9 捕らわれる者、逃げる者
「あん、おかしいな」
男は積み荷のチェックを行っていた。
港湾の日雇い労働者である。
彼の呟きを聞いた隣のパートナーが訝しげな目で男を見た。
「どうした?」
「積み荷が一個多いんだよ」
「数え間違いじゃねえのか?」
「いや、確かに……ほら、九掛ける九で八十一。説明書きだと八十個あれば足りるんだよ」
「勘弁してくれよ。積み直しとか冗談じぇねえよ」
「俺らの責任じゃねえし、放っておこうぜ。悪いのは倉庫の連中だろ?」
「良いのかそんなんで」
「じゃあ一つずつ中身を検めるか?」
「……いや、面倒だ」
「だろ」
「けど人でも紛れ込んでたら責任問題にならねえか?」
「どこの誰がわざわざ日本から出るのに貨物船を使って密航すんだよ。犯罪者だって今どき飛行機を使うぜ。それに、このサイズじゃガキ一人が丸まってやっと入るってくらいだろ」
「言われてみりゃそうだな」
結局、男たちは確認作業を行わずに船から離れた。
元々が巧妙に隠蔽された密輸船なのである。
作業員たちも使い捨てで、責任感もなければ積み荷の正体も知らない。
夜闇に紛れて港を離れた船は本州をぐるりと南下。
九州の南端を掠めてそのまま大陸に向かう。
目的地は、
※
シンクが目を覚ますと、アテナの姿はすでに部屋になかった。
体を動かしてみる。
やや重いが、動ける程度には回復していた。
右足に違和感があり、ベッドから出ようとすると、何かに引っ張られる様な感覚がした。
「……マジかよ」
足首が手錠で繋がれている。
鋼鉄製の本格的なもので、素手での破壊はできそうにない。
そもそも手の届く範囲にはモノが置かれておらず、もちろんカギなど見当たらない。
なんとか抜けられないかとも思ったが、足首を伸ばした時点で攣りそうになったので諦めた。
時計を見る。
時刻は八時を少し回ったところだ。
カーテンの隙間から漏れる光を見るに翌日の朝だろう。
シンクの推測を裏付けるように、卓上カレンダーには律儀に昨日の日付に×マークがついていた。
「どうすっかな」
呟いてみたものの、動きを拘束されている以上なにもできることはない。
この手錠がせめてアルミ合金製の安物ならば逃れる手段もあったのだが……
と、部屋の外から何者かの気配が近付いていることに気づく。
アテナさんが帰ってきたのかと考えたが、すぐに違うとわかった。
気配は複数である。
しかもやたらと殺気立っている感じだ。
一つ向こうの扉が開く音と、廊下を歩く足音が聞こえた。
部屋のドアが勢いよく開けられる。
入ってきたのは黒い防弾レザーを纏い、シールドで顔を隠した男たちだった。
テレビで見たことがある。
警察の機動隊DAT。
正式名称をDefense assault teamとか言う特殊部隊の人間だ。
「荏原新九郎だな」
男の一人がシンクに銃を向ける。
クリスタ製のアサルトライフルだ。
「だったらなんだよ」
「貴様を連行する」
機械のように感情のない声で告げる。
敵の数は四人で、全員が銃を武装している。
こちらは丸腰、しかも片足をベッドに拘束されている。
相手が素人のガキ共ならともかく、プロ相手にこれではどう考えても勝ち目はない。
「シンクくん……」
男たちの陰から見知った女が顔を出した。
長い黒髪の少女アテナである。
彼女は申し訳なさそうな表情でこちらを見ている。
シンクはそれに気づき、そして呆れた。
やはりアテナも味方じゃなかった。
最初から自分の身柄をこいつらに引き渡す気だったのだ。
怪我の治療をしてくれたのは感謝するが、それも重用参考人……あるいは生け贄を残しておくためそうしたに過ぎないのだろう。
どいつもこいつも、仲間だと思ってた奴はみんな裏切り者だったわけだ。
「わかったよ。抵抗はしない」
シンクは大人しく両手を挙げた。
銃口は向けられたまま、男たちの一人が手錠を外す。
自由になった瞬間に一人くらいぶん殴ってやろうかとも考えたが、やめておいた。
即座に後ろ手を拘束される。
両脇を二人に抱えられたまま部屋の外へ連行される。
「ごめんなさい、こんなつもりじゃ……」
「ふん」
すれ違い様にアテナを一瞥する。
どうせその態度も演技なんだろ?
もう、何もかもどうでもいい。
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