる。


 軽く周囲を見回して脱出は不可能だろうと結論を出した。

 自然にそんなことを考えていたことに自嘲する。


 もうどうでもいいと諦めたはずだ。

 このまま牢屋にぶち込まれたって別にいい。


 いや、まず間違いなくそうなるだろう。

 そもそもシンクは逮捕されるような犯罪など行っていない。

 アミティエにとっての裏切り者、それだけで裁判も尋問も意味をなさない。

 それにしても警察が一企業の下っ端として働いてる時代とは。


「日本も終わったな……」


 独りごちて、少しだけ暗い満足に浸る。

 そのまま目を閉じて時間が過ぎるのを待った。

 どうせ両手は自由にならないし、起き上がるのも面倒だ。




   ※


 車は意外と早く停車した。

 ドアが開き、銃を構えた警察官たちが入ってくる。

 彼らはアサルトライフルを構えて油断なくシンクに銃口を向けた。


「そんな神経質にならなくても逃げねーよ」


 小声で呟くと同時に、シンクと同じように後ろ手に手錠をかけられた人物が外から突き飛ばされ、車内に転がった。


「痛えな、クソッ!」


 その男は警察官たちを睨みつけて悪態を吐く。

 相手は何も答えずにすぐ表に出て、再びカギをかけてしまう。


 後にはシンクとその男だけが残された。


「ったくなんなんだよ、ふざけんなよ……」

「よう。生きてたのか」


 ブツブツと文句を言う男の声は聞き覚えのあるものだった。

 声をかけると彼は芋虫の様に体をくねらせてこちらを向く。


「あ、シンクさんじゃないっすか!」

「元気そうだな」


 ツヨシである。

 元アミティエ第三班で、後に一緒に第四班に移籍したシンクを慕う少年だ。

 マナにやられた後に離ればなれになっていたのだが、どうやら彼も捕まっていたようである。


「元気じゃないっすよ、この格好を見りゃわかるっしょ」

「あれから何をしてたんだ?」

「アテナさんが大怪我したシンクさんを自宅に運んだのは覚えてます? ベッドに寝かせたらすぐ戻ってくるって言うからそのまま車で待ってたんですけど、代わりに乗ってきた変な男に連れて行かれそうになって、これはヤバいと思って逃げ出したんすけど今度はなぜか警察に追いかけられて……まあ最後はこのザマっす」

「お互いに大変だったんだな」


 あんな事があった後で逃げようとする気力はたいしたものだが、やはり身一つで警察から逃亡するのは不可能だったようだ。


「そっちこそ怪我はもう大丈夫なんすか?」

「アテナさんに治してもらった。直後に通報されたけどな」

「はぁ……やっぱりアテナさんも敵なんですね」

「っていうか俺たちがアミティエの敵なんだろ」


 ツヨシは黙ってしまった。

 気まずい沈黙が流れる。


 シンクはぼそりと呟いた。


「……悪かった」

「えっ、なんすか!?」


 大げさに驚きの声を上げるツヨシ。


「お前までアミティエと敵対する必要はなかった。俺が巻き込んだようなもんだ」

「な、なに言ってんすか!」


 今度は少し怒ったような声が返ってくる。


「誰もシンクさんを恨んでないっす。何度も同じこと言わせないでくださいよ」

「だけど、俺のせいでミカは……」

「ミカを殺したのはマナのやつっすよ」


 静かな、けれど強い怒りを込めてツヨシは言葉を吐く。


「これからどうなるのかわかんねーけど、俺は絶対にマナのやつだけはぶっ殺す。止めないでくださいよ。これは俺の仇討ちだ。別にあいつのことなんて好きでも嫌いでもなかったけど、仲間をあんなふうに殺されて、黙って泣き寝入りできるわけねえよ!」

