5 世間の反応

 青山紗雪が布団の中で安らかな寝息を立てている。

 両脇には反ラバース組織の女性メンバーが寄り添うように眠っている。

 警戒を完全に解いたわけではないだろうが、それ以上に疲れが溜まっていたらしい。


 和代はその様子を確認すると、そっと襖を締めた。

 ポットでお湯を沸かしてリビングで一息つく。


「どうですか、あの紗雪って子は」


 向かいに座るマコトが缶ビール片手に尋ねてくる。


「良い子だと思いますわ。頭もよくて理解も早い、さすが美紗子さんの妹さんです」

「あの会長さんの姉妹とはね。俺だけ初見で気づけなかったのはショックだよ」


 時刻はすでに夜の十一時を回っている。

 ショウが紗雪を連れてきたのが午後三時くらいか。

 それから七時間以上もずっと話っぱなしだったことになる。


 さすがに和代もしゃべり疲れた。

 背もたれに寄り掛かって軽く目を閉じる。


 夕食を交えながら紗雪に語って聞かせたのは、かつて和代たちが暮らしていたL.N.T.という街と、そこで紡がれた悲しい歴史の話。


 そして今や世界的大企業連合であるラバースコンツェルンの真実の姿。

 荏原新九郎に語ったことはすべて紗雪にも話した。


 ラバースが今ほど絶大な力を持つ企業連合体ではなかった時代のこと。

 外界から隔絶された地下都市に能力者を育てる学校があったこと。

 やがてJOYという力を得た生徒たちが互いに争い、街は凄惨な殺し合いの様相を呈したこと。

 和代たち反ラバース組織の人間は数少ないその町の生き残りであること。


 今も街にあふれるSHIP能力者の出生の秘密や、アミティエらに囚われたSHIP能力者が、最終的にどのような末路を辿るかという話もした。

 望まない力を持って生まれた若者たちを正しく保護することも反ラバース組織の活動目的の一つある。


 彼女にとっては辛い話の連続だっただろう。

 信じられない、信じたくないこともたくさんあったに違いない。

 それでも、彼女はおそらくすべてを嘘偽りのない真実として受け入れてくれた。


 年の離れた彼女の姉、麻布美紗子の話はとても興味深そうに聞き入っていた。

 思い出を取り出すのが心地よく、和代も気がつけば夢中になって語っていた。


 凄惨な結末を迎えたが、辛いことばかりの青春時代ではなかった。

 そんなことを久しぶりに思い出すことができた、実りあるひと時だった。


「で、あの子も仲間に引き入れるのか?」


 瞳を開くと、マコトがテーブルの上に紅茶を置いた。

 和代は礼の代わりに微笑んで口をつける。

 砂糖一杯、ミルクたっぷり。


「貴方もようやく私の好みがわかってきたようですわね」

「そいつはどうも。で、どうするんだ?」

「それは彼女次第ですわ」


 カップを置き、和代は自分の考えを述べる。


「今しばらくは厳重に保護する必要があります。ジョイストーンを奪われたとは言え、彼女はSHIP能力者ですから。美紗子さんの家族をラバースのクソ共に好き勝手させるわけにはいきません」

「ま、それがいいだろうね」


 一方的にこちらの話をするだけでなく、彼女の身の上話も聞いた。

 紗雪は本当に最近までJOYやSHIP能力のことを知らなかったらしい。

 初めて能力の存在を知ったのはショウとマークが彼女に接触した時だというから驚きだ。


 そして昨日、彼女はアミティエの内輪もめに巻き込まれ、自分の能力が宿ったジョイストーンを奪われてしまった。

 欲を言えば和代たちも彼女の能力を手に入れたいと思っていたが、とりあえずは紗雪が無事でいてくれただけでも良しとしよう。


「それより問題はアホ御曹司のことですわ」


 和代は話題を変えた。

 同時に激しい苛立ちが募ってくる。


「正直、あのアホが何を考えているんだかさっぱりわかりません。ガチで生物テロを起こしたばかりか能力者の存在を公共の電波に晒して、あまつさえ私たちのせいにするなんて!」


 思わず語気を荒げてしまう。

 それほど信じられない事をあのアホはやらかしてくれた。


 ラバースコンツェルン総帥の一人息子で、フレンズ社の社長兼アミティエの司令官。

 堕天社長ルシフェルとかいうふざけた名前を名乗っている銀髪のガキ。


 あいつはどうやったのか知らないが、仮想世界のモンスターを現実世界に呼び出し、神奈川東部のいくつかの主要駅で暴れさせた。

 そして、それを自分の部下であるアミティエの能力者たちに退治させるという自作自演を行った。


 もちろん和代たちも黙って見ていたわけではない。

 即刻止めさせるべく、最も機動力の高いショウに単身ルシフェルの下へと向かわせた。

 しかしすでにフレンズ本社であるラバース横浜ビルにあの男の姿はなく、ショウも思いつく限りの場所を探したらしいが、結局は見つからず終いだったそうだ。


 その捜索中に警察に襲われていた紗雪を発見したのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。

 ただし「穏便に」と命じたのに紗雪を殴って気絶させたことに対しては後で折檻が必要だ。


「それなんだけどな、ちょっとこれを見てよ」


 マコトはテーブルの隅で起動中のノートパソコンの画面をこちらに向けた。


「なんですのこれ。掲示板?」

「昨日の件に関しての話題だ」


 誰でも匿名で自由に意見を書き込める有名なネット掲示板だった。

 世間はさぞかしパニックに陥っていることだろうと思ったが……


 そこに書かれていた内容は和代の予想とは全っていた。


「……ほとんど誰も、能力者の存在を信じていない?」

「ご覧の通りだ。あんまりに常識離れした映像だったし、取材クルーがやたら都合良く現場にいたこともあって、テレビ局のヤラセだってことでほぼ結論が出てる。ここに限らず動画サイトやSNSも、ネット上はほとんどこんな感じだぜ」

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