5 戻らない距離感

 結局、ルシフェルが一方的に言いたいことを言うために集められたようなものだった。

 これなら携帯端末での連絡でも十分だったとアオイは思う。

 おそらく他の二人も同じだろう。


 社長室に残されたのは三人の班長たち。

 数秒の沈黙の後、シンクが黙って席を立った。


「待ちなさい」


 思わず呼び止めてしまう。

 シンクは無言でこちらを見た。


「貴方は今の説明だけではよく理解できなかったんじゃなくて? よければ補足をしてあげるけど」

「あー」


 シンクは視線を逸らし、あさっての方向を向いたまま考えるそぶりを見せた。

 本社会議や『最初期からの能力者』などの単語は班長になって日の浅い彼はまだ知らないだろう。


 例の事件の首謀者である折原友香のその後についても詳しい情報は聞いていないはずだ。

 アオイはあくまで親切で言ったのだが……


「別にいいや。帰って班の誰かに聞く」


 すげなく断られてしまった。

 そのままシンクは部屋を出ようとする。

 呼び止める言葉を探してアオイは適当な嘘をでっちあげる。


「マナが会いたがっていたわよ。たまには遊びに来てあげなさい」


 シンクがマナに対して好意を抱いているのは知っている。

 案の定、彼はその名前に反応して足を止めたが、


「学校でも四班の本拠地でも、いつでも会いに来てくださいって言っといてくれよ」


 こちらを振り返ることはもうない。

 自分から三班に来るとは絶対に言わない。


「班長になったばかりでわからなくて困ってることはない?」

「周りにサポートしてもらってる」

「先輩班長としていつでも相談に乗るわよ。力になってあげられると思うから」

「悪ぃ、たぶんそれはない」

「……そう」


 取り付く島もないとはこのことだ。

 言葉が途切れると、シンクはもう話すことはないとばかりに背を向けた。


「それじゃ、怪我には気をつけるのよ。新九郎」

「あんたもな、アオイ」


 閉まるドア越しに声を残し、シンクは社長室から出て行った。


 アオイ、ね。


 わざとらしく本名で呼んでみたけど、彼は以前とは違う呼び方で自分の名を呼んだ。

 以前のように憎らしくも悪戯っぽく本名で呼ばれることはもうないのだろう。

 アオイは無駄に座り心地の良い椅子の背もたれに体重を預けた。


「くっくっく。ずいぶん嫌われたみたいだな」


 テーブル越しに含み笑いを漏らすテンマ。

 不覚にもこいつが残っていたのを忘れていた。 


「何がおかしいのよ。殺すわよ」

「ずいぶん執着するじゃねえか。あんな奴がそんなに恋しいのかよ」

「別にそうじゃないわ。ただ、悪いことをしたとは思ってるから」

「オムを処刑するところを見られたんだって?」


 嫌な事を思い出させられ、アオイは表情を歪めた。


「俺もあいつの事は嫌いじゃなかったが、組織を裏切ったんじゃしょうがねえ。俺たちの日常は死と隣り合わせなんだ。内部の情報を知り尽くした奴が敵に回れば、どこで寝首を掻かれるかわからねえ。お前のやった仕置きは当然だ。あいつはそれすら理解できねえガキだってことだろ」

