2 新参者の流儀

 護送車はある程度街の中に進んだところで停車した。

 ドアが開くと、薄暗い車内が光で満たされる。

 久しぶりの外の光がやたら眩しかった。


「出ろ」


 銃を構えた警察官が短く告げる。

 シンクたちは言われた通りに車外に出た。


「これから手錠を外す。おかしなマネをしたら躊躇なく射殺するから覚えておけ」


 少し離れた場所で三人の警官がやはりアサルトライフルを構えていた。

 シンクが無言で頷くと、後ろ手に拘束していた手錠が音を立てて地面に落ちる。


 久しぶりに自由を取り戻した。

 さっそく両手をおもいきり振り回したい気分である。

 肩を上げるそぶりを見せた瞬間、目の前の警官が殺気立ったのでやめておいた。


「うおお、ここが本物の暴人窟か……!」

「で、こんなところに連れてきて何するつもりなんだよ」


 興味深そうに周囲を見回すツヨシを尻目にシンクはふてぶてしく尋ねる。


 もちろん大方の予想はついていた。

 人を処刑をするにはおあつらえ向きの場所である。

 ショーにすれば犯罪者たちへの見せしめを兼ねた娯楽にもなる。


 だが、彼らから返ってきた答えはシンクの予想外のものだった。


「何もする気はない。後は勝手にしろ」

「は?」

「行くぞ、撤収する」


 訝しむシンクを無視して警官たちはさっさと護送車に乗り込んで行ってしまった。

 最後に車に乗り込んだ人間がずっと銃口を向けていたので動きも取れない。

 あっという間にシンクとツヨシの二人だけが取り残されてしまった。


「……行っちまいやがった。一体どういうことなんだ?」


 ツヨシはのんきに肩をすくめて護送車の去った方角を眺める。

 そちらに真っ直ぐ行けば恐らくはこの街の出口に辿り着くだろう、が。


「どうもこうもねえよ。これが罰なんだろ」


 暴人窟からは決して出られない。

 街と外との境を超えた瞬間に問答無用で射殺される。

 これは終身刑に近く、ある意味では死刑より恐ろしい罰かもしれない。


「ま、マジかよ……」


 ようやく現状を認識したらしく、ツヨシの顔は真っ青になっていた。

 さっきまで強気で復讐を語っていた余裕はすでにない。


 そんな彼を誰も笑うことはできない。

 望まずして暴人窟に放り込まれた者はみな同じ反応をするだろう。


 だが、シンクは彼とは少しだけ違ったことを思っていた。

 ふと気配を感じて横を見ると三人組の男たちが近寄って来る。


「よお。あんたら新入りか?」

「警察の護送車から出てきただろ。実は俺らも同じでな、犯罪者同士仲良くしようぜ」

「な、仲良くって……」


 ツヨシは彼らを強く警戒する。

 ぼろぼろの衣服に離れていても臭ってくる据えた臭い。

 その格好はどう見ても浮浪者そのものだが、この街では一般的な姿なのだろう。


「この街は住人同士のしがらみが多いぞー。大きな派閥は新入りに寛容じゃねえし、ちょっとした悪戯だって知らなかったじゃ済まされねえ」

「そこで俺らが新入りのお前らにここでのルールをレクチャーしてやる。なあに、パシリになれとは言わねえよ。うちの組織の末端構成員として加えてやろうっていうだけさ」

「悪い話じゃねえだろ? 新入りが二人だけで生きていけるほどこの街は優しくねえ。当たり前だが警察どころか日本の法律なんて届かねえし、ヤバい相手を敵に回したら死ぬまでリンチされるぞ」


