3 最強の男と最強を目指した少年

 パトカーの中から制服警官が降りてきた。

 さらに向こう側には白と水色の装甲車が到着。

 警官たちよりもさらに重武装な機動隊員が現れた。


「もう一度言うぞ、絶対に動くんじゃない」


 紗雪たちはあっという間に包囲されてしまう。

 パトカーの後ろには何人もの警官が布陣し銃を構えている。

 機動隊隊員たちは右手に短機関銃を、左手に透明な盾を持っていた。


「あ、あ……」


 どうしようもない。

 紗雪は自ずと両手を挙げてしまった。


「各員、決して気を抜くな。相手は特一級の警戒対象だ」


 機動隊の一人が透明なシールドの陰で仲間たちに声をかける。

 丸腰の女子供を大人数で囲んでいるにも関わらず彼らに油断は見られない。


「龍童。これからする質問に答えろ」


 レンは答えない。

 銃で撃たれているのだ。

 気絶しているのだと紗雪は思ったが、


「三秒以内に返事がなければ女を撃つ」


 ぴくり、と彼の体が反応した。

 ゆっくりと顔を上げて男の顔を睨みつける。


「やめろ……紗雪さんには、手を出すな」

「なら姑息なマネは止めろ」


 気絶したフリをして反撃の機会を狙っていたのだ。

 しかし紗雪を人質に取られては従うしかない。


 私がいるから戦えない。

 そもそも自分が彼の服を掴まなければ、たぶん狙撃されることもなかった。


 悔しい。

 悔しくて、強く拳を握り締める。


「女の方にも注意を怠るな。SHIP能力者だと聞いている」

「ひっ」


 銃口のうち二つが自分に向けられる。

 それだけで怒りと歯がゆさが恐怖に屈服してしまう。


「……ごめん、紗雪さん」


 レンが呟いた。

 なんでレンさんが謝るの? 