「わかっていないわけじゃないでしょう」


 シンクがそんな短絡な人間なら、アオイはあの時に問答無用でぶん殴られていたはずだ。


 おそらくは彼もアオイの行動の正当性を理解している。

 なにせあの事件では三班のメンバーも一人犠牲になったのだ。


 しかし、オムとシンクは旧友だった。

 理解はできても納得はできないのだろう。


 こらえた怒りをぶつけることなく飲み込んだ結果があの態度なら、不覚にも彼の目が届かないところで上手くやれなかった罰として、自分はそれを受け入れるべきなんだと思う。


「じゃあアレか。やっぱりあいつが持ってるモノが気になんのか」

「何をよ」


 テンマは急に真剣な表情になった。

 からかうような態度を一変させ質問をしてくる。


「とぼけんなよ。オムの体からジョイストーンは出てこなかったんだろ」

「……ええ」

「コピーの方に本体が移ったんじゃねえかって話だ。どういう仕組みか知らねえけど」


 相変わらず嫌らしいくらいに勘の鋭い奴だ。

 実際にこの目で見たアオイでさえ半信半疑なのに、想像だけで同じ結論にたどり着くとは。


 オムを処刑せざるを得なかった理由は実はもう一つある。

 それは彼がJOYインプラントをしてしまっていたためだ。


 一般的にJOYはジョイストーンを手にすることで発動できるが、特殊な方法を使って石の力を体内に取り込めば、その能力を完全に自分自身の力にすることができる。

 それが『JOYインプラント』と呼ばれる技術である。


 これを行うことでJOY使いは様々な利点を得られる。

 成人すると使えなくなってしまう能力の年齢制限を外せること。

 ジョイストーンを盗まれるなどして力を奪われる心配がなくなること。


 ただし、その代償として死ぬまで能力を捨てることはできない。

 それ相応の責任をずっと追い続けることになるのだ。


 オムの≪爆炎の魔神イーフリートブラスト≫は破壊に特化した能力だ。

 あの力を持っている限り、彼は牢獄に閉じ込めることすらできない。


 JOYインプラントを行う人間にはラバースに一生の忠誠を誓う義務と覚悟を持たされる。

 故に、裏切れば処刑されるのは当然なのだ。


 そこまで知っていてオムは裏切った。

 死を覚悟して、失敗が見えている作戦を行った。


 それほどに彼が抱えた怒りは強かったのだろうか。

 こちら側の人間として生きていくことはできなかったのだろうか。

 この辺りは考え方の違いであって、アオイにはオムの判断を今でも理解はできない。


 また、JOYインプラントを施された人間が死ぬと、ジョイストーンは体内で再び結晶化して元の宝石に戻る。


 班長クラスのジョイストーンを他人に奪われるわけにはいかない。

 なので処刑後は仲間の体を切り裂いてでも速やかに回収しなければならなかった。


 だが、その光景を目撃したシンクにトラウマを植え付けるほど遺体を損傷し、臓腑の内をまさぐっても、オムの体内から新しいジョイストーンは発見されなかった。


 そして、あの時にシンクが怒り任せに地面に対してぶつけた爆炎。

 あれは間違いなく≪爆炎の魔神イーフリートブラスト≫の全力に等しい威力があった。


 シンクのJOYは≪七色の皇帝セブンエンペラー≫という。

 複数の能力を劣化コピーする器用貧乏の極致のような能力だ。


 模倣した能力は本家と比べて格段に劣る。

 今まで彼が使っていた≪爆炎の魔神イーフリートブラスト≫のコピーに、あそこまでの威力はなかったはずだ。


 オムの体内で再製されなかったジョイストーン。

 急激に威力を増したシンクのコピー能力。


 その両方を考えれば、よほどのバカでない限り推測はできる。

 後者に関してはテンマにはもちろんルシフェルにも報告していないが。


「で、もしもそれが事実ならどうすんだ?」

「どうもしないわ。彼は第四班の班長で、今は私たちの仲間なのよ」

「今は、ね……」

「何が言いたいの?」

「≪爆炎の魔神イーフリートブラスト≫を完璧にコピーしたっていうなら、今のあいつの力は俺たちにも匹敵する。他のコピー能力を合わせればそれ以上かもしれねえ。コピー元を潰せば好きなだけパワーアップできるって気づいたアホが、俺らに牙を向けないことを祈っておかなきゃな」


 絶対にあり得ないと断定するにはリスクが大きすぎる。

 ましてやシンクはアオイにテンマにも良い感情を持っていない。

 というかアオイも目の前にいる第二班の班長の事はとても嫌っている。


 こんな状況で絶対的な強者として班長達を纏める役目を担っていたショウがいなくなったのは、確かに大きな問題である……が。

 そんなテンマの心配に対するアオイの答えは簡潔だった。


「その時は私が彼を殺すわ」


 どのような状況、相手であれ、アオイのスタンスは変わらない。

 アオイの冷徹な返答にテンマは満足そうに笑った。

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