9 今再び天空に架かる虹
残るもう一人の最初期からの能力者タケハは、ショウたちが最後に目撃された近辺でアミティエの班長と対峙していた。
「あんた『ヒノカワ』のタケハか」
「ほう、どこかで会ったことがあったかな?」
あえて挑発気味に返すと、彼は怒りを湛えた眼で睨みつけてくる。
もちろんタケハは目の前の人物を知っている。
能力者組織の中には他組織の情報を疎かにしている者が本当に多い。
だがリーダーたる者、他組織の有力者の名前と顔、能力くらいは頭に叩き込んでおくべきだ。
彼はアミティエ第二班班長テンマ。
大地を操る能力を使う高レベルの能力者だ。
アスファルトを鎧のように纏い、攻撃力、機動力、防御力を絶大的に高める技を使うらしい。
アミティエの中ではショウに次いでナンバー2と目されている人物である。
「俺を知った上で立ち塞がると言うのなら受けて立とう」
彼がここにいる理由はショウの捜索のためだろう。
当然、タケハがALCO側についたという話も聞いているはずだ。
敵対する理由は十分にある。
「……ちっ。テメエと戦えって命令は受けてねえ」
しかし、テンマはタケハに背を向けた。
停めてあった単車に跨がり、仲間の集団に混じって何も言わずに去って行く。
「良い判断だ、戦場で冷静さを保てるやつは長生きする。それとも……君もラバースコンツェルンに対して少なくない不満があるのかな?」
去るというのなら追う理由もない。
タケハは再びショウたちを捜索する作業に戻った。
※
いつの間にかシンクの目の前にフードを被った人物が立っていた。
その人物は上空で戦い続けているショウとLUSU7を見上げている。
「うわあ、なんか前にも見たことあるような光景だなあ」
フードの下から聞こえるのは女の声だった。
彼女の存在に気づいたマークが驚きの声を上げる。
「香織さん!? どうしてここに……」
「やっほ、マークくん。ダメなんだぞ勝手に抜け出しちゃ。あーほら、怪我してるじゃない」
場にそぐわないのんきな調子で女は喋る。
そして彼女はフードで隠した顔をシンクに向けた。
「えっと、荏原新九郎くんだよね?」
「あ、ああ……」
「恋歌さんの甥っ子なんだってね。いろいろとお話しとかしてみたいんだけど、とりあえず一つだけお願いできるかな?」
存在すら知らなかった叔母の話をされてもシンクには別に語ることもない。
というか目の前の人物の正体もわからないのである。
いきなりお願いを聞けと言われても困る。
マークの様子を見る限りALCOの関係者らしいが……
「一応聞いてやるけど、俺に何をさせようってんだ」
「簡単なことだよ。瞬間移動で私をあそこまで連れて行って欲しいの」
フードの女は空を指さした。
そこではショウとLUSU7が天空の超バトルを繰り広げている。
どちらも相手に致命的なダメージを与えることはできず、目で追うことも難しい速度でぶつかり合いを繰り返している。
そんな中に割り込んで、この女は何をしようとしているのか。
「……近くまで行くことはできるけど、あいつらを捕まえるのは無理だぜ」
「大丈夫。高いところに行ければいいだけだから」
ますます意味がわからない。
あの高さで手を離したら地面まで真っ逆さまだ。
落下しながら飛んでいる敵を捕らえるなんて真似ができるわけがない。
「っていうか、お前は何者なんだよ」
「私? 私はね……」
フードの下の口元が緩むのが見えた。
そして彼女は胸元のボタンに手をかける。
大きく派手な動作で着ていたコートを脱ぎ捨てた。
「私の名前は小石川香織、反ラバース組織のリーダーよ!」
「嘘つけ」
「なんで!?」
即座に嘘と断じたシンクに彼女は強い突っ込みを入れてくる。
しかも脱ぎ捨てたコートをわざわざ拾いに行っている。
その姿は女子高生でも通用するくらいに見えた。
「いくらなんでも若すぎる。和代とか言うやつはともかく、あんたはどう考えても十五、六歳くらいにしか見えねーぜ」
「えっと、いちおう和代さんと同じ年なんだけど……それ本人の前では言わないであげてね」
香織はこほんと咳払いをする。
「こう見えても三十歳は超えてるだけどね。外見は、まあ、日々のお手入れのたまものって所かな。童顔で貫禄がないの気にしてるから言わないでくれると嬉しい」
「は?」
「とにかく、質問にはあとでしっかり答えるから! 君も私たちに聞きたいこととかあるでしょ? だからまずは協力してこの空間から抜け出すのが先決だよ!」
納得いかないことばかりだが最後の一言は同意したい。
自信もあるみたいだし、シンクは大人しく彼女の言うことを聞くことにした。
「とにかく空に行けばいいんだな?」
「うん。危ないと思ったら私だけ置いてすぐ戻っちゃっていいからね」
そんなことしたらお前が死ぬぞ。
空でも飛べるんなら最初から自力で飛んでいるだろうし。
「知らねえからな……」
シンクは香織の肩に手を触れた。
そして空間を跳躍する。
※
二人は一瞬のうちに上空へとやってきた。
タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどショウとLUSU7が刃を交える瞬間だった。
二人の動きが止まる。
四つの瞳がこちらを向く。
「な、なんであんたがここに――」
『なぜ貴様がここに――』
「≪
ショウとルシフェルの声が重なり、それをかき消すような香織の声が響いた。
翼を持つ者たちの動きが完全に停止する。
香織は何もない空間に降り立った。
「なんだ、こりゃ……」
シンクもそこに足を乗せた。
確かにそこには見えるものは何もない。
足下には遙か下に広がる薊野駅前の景色が広がっている。
飛んでいるわけでも浮いているわけでもなく、固まった透明な何かの上に立っている。
固まっているのは『空気』か。
足場だけではなく、ショウとルシフェルの周りの空気も固めて動きを拘束しているようだ。
ショウとLUSU7の位置はシンクたちよりやや下。
香織は指を立て、ダメな児童に説教する小学校教師のように言った。
「さてショウくん。君はちょーっと言うこと聞かなすぎだから、今日はちょっとオシオキね。まとめてやっちゃうから覚悟して?」
香織が腕を振り上げる。
掲げた拳が光り輝く。
眩い、虹色に。
「ちょ、待っ……」
「待たない。≪
ショウの制止を聞かず、香織は固めた空気めがけて拳を振り下ろした
「――
※
和代は独白する。
「JOYは単なる武器。能力者なんてちょっと不思議な道具を持っているだけ。能力者組織なんて言ってもやっていることは子どものケンカの延長線に過ぎません。ですが……」
空砲にビビって気絶した哀れなアミティエ第一班の班員を見下ろしながら、和代はSH2026を胸の内ポケットのポケットにしまう。
彼が落としたジョイストーンを拾い上げながら、組織のリーダーの座を譲った女性の顔を脳裏に浮かべた。
「準神器クラスの能力にもなれば、それはもう単なる武器とは言えないのです」
小石川香織の≪
それはあらゆる不思議を打ち砕く、理不尽なまでの圧倒的な力。
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