第十五話 ニューワールド
1 堕天社長と仮面の男
ルシフェルは荒れていた。
「くそっ! くそくそくそっ!」
足元には椅子を叩きつけられて配線が切断したケーブルが、火花を散らしてショートしている大型コンピューターが、そして真っ二つにたたき割られたヘッドマウントディスプレイが転がっている。
「ちくしょう! 畜生ちくしょうチクショウ!」
鍛えてもいない拳が痛むのも構わず何度も何度も近くにある物を殴りつける。
その度にデスク上の機械が音を立てて壊れていく。
「なんであそこで小石川香織が出てくるんだよ! せっかく僕が何日もかけて作った仮想都市モデルが全部パァじゃないか!」
班長クラスを上回る『準神器』と呼ばれる能力の一つ≪
たった一撃で自慢のLUSUシリーズを未使用分も含めて消滅させられてしまった。
JOYを使ってプレイヤーを仮想空間に繋ぎ留めていたため負荷が増大。
ついには作り上げた仮想世界そのものが完全に破壊される結果になってしまった。
それはつまり、ルシフェルが時間をかけて制作したデータがすべて台無しになったということだ。
「しかもっ、≪
最高傑作のLUSU7は班長クラスのJOY使いを容易く蹂躙する。
さらには神器の使い手ですら手にかけるほどの力を持つ。
とは言っても、それは所詮コンピューター世界の中だけでの話。
単なるデータの集合体である彼らを現実世界に呼び寄せられるわけでもない。
JOYを介せずに『世界を移動する』かのようなVRは現在のところ実現不可能であった。
敵を仮想世界に呼び込んで倒す。
その手段は完全に三つの複合能力頼りなのである。
切り札を奪われたルシフェルが荒れるのも無理のない話であった。
「はぁ、はぁ……くそっ、第一班の無能共がっ!」
怒り疲れたルシフェルは責任の転嫁を始めた。
気絶したショウたちを回収する役目すら果たせなかったマヌケ共。
外部からの奇襲を受けて無様に倒されたというアミティエ第一班の班員たちに恨みを向ける。
奴らにどんな処罰をしてやろうかと思考を巡らせていると、
「別に嘆くことはないんじゃないかな」
自分以外誰もいないはずの部屋。
聞き覚えのない声が響く。
ルシフェルはぎょっとしてそちらを向いた。
「な、なんだお前は。どうやってここに入った」
その男は明らかに異様な姿をしていた。
大仰な黒いマントを羽織り、鼻から上を隠す仮面を付けている。
口元以外は一切の素肌を晒しておらず、表情すらも伺い知ることができない。
戦う力を持っていないルシフェルは恐怖を感じて後じさった。
すぐに背中が壁に触れる。
「怯えなくていいよ。俺は君の味方だから」
「み、味方だって……?」
正体不明の人物。
しかも自分以外は入れないはずの場所だ。
突然現れた謎の侵入者と二人っきりの状況で怯えないわけがない。
ルシフェルは抵抗するための武器を探し、ヘッドマウントディスプレイの残骸を手に取った。
それを仮面の男に投げつけようとした所で手を止める。
仮面……?
