8 SH2026 -sentimental hero-

 神田和代は力を求めた。


 もう十七年も前になるが、今でも昨日のことのように思い出せる。

 かつて尊敬するライバルに敗れた日から、来る日も来る日も自らのJOYを鍛えてきた。


 JOYの強さは武術やスポーツとは違う。

 成長は目に見える形を伴わなかったが、数年後にその成果を証明した。

 精神力に依存するJOYの強さは、確かに日々の鍛錬に伴ってその力を増していたのだ。


 とはいえ、元から高性能な能力を持つ相手との差は簡単に埋まるものではない。

 持って生まれた資質もあるし神器や準神器と呼ばれる力を持つ者もいる。

 どう足掻いても正面から挑んでは絶対に勝ち目のない敵もいた。


 和代は能力の使い方を徹底的に磨いた。

 彼女の≪楼燐回天鞭アールウィップ≫は先端に振動球の付属した鞭である。

 言ってみれば単なる特殊な武器に過ぎず、格上の相手に性能の劣る武器で挑むのは愚の骨頂。


 だったら自分自身が強くなるしかない。

 そのための修練は精神力を鍛えるよりも辛く厳しいものだった。

 あの地獄と呼ぶべき街で生き延びるためには、血の滲むような努力が必要だった。


 だがやがて、それにも限界は訪れた。

 剣道の達人がいくら身体を鍛えようと戦場で銃を持った軍人には敵わないように。

 L.N.T.を脱出し、ラバースという巨大すぎる相手と戦うと決めた和代は≪楼燐回天鞭アールウィップ≫だけで戦い続けることはもはや不可能だと悟った。


「まったく、十年前はこんなものを使うことになるなんて思ってませんでしたわ」


 胸の内ポケットに触れ、常に所持している武器がひとつ無くなっていることを確かめ嘆息する。

 白虎との戦いで使用したそれはクリスタ合酋国から密輸したM67ハンドグレネード。


 いわゆる手榴弾である。


 ジョイストーンは戦闘の経験もない者にも超人的な力を与えてくれる。

 ただし、それはあくまで現代科学で解明されていない不思議な現象を起こせるというだけ。

 本質的には単なる道具でしかなく、破壊力だけならそれを軽く上回る武器を人類はとっくの昔に発明している。


 和代は白虎がマヌケに開いた大口の中に手榴弾を投げ込んだ。

 そして爆風が自分を包む直前に空間移動のJOYを使って世界そのものから脱出したのだ。


 それはシンクの使っていた瞬間移動よりも遥かに強力な能力である。

 どこにいようとも必ず対象の場所へ移動できるというJOYだ。


 どこかで観測していたらしいルシフェルには、和代が自爆して白虎と相討ちになったように見えただろうか。

 戦術的優位を保つためにも、できればこのとっておきのJOYの存在はバレたくない。

 誤魔化しがうまく行ったことを祈る。


「遊びでやってるわけじゃありませんものね」


 和代たちは世界に名立たる大企業を相手に戦うテロリストである。

 使える道具の使用をためらって死んだら元も子もない。


 もちろん、狭い室内での戦いや、相手を殺傷したくない時は≪楼燐回天鞭アールウィップ≫が今でも十分に役に立つ。

 携帯性に優れ、威力も高い、使い慣れた頼りになる相棒である。


「ショウくんたちはまだその仮想空間の中で戦ってるんだよね。大丈夫かな」


 和代の隣、フードを被った女性が幼さを残す声で呟いた。


 彼女は準神器の持ち主のうちの一人。

 反ラバース組織の首領である。


「気になりますか?」

「そりゃ気になるよ。大事な仲間だもんね」

「でしたら助けに行って差し上げたらいかがでしょう? ちょうど入り口はそこにありますし」


 二人の前には手足を拘束された三人の少年が転がっていた。


 彼らはアミティエ第一班の班員。

 和代たちを強制的に仮想空間に移送した能力者たちである。