 悪いのは私なのに。

 役にも立たないくせに車から飛び降りなければ。

 今頃レンさんは敵に囲まれることなく一人で自由に行動できていた。

 きっとこんなピンチに陥ることもなかった。


 紗雪は眼を閉じて奥歯を噛みしめた。

 瞬間、停車中のパトカーの一台が轟音を上げた。


「何だ!?」


 上空から何かが降ってきた。

 さっきのは潰されたパトカーがぺちゃんこになった音だ。


 ものすごい勢いの突風が吹いた。


「ぎゃああっ!」


 背を向けていた制服警官たちがなすすべもなく吹き飛ばされる。

 機動隊員たちは一人を除いて一斉にそちらに銃口を向けた。


「よぉ」


 渦巻く風の向こうに見覚えのある姿があった。


 Tシャツとジーンズ、やや長い後ろ髪。

 ラフな格好と不釣り合いに腰には鞘に収めた日本刀を帯びている。


「貴様、ショウっ!」


 機動隊員の一人が躊躇なく発砲。

 しかし撃たれた弾丸は彼に届かない。

 あっさりと眼前で見えない壁に弾かれた。


「うるせえ、気安く名前を呼ぶんじゃねえ!」


 ショウが拳を突き出した。

 数メートル離れていても関係ない。

 発砲した隊員はうめき声を上げて前屈みになる。


 圧縮した空気の塊をぶつけたのか。

 しかし相手を気絶させるには至らない。


「ぐ……」

「ちっ。さすがにこんなんじゃ倒せねえか」


 そう言うとショウは腰の刀を抜いた。


「やつは特級警戒対象だ、遠慮はいらん! 撃てっ!」


 耳を弄する轟音が響く。

 六人がフルオートで小銃を乱射する。

 もちろん弾丸は一発たりともショウには当たらない。


「無駄だって……」


 光が閃いた。

 ショウの刀が踊る。


「言ってんだろ!」


 彼は瞬く間に敵を斬り裂いていく。

 透明なライオットシールドを真っ二つに割る。

 短機関銃を半ばから切断し、身に着けた防弾ベストも易々斬り裂く。


「ぐわあぁっ!」


 機動隊員たちの血飛沫が舞った。

 ショウの背中から透明な翼が広がる。


「くそっ、重装備の相手には手加減が難しいぜ」


 ショウが悪態を吐いた直後、乾いた銃声が響いた。


「あん? ああ、あんな所にも居やがったのか」


 屋上からの狙撃に彼は全く注意を払っていなかった。

 だが、それも自動で展開する防御壁に阻まれて彼には届かない。


「う、うわあああっ!」


 紗雪たちに注意を払っていた男も取り乱したようにショウへと銃口を向ける。

 その直後、レンが動いた。


「やっ!」


 少年は隙を見せた機動隊隊員に躍り掛かる。

 ヘルメットをかぶった頭を殴りつける。


「……っ」


 傷が痛むのか、拳にはまったく力が込められていなかった。

 殴られた男はぐらりと身体を傾けるが、すぐに体勢を立て直して銃を構える。


「貴様ぁっ! 龍童っ!」

「危な……」

「邪魔だ」


 紗雪が叫ぼうとした瞬間、レンは飛び込んできたショウに襟首を掴まれ放り投げられた。

 彼の立っていた場所を無数の銃弾が通り抜けた。


「ば、化け物っ!」

「お前もうるせえよ」


 瞬く間に敵をすべて斬り伏せると、ショウは上空へと飛び上がった。

 翼を広げて飛翔し、屋上の狙撃兵を倒してまた戻ってくる。


 まさに秒殺。

 彼が姿を現してから一分くらいしか経っていない。

 あっという間に二十名以上いた制服警官と機動隊は全滅してしまった。


 ショウはちらりと紗雪を一瞥する。

 それから倒れているレンに視線を向けた。


「なんてザマだ、龍童」

「うう……」

「この程度の相手にやられて、人質を取られた程度で手も足もでないのか? たった一人で上海支部を潰したって噂は嘘だったのかよ」


 レンは質問に答えず、傷口を押さえて立ち上がると、ショウに背を向ける。


「どこ行くんだよ」

「……シンくんを助けに」

「馬鹿言ってんじゃねえ。そんな体で班長クラスの能力者に会ったら叩きのめされるぞ」


 レンは足を止め、苦しそうなうめき声を上げる。


「昨晩からずっと暴れっぱなしで体力が残ってないんだろ?」


 少年の口から反論の言葉は出てこない。

 レンは自分の無力を噛みしめるようにショウを睨む。


「お前の弱点は燃費の悪さだな。爆発力はあるが、戦いが長引くとすぐに疲弊する。回復も遅い。以前に第二班とやり合ったらしいが、テンマがやられた後に他のメンバーがもうちょっと粘ってたら、意外とあっさりやられてたんじゃねーか?」

「もうやめて!」


 紗雪はレンを庇うようにショウの前に出た。


「こんな子を虐めてなにが楽しいの!? レンさんは怪我してるんだよ! そんなふうに追い詰めるようなことばっかり言って、可哀想だって思わないの!?」

「その通りだな。に偉そうなことを言って悪かった」


 ショウは素直に謝ったが、その態度はどこか小馬鹿にしたような感じだった。


「でも、今のがトドメだったと思うぜ」

「え……」


 紗雪は後ろを振り向く。

 レンは顔をうつむけて震えていた。


「あ、レンさん……」

「……ぼくは」


 何かを言おうとして言葉が続かない。

 紗雪は自分がとんでもないことを言ってしまったことに気づいた。


 少年とは言え、一人の戦う男に向かって「子どもなのに可哀想」だなんて。

 その言葉はどれほど彼のプライドを傷つけたのだろうか。


「とにかく、さっさとここから離れるぞ。手当てしてやるから一緒に来いよ」

「いやだっ!」


 ショウが差しのばした手を払ってレンは強く彼を睨みつけた。


「ぼくは、弱くない!」

「あっ」


 レンは叫んで走り去って行ってしまう。

 怪我をしているとはいえ彼の速さは自動車並だ。

 とてもじゃないが紗雪の足では追いつけそうになかった。


 ショウの方を見ると、彼はやれやれと肩をすくめていた。


「なにやってるの! 早く追いかけてよ!」

「やだよ。つーか、慰めの言葉なんてかけてもあいつは喜ばねえぞ」

「喜ぶとか喜ばないとかじゃないよ! レンさんは銃で撃たれてるんだから!」

「それくらい自分でどうにかするさ。それに……」


 お腹の辺りに衝撃が来た。


「なに……を」 

「俺はあんたに用があるんだよ。手荒なマネして悪いが、ちょっと眠っててもらうぜ」


 意識を失って倒れる直前、紗雪はショウの腕に支えられた。

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