ルシフェルはこの男を知っている。
実際に会ったことがあるわけではないが、過去のデータから正体を推測することができた。
「まさかお前――なのか」
「そうだよ。君の『世界造り』には興味があってね、ぜひ協力させて欲しいと思ったんだ」
仮面の男は握手を求めるように手をさしのべた。
※
シンクが目を覚ます。
いつの間にか知らない部屋にいた。
最初に目にしたのはウッドチェアに腰掛けて読書をしている神田和代の姿。
彼女はシンクが起きたことに気づくと本を閉じてニコリと微笑んだ。
「お目覚めですわね」
「……ここはどこだ」
まずは何をおいてもポケット中のジョイストーンを確かめる。
命綱とも言える武器は……無事だった。
見知らぬ部屋で、一時共闘したとはいえ敵対組織の人間が目の前にいる。
そして何よりも怖いのは、ここに至るまでの記憶が全くないことだ。
不安はあったが、いざとなれば戦えるという状況にひとまず安心する。
「ここは反ラバース組織のアジトのうちの一つですわ。あなたは仮想空間から出ると同時に気絶してしまいましたので、とりあえずうちまで運んで差し上げましたの」
仮想空間、という単語を聞いて意識を失う前の記憶が戻ってくる。
ルシフェルに裏切り者扱いされたこと。
化け物だらけの空間に閉じ込められたこと。
ボスモンスターにやられてしまい負傷したこと。
ショウとボスモンスターの超バトル。
謎の女が現れてシンクに瞬間移動を使わせて共に空に移動。
女が空気を固めて二人を拘束、拳から虹色の光を発したところまで思い出した。
その後の記憶は全くない。
乱入してきた女……小石川香織はたぶんボスモンスターを倒したのだろう。
その後になんだかんだあって現実に戻れたが、いつの間にかシンクは気絶してしまったらしい。
気を失っていた所をALCOに回収された、と言う事だろうか。
ともかく、裏切り者としてルシフェルに処罰されるのは免れたようだ。
果たしてそれが結果として良かったのかどうかはわからないが。
「さて、動けるようでしたら着替えてダイニングへ行きましょうか。お茶でも飲みながらゆっくりと話をしましょう。あなたも私たちに聞きたいことはあるでしょう?」
「……ああ」
場合によっては好都合かもしれない。
真偽は話を聞いた後で自分で考えればいいことだ。
催眠だろうがなんだろうが気を確かに持っていれば騙されることはない。
そうシンクは思っていた。
和代が部屋から出て行った後、机の上に綺麗に折りたたまれていた自分の服を見つけた。
いつの間にか着ていた無地のシャツの上から服に袖を通しながら部屋の中を見る。
ログハウスのような木の壁面。
西日が差し込む窓の外には簡単な塀が見える。
特別高いわけでもなく、その気になれば簡単に越えられそうだ。
脱出するのは情報を聞き出してからでも遅くない。
服を着たシンクは部屋から出た。
廊下も木張りで壁面には小洒落たカンテラ風の灯りが付いてる。
適当に歩き回っていると、横のドアが開いてパジャマ姿の小石川香織が現れた。
「ふあ~あ……あ、おはよう荏原新九郎くん」
何事もなかったかのように挨拶された。
フルネームで呼ばれて気安く返事するほどシンクは状況を受けれていない。
「あの後、どうなったんだ」
「え?」
「あんたがあの虹色に光る攻撃を使った後の記憶がない。俺はどうやってあの世界から脱出したんだ」
「えっと。それはね。だからね。あはは……」
なんだ、この態度は?
言えないような手段を使ったって言うのか。
「香織さんの≪
いつの間にか廊下の先に立っていた神田和代が説明する。
「わー、わー! ちょっと和代さん、なんでばらすの!」
「隠すことじゃありませんわ。無事に皆を救出できたんだから良いじゃないですの」
「元はと言えば和代さんが私に行ってくるよう煽ったのが悪いんじゃない!」
「私なら敵と心中などせず無事に脱出する手段を探しますわ」
よくわからないが、あの虹色の光のおかげでシンクたちは脱出できたようだ。
話している内容はマヌケだが、作り物とはいえ街一つ分の世界を破壊するとは恐ろしい力である。
「あ、そうだ。ショウくんは?」
「貴女より少し早く目を覚ましましたが、今は部屋で大人しくしています。≪
能力を使えない状態?
「さて、新九郎さん」
「なんだよ」
和代は人差し指を立てて廊下の一番奥のドアを指し示す。
「軽食の準備が出来ました。お菓子と紅茶もありますので、あちらへどうぞ」
こうなったら何でも来いだ。
シンクは覚悟を決めて招待を受けることにした。
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