 複数の能力を合成し、和代たち五人を作り物の世界に強制的に移動させたそうだ。


 その手腕は見事だが緊張感がなさすぎた。

 彼らはルシフェルに命じられるまま行動しただけである。

 和代が仮想世界から抜け出して反撃してくることなど考えなかったに違いない。


「えー。でも、ショウ君たちがやられたら助けにいかなきゃいけないし……」

「何を仰っていますの。あなたのことですからとっくに刺客を送り込んでるんでしょう」


 テロリストのリーダーは伊達ではない。

 絶対的な安全を確信していなければ自ら現場には姿を現すまい。

 ショウたちの反応が消えた位置には、すでに救出のための部隊が向かっているはずだ。


「足労ついでです。もうひと働きしてください」

「和代さんは強引だなあ」


 二人は顔を合わせて軽く笑い合った。


 笑い終えると、和代は懐から拳銃を取り出した。

 クリスタ合酋国の某銃器メーカーが制作したオリジナル自動拳銃。

 正式名称はSH2026だが、ほとんどは通称の≪sentimental hero≫と呼ばれている。


 和代は縛られたまま倒れている能力者に銃口を向けた。


「縄を解いてあげますから、彼女を仮想世界に送って差し上げなさい。ちょっとでも変な動きを見せたら……わかってますわよね?」

「は、はい! はいはい!」

「わかったから撃たないでーっ!」


 銃器の脅しとしての効果はJOYをひけらかすよりも遙かに高い。

 アミティエ第一班の能力者たちは目を見開いて何度も首を縦に振った。




   ※


「おーい、マコトくん。おーい、おーい……駄目だわ、全然起きない」


 ヒイラギは友人の肩を揺する手を止めて肩をすくめた。

 マコトが横たわる助手席のドアを閉め、レイピア型のJOY≪氷炎細剣ブリィムブレイド≫を軽く振る。


「和代さんがいないのが気になるけど、敵の術中にはまってるのは明らかだね。こりゃ早いところ安全な場所に運んだ方がいっか」

「和代殿の心配など俺達がすべきことではないだろう。この場を離れるべきというのは賛成だ」


 独り言のつもりだったのだが、同行者のケンセイが律儀に答える。

 彼もまた日本刀型のJOY≪無位夢幻刃フツソード≫を構え油断なく周囲を見回している。


「そうだね。んじゃ早いところ片づけちゃおっか」


 周囲には車を取り囲むように十人程度の能力者がいる。

 現実世界に戻ったマコトを回収しに来たアミティエ第一班の班員たちである。


「『ドリームス』のケンセイとヒイラギ……? なぜ、お前たちがここに」


 能力者の一人が言う。

 その声は若干の怯えが混じっていた。

 ヒイラギたちは質問には答えず、互いの背中を守るように武器を構える。


「どうやら敵は私たちのこと知ってるみたいだね」

「そのようだな」

「なのに逃げないってことは、私たちの実力までは知らないのかな?」

「そのようだな」

「じゃあ今後のために教えてあげよっか」

「そのようだな」

「……ケンセイ、真面目に会話する気ある?」

「敵前だ」

「そうだったわね……じゃ、行くよ!」


 まずはヒイラギが目前の敵の肩口に炎を纏った細剣を突き刺す。

 続いてケンセイが油断していた逆側の敵を峰打ちで昏倒させた。


「まず一人!」

「二人」

「こ、こいつら、メチャクチャ強いぞ!」

「怯むな! 取り囲めば二人くらい……!」

「二人くらい、なんですって?」


 彼我戦力差は五対一。

 それでも負ける気など微塵もしない。


 ショウのいないアミティエ第一班なんて烏合の衆も同然。

 班長クラスがいないJOY使いなんて、ヒイラギたちの敵ではない。


「さあおいで雑用係くん。最初期からの能力者の実力、見せてあげる」

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