4 幼馴染の本性

「い、以前にお前がひまわり先輩と一緒に襲われたことあっただろ。こいつはその犯人で、ちゃんと罪を償うために謝りに来たんだよ」


 仕方ないのでシンクは先に紗雪に説明をしてしまう。

 レンは頭を下げて心から申し訳なさそうに謝罪した。


「あの、ぼく、あなたにひどいことをしました。本当に悪かったと思っています。ごめんなさい」

「いいのよ私は全然気にしてないし、どうせ全部そこの新九郎が悪いんだから」

「だからなんでだよ!」


 まさか忘れているわけでもあるまいに。

 怪我までさせられたのに気にしなさ過ぎである。

 というか断言するがあの件に関してシンクは一切悪くない。


「ん?」


 ふと、紗雪が妖しげな目でレンをジロジロと観察している事に気づく。

 なんだ? と思うと同時にシンクは再び胸倉を掴まれた。

 そのままエントランス端っこまで連れていかれる。


「いてーよ! いちいち引っ張るな!」

「ねえ。あの子さっき『ぼく』って言ったわよね」


 紗雪は文句を言うシンクを無視して質問をする。

 掴まれた手を解こうにもビクともしない。

 なんつー馬鹿力なんだこの女は。


「言ったかもな。それがどうしたよ」

「あの子さ、もしかして男の子なの?」

「そうだよ」


 見てわからないのか、とは流石に言えない。

 男だと知って驚く気持ちもわかる。


 だが、わざわざ本人に聞こえないよう確認したのは何故だ?


「……マジ?」


 体を支えていた手を急に離された。

 シンクはその場で尻餅をつく。


「おいっ」


 文句を言おうと見上げた時には紗雪の姿はそこにない。

 レンの目の前で前かがみになって視線の高さを合わせていた。


「ね、ねえ、あなたお名前は?」

「陸夏蓮といいます。みんなはレンって呼びます」

「お、男の子……なんだよね?」

「? はい、レンは男ですよ」

「きゃあーっ!」 


 突然の黄色い歓声にシンクは思わず耳を塞ぐ。


「うっそ、本当!? こんな可愛い男の子とか存在していいの!? すっごい、すっごい! 可愛い! 欲しい! 私のうちに欲しい! ううん、なんならお付き合いからでも!」

「お、おい、青山……?」


 嫌な予感に苛まれつつ必死に振り絞ったシンクの声は無視された。


「あ、あのね。レン……さん」

「はい」

「この前の乱暴は許すよ。か、かわりに、お願いがあるの」

「はい! ぼくにできることならなんでも言ってください!」

「じゃ、じゃあ…………私のこと、『さゆきおねえちゃん』って呼んでみてくれる?」

「? はい、さゆきおねえちゃん」

「きたああああああああああああああっ!」


 紗雪は頭が天井にぶつかるくらい勢いよく飛び上がった。

 着地した後は何度もガッツポーズをしたり、壁を殴っては亀裂を走らせたりしている。


「うっは、来た! おねえちゃん来た! やばい最高! なんかもう死んでもいい! 生きててよかった有頂天ひゃっはー!」


 幼馴染の変わり果てた姿を見ながらシンクは愕然としていた。

 青山……まさか……お前も……変態……なのか……


「それじゃレンさん。もしよければお付き合いの記念に家に寄ってくださいな」

「えっ」


 シンクが絶望に立ち竦んでいる間に、紗雪はレンの手を引いてオートロックの向こう側に消えようとしていた。

 慌てて追いかけて閉まりかけたドアに体を挟まれながらも何とか呼び止める。


「おい待て!」

「何よ新九郎。あんたに用はもうないからさっさと帰りなさいよ」

「うるせえ! レンをどうするつもりだ!」

「レンさんはこれから私とお風呂に……じゃなくて一緒にお食事の予定なの。邪魔しないでよね」


 ダメだこいつ、早く何とかしないと……

 シンクは幼馴染の新たな一面を知って大いにショックを受けていた。

 類は友を呼ぶというが、今後はひまわり先輩に襲われそうになっていても助けるのはやめよう。


「だ、ダメだよ! ぼくはシンくんと家に帰るんだから!」


 レンは紗雪の手を振り払ってこちらに駆け寄ってくる。

 おおレン、お前はいい奴だな。


「くっ、新九郎め……すでにレンさんを誑し込んでいるとは」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ!」

「レンさん! そんなに新九郎がいいんですか! 私じゃダメなんですか!」


 なんでレンに対して敬語なんだ。

 というかそのセリフはなんだ。

 お前マジで頭大丈夫なのか。


 いくつも言いたいことはあったが、暴走した幼馴染はレンがたったの一言で黙らせた。


「はい。ぼくはシンくんが大好きです。だから、ごめんなさい」

「ぐはあっ!」


 紗雪は物理的な攻撃を受けたかのように吹き飛んだ。

 あいつがこんなリアクションをする奴だとは知らなかったが……

 ともかくシンクは今のうちにレンを連れてさっさとこの場を逃げ出すことにした。


 エントランス前に止めてあったバイクに跨り、フルスロットルで来た道を逆走する。

 幸いにも後ろから悪のショタコンが追ってくる気配はない。

 レンの一撃がよほど答えたのだろう。


 明日以降に奴と学校で会った時のことを考えると非常に気が重いが、とりあえずレンを連れて高校に行くのと、紗雪に今の住所を教えるのだけはやめておこうと硬く心に誓うシンクであった。

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