6 アミティエ第四班の今

 戸塚に戻ったシンクは第四班の本拠地に向かった。

 本拠地というか、たまり場になっているいつもの店である。


 駅前の繁華街にありながら昼間は常にcloseの札が掛けられている店。

 ここはメンバーの一人が夜間のみ営業してる個人経営店である。

 昼は班のたまり場として善意で使わせてもらっていた。


「お帰りっす! 初めての班長会議はどうでした?」


 無言で店内に入ると、ツヨシが目ざとく出迎えてきた。

 彼はいつの間にかシンクの副官のような立場を確立している。


「別に。ルシフェルのアホが一方的にキレて何かまくし立ててただけだった」

「相変わらず評判悪いっすね。まあ一杯どうすか」

「いらねえ。それより報告があるから奥に集めてくれ」


 昼間っから酒を勧めてくるツヨシの誘いを断って奥のソファ席に向かう。


「全員は来てないっすけど、集合かけます?」

「いいよ。二階にいる奴らだけでいいから声をかけてくれ」

「はい」


 朝っぱらから呼び出されて不快な気持になるのは自分だけで十分だ。

 ルシフェルは緊急だと言っていたが、どうせ一両日中には全員に伝わるだろう。

 シンクの指示を受けたツヨシは入り口わきの階段から慌ただしげに二階に上がっていく。


「はよっす、シンクさん」

「はよーっす!」


 カウンターで駄弁っていた奴らが挨拶をしてくる。

 前からの知り合いもいるし四班に来てから知った顔も多い。

 四班の人間はおおむねシンクに対して悪い感情は持っていないようだ。


 ソファ席にはミカもいた。

 今どきガングロ金髪の時代錯誤ギャルである。

 何人かの女メンバーと一緒にカクテルなんか飲んでいた。


「あー、シンクちゃん。おかえりー」

「おう」


 席を詰めてもらってソファに腰掛ける。

 さっきのツヨシは元三班、ミカは昔からの四班の人間だ。


 先日のポシビリテの暴走から、元四班班長のオムの裏切りに発展した大事件。

 あれ以降、シンクはオムに代わって四班の班長を務めることになった。

 その際に三班と四班の人員を一部シャッフルしたのである。


 名目上は裏切り者を出した四班の解体と監視ということになっている。

 実際は新人班長のシンクをサポートするため、アオイが提案した意見が通ったらしい。


 三・四班は元から交流も深かったこともあって、再編は上手くいっている。

 特に現四班になったメンバーにはシンクを慕う人間が集まった。

 元四班にも彼の過去の噂を知って畏れている者は多い。


「呼んできたっすよ」


 ツヨシが二階にいたメンバーを集めて降りてきた。

 カウンター席にいた人間も合わせて十二、三人というところか。

 休日とはいえ昼間っから薄暗い店で駄弁るしかやることがないとは、暇な奴らだ。


「あー、班長会議で言われたこと伝えるぞ」


 ソファに腰掛ける女もいれば酒の入ったグラスを片手に椅子の背もたれに肘を預ける男もいる。

 元三班と比べると空気は緩いが、シンクも別に威厳とか規律とかそういったことは考えていない。


 どうせ押し付けられた役職だし、SHIP能力者の捕獲仕事さえきちんとやっていれば文句を言われる筋合いもないだろう。

 だからこんな報告なんかも話半分に気楽に聞いてくれればいいと思って軽い気持ちで伝えたのだが……


「第一班班長のショウって奴が行方不明になったらしい。普段の活動は停止していいから全力で捜索してくれだとさ」


 最初の反応はグラスが割れる音だった。

 酒の入った容器を持っていた奴が落したらしい。

 注意する者はおらず、むしろ場の空気は一気にして引き締まった。


「シンクちゃん、それ本当なの?」


 酔っ払って半分夢の中にいるようだったミカまでが真剣な表情で問いかけてきた。

 彼女だけでなく誰もが真偽を確認したいと姿勢を正して真剣な表情でこちらを見ている。


 シンクとしては「なんで別の班の班長のために俺たちが活動を制限されなきゃいけないんだよ」くらいの反応が返ってくると思っていたので、彼らのこの態度は全くの予想外である。


「なんだよ。そんなにオオゴトなのか?」

「大事も大事、超一大事っすよ!」


 ツヨシが喧しいくらいの大音量で騒ぎたてる。

 シンクは思わず耳を押さえて叱りつけた。


「おい、うるせえ」

「あっすいません」

「ショウさんってアミティエの実質的なリーダーだし、最初期からの能力者の一人でしょ?」


 シンクに怒られてしゅんとするツヨシの代わりにミカが答えた。

 どさくさにまぎれて手を握ろうとしてくるので避けながら頷く。


「そんなこと言ってたな」

「アミティエだけじゃなく、全部の能力者組織でも最強の人っすよ。最初期からの能力者の五人はみんな凄いけど、あの人は特にズバ抜けてるっすね」

「その最初期からの能力者とやらが五人とも行方不明だって言ってたぞ」

「ええっ!?」


 班員たちの間にさらなるざわめきが広がった。

 口々に「信じられない、あの人たちがまさか……」などと言い合っている。


「で、最初期からの能力者ってなんなんだ?」


 シンクは当然の疑問を口にする。

 班長会議の時から気にはなっていたが、アオイやテンマに聞くのは嫌だった。

 戻ってから誰かに聞けばいいやと思っていたのだが、シンクがその質問をすると、メンバーたちはみんな一斉に驚いた顔をした。


「知らないんですか!?」

「班長なのに!?」

「マジで!?」

「いや、知らねーし……」


 四方八方からおもいっきり批判される。

 しかもシンクより後に入ったメンバーからもだ。


 ものすごい勢いで信頼を失っている気がする。

 意外なところで新生第四班崩壊の危機だ。


「なんだよ、それって知ってて当然のことなのかよ」

「最初期からの能力者っていうのはね、ラバースコンツェルンの管理下で能力者組織ができる前からSHIP能力者と戦ってた、五人のJOY使いのことだよ」


 ミカがチャンスとばかりに偉そうに解説する。

 そのどや顔にはイラついたが、シンクは黙って説明を聞いた。


「ラバースコンツェルンは昔からJOYやSHIPの研究をしてて、本社に私兵団みたいなのは持っていたんだけどね。数年前から急に増え始めた在野のSHIP能力者にはずいぶんと手を焼いたんだって。下手に騒ぎでも起こされたら秘密の研究が世間にばれちゃうし。それで……」

「そんな時に颯爽と現れて次々と事件を解決してったのが、最初期からの能力者の五人なんすよ」


 説明を横からツヨシが引き継いだ。

 ミカは憎々しげにツヨシを睨みつける。

 と同時に何故かシンクに腕をからめてくる。


「アミティエのショウさん。ヒノカワのタケハさん。それから、ええっと……」

「ケンセイさんとヒイラギさんとマコトさんだよ」


 先を争うように五人の名前を並べるツヨシとミカ。

 その中にはシンクも聞いたことがある名前も混じっていた。


「ケンセイとヒイラギってあれだよな。前に千葉に行ったときにやりあった」

「そうそう、あの二人っす」

「えっ、なにそれ。いつ千葉なんて行ったの? 聞いてないよ?」


 旧三班は数か月前に二班と共に所用があって千葉県を訪れた。

 その際に向こうを拠点とする能力者組織と関わったのである。


 人の名前はあまり覚えないシンクだが、ケンセイとヒイラギという二人はよく覚えている。

 中でもケンセイはレンと互角にやり合えるくらいにとんでもなく強い奴だった。

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