「……」


 脳裏にまたミカの死に様がよみがえる。

 頭を潰され無残に変わり果てた姿が。


 考えると怒りと悲しみが止めどなく湧いてくる。

 が、それもすべて諦めの感情で覆い隠されてしまう。


 なんとなくだが、もう無事に娑婆に戻れることはないような気がする。

 復讐の機会なんて万が一にも与えられないんだろう。


 シンクが何も言わないので、車内は再び気まずい静寂に包まれた。

 数分後、ツヨシは体を起こして壁に寄り掛かり、独り言のように呟いた。


「……これから、どこに連れて行かれるんでしょうね」

「さあな」


 わかるわけがない。

 何せよ自分たちにまともな法律は適用されないはずだ。

 このままどこか人気のない場所に連れていかれてこっそり私刑に処される可能性だってある。


 自分たちが敵に回したのはそれほど巨大な組織なのだ。

 ツヨシの気持ちもわかるが、こうなったらなるようにしかならない。


「よっと」


 ツヨシは膝立ちになって外の景色を見ていた。

 スモークフィルム越しでは暗くてよく見えないだろう。

 それでも彼は何らかの有益な情報を得るため精いっぱい努力をする。


 三十分ほど経っただろうか?

 飽きずに窓の外を眺めていたツヨシが驚き声を上げる。


「おいおいマジか……」

「どうした。処刑場でも見えてきたか?」


 たいして興味もなく冗談交じりに問いかける。

 ツヨシはこちらを向き、信じられないものを見たような表情で告げる。


「ここ、暴人窟っすよ」




   ※


 暴人窟。

 いわゆるスラム街である。

 だが日本のそれは成り立ちにやや特殊な経緯があった。


 二十一世紀の初め頃から拡大した国内の貧富の差。

 それを原因とするストリートチルドレンの増加は社会的な問題となっていた。

 だが当時はまだ諸外国と比べれば貧困層が極度に一地域に密集しておらず、不法建築が立ち並ぶような典型的なスラム街はほとんど存在しなかった。


 ところが二十年前、警察民営化と時を同じくして施行された『反社会組織対策法』によって事情は一変する。


 グレーゾーン移民集団。

 暴力や脅迫を生業にしていた組織。

 そしてモラトリアムの範疇を超えて暴れた少年たち。


 そのすべてが強制的に駆逐され、社会から排除された。

 とはいえ刑務所の数にも限りはあり、すべての人間が更正できるわけもない。

 そういった『悪人』たちは国家から指定された地域へと強制的に移住させられることになった。


 都市の中の流刑場。

 それが暴人窟の始まりである。


 外国のスラム街と違うのは、ここの住人は例外なく犯罪者として扱われることだ。

 街の外とは道路で繋がっているが勝手に抜け出せば即座に再逮捕。

 より厳しい刑……多くは死刑に処されることになる。


 逆に犯罪者でなくとも自ら望んで暴人窟に入ることはできるが、一度でも許可なく立ち入った者は犯罪者と同列に扱われ、司法の許可なく出ることは出来ない。


 このような街は少なくとも神奈川県内に四カ所ある。

 全国規模で数えれば一〇〇を超えるはずだ。


 犯罪者の最終処分場。

 どうしようもない落ちこぼれの行き着く先。


 二つの顔を持つ暴人窟には『街から出ていけない』以外のルールは一切ない。

 流出のみが完璧に監視され、それ以外のことは完全にノータッチ。


 ただし、暴人窟という存在があるからこそ、外の社会は平和を保てているとも言える。

 中学生時代は多少の悪ふざけをしてきた少年たちも、法が適用される十六歳が近づくと必死に勉強を始め、とりあえずどこかの高校に入るか手に職をつける。


 遊んでばっかりだと暴人窟行きになりますよ。

 これは現代の子どもたちに対する最高の脅し文句である。 


 実のところ、シンクが中学時代に不良を続けていたら、遠からずここに送られる可能性はあった。

 良いタイミングで目が覚めたというか、まともな人生を続けたいのなら、社会で生きていく道を模索するしかない。


 結果的にこうなってしまったのは皮肉なことだが。

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