 男たちは代わる代わる喋る。

 口調はともかく、親切で言っているようには聞こえる。

 ツヨシは「どうしよう?」と言いたそうな表情でシンクの方をチラチラ見ていた。


 シンクはうなずき、口元に笑みを浮かべて彼らに歩み寄った。


「親切にありがとうよ」

「なあに良いって事……」

「だが、返事はノーだ」


 躊躇なくシンクは全力で目の前の男の顔面を殴りつけた。

 拳に確かな手応えがあり、男は派手に吹き飛んで地面を転がる。


「て、テメエ! 何を……」


 文句を言おうとした別の男に回し蹴りを叩き込む。

 側頭部に蹴撃を受けた男はその場で半回転。

 頭から地面に激突して気絶する。


「ひ、ひいっ!」


 怯えた表情を見せる最後の男に接近。

 しゃくり上げるようなアッパーを喉元に叩き込む。


「ぐぺ! おっ……ぎぎゃっ!?」


 マヌケな声を上げて蹲ろうとするので、さらに髪を掴んで顔面に膝蹴りをお見舞いする。


「よっ」

「ぐげっ」


 念のため二人目に倒した男の頭も思いっきり踏みつけておいた。

 鼻血か、もしくは頭が割れたか、アスファルトにだらりと血が流れた。


「し、シンクさん……?」


 ツヨシが怯えた表情でこちらを見ている。

 暴人窟に放り込まれたショックで乱心したとでも思っているのだろうか。


 もちろんそんなことはない。

 シンクは至って正常である。


「騙されんなよ。ハイエナがカモを見つけて寄ってきただけだ。ホイホイとついて行ってたら身ぐるみ剥がされて、下手したら内臓も持っていかれたかもしれねーぞ」

「え、ええっ? どうしてわかったんすか?」


 男たちの態度に怪しい素振りはなかった。

 言葉だけを聞けば親切心で言っていたようにも聞こえた。

 だからツヨシの疑問はもっともだろう。


 しかしシンクはそんな彼の疑問を一蹴する。


「忘れんなよ。ここはそういう場所なんだよ」


 気を抜いた奴から、油断した奴からすべてを奪われていく。

 ルールがないとはそういうことなのだ。


 娑婆の悪ガキたちにとって自分たちを捕まえる警察は普段、敵である。

 しかしそんな警察も根本では自分たちの生活を守ってくれている。


 そういった安全の保障がこの街には一切ない。

 個人よりも組織でいる方が生き残る可能性が高いのは事実。

 だが本当にそんな組織が都合よく新入りを庇護をしてくれるとは思えない。


 ならば目の前の敵を排除することで、自分自身の力を周囲に見せつけた方がいい。

 シンクはそういう理由をにして彼らをやっつけた。


「お、お前……まさか、紅蓮のシンクか!?」

「あぁ?」


 一番最初に倒した男が鼻血を垂れ流す顔を押さえながらシンクを見上げた。


「ああ、いけね。トドメを刺し損ねてたか」

「わ、悪かった! あんただなんて知らなかったんだよ!」


 どうやら彼は中学時代のシンクを知っているようだ。

 浮浪者然とした格好のせいでわからなかったが、意外と若いらしい。


「た、頼む、舎弟になるから許してくれ! 俺が知ってる街の情報は全部教えるから! あんただって上手くこの街で生き残りたいだろう? いくら紅蓮のシンクだってここじゃ仲間が必要――」

「ちげーよ」


 シンクは答える。

 男をゴミを見るような目で睨みつける。

 そしてゆっくりと近づくと、鼻先に容赦のない蹴りを食らわせた。


「俺は荏原新九郎だ。テメーら全員、今日から俺の獲物だからよ?」


 アミティエでの名は捨てた。

 シンクは……いや。

 暴人窟に降り立った一人の不良、荏原新九郎は笑った。


 感謝しよう。

 何もかもどうでも良いと思っていた。

 そんな自分に、こんな楽しい遊び場を与えてくれた人物に。


 ルールのない無法地帯。

 たまりに溜まった鬱憤を晴らすには最良の場所だ。


「ツヨシ」

「はっ、はいっ!」


 強ばった返事をする舎弟一号。

 新九郎は野獣の笑みを浮かべて言ってやった。


「生き残りたきゃ死ぬ気で俺についてこい。ここから先は周り全部が敵だからよ」


 この街を出る手段は二つしかない。

 ひとつは外から法を歪めるほどの協力者の手引きを受けること。

 もうひとつは内部でのし上がって街の権力者となり、外とのパイプを作ること。


 シンクが選ぶのはもちろん後者である。

 それ実現する頃には、きっとやる気も戻っているだろう。

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