3 謝罪

「おかえりなさいシンくん!」


 家に帰るとなぜかエプロンを装着したレンが笑顔で駆け寄ってきた。

 お前は新妻か。


「ごはんにする? お風呂にする? それとも……」

「そういう冗談はいらない」


 シンクはレンの頭を撫でて横を素通りした。

 いい匂いがすると思ったら、二人分の食事が用意されている。

 ご飯と野菜炒め、ご丁寧に味噌汁つきだ。


 確かに、こいつがいれば生活が楽になるかもしれない。

 料理はできるし掃除や洗濯も教えればそつなくこなしそうである。


 夕食を食べた後は何をするでもなくダラダラと過ごす。

 レンの危険な趣向はともかく、別段何かを求めるわけでもないようだ。

 アニメの再放送を真剣に眺めながら、超人的ヒーローの活躍を「おーっ」とか「うわっ」とか言いながら見ている。


 そんなところは普通の小学生と変わらない。

 自分もリアルで同じことが出来るくせに。


 シンクはベッドでごろごろしながら漫画雑誌を読んだ。

 そのうちアニメが終わったらしく、レンが話しかけくる。


「あ、あのさ、シンくん」

「なんだ?」

「ぼく、連れて行ってほしいところがあるんだ」


 シンクは体を起こした。

 レンは律儀に正座なんてしている。

 そんな風に真面目に切り出すほど行きたい場所とは?

 こいつが何を考えているのか、シンクは少し興味がわいた。


「どこに行きたいんだ? 夜までに帰ってこれるところなら連れてってやるぜ」

「あのね、さゆきって人のところに行きたいの」


 さゆき?


「青山紗雪のことか?」

「そう。そのさゆきさん」


 青山紗雪はシンクの幼馴染で、高校の同級生である。

 シンクにしてみれば小言のうるさい面倒くさいだけの女だ。


 そして彼女はアミティエとは何の関係もない。

 JOYやSHIP能力のことすら知らないただの一般人である。


 なぜ紗雪にレンが……と考えて、すぐに理由に思い至る。


「もしかして謝りたいのか?」

「うん」


 前の事件で、レンはアミティエ第三班班長であるひまわり先輩を襲撃した。

 不意打ちだった上に先輩は一緒にいた一般人を守るのを優先。

 結果、入院するほどの怪我を負ってしまった。


 その時にひまわり先輩と一緒にいた一般人というのが青山紗雪だ。

 巻き込まれた時に彼女も確か軽傷を負っていたはずである。


「必要ないと思うぜ。わざわざ会いに行かなきゃ関わることもないだろうし」

「でも! アオイ様からちゃんと本人に謝りなさいって言われた!」


 何かあり得ない人物に聞きなれない敬称がついていた気がするが、深く考えると本気で洗脳教育を行っていたんじゃないかと勘繰ることになるのでやめた。


 まあ、レンの気持ちが晴れるなら付き合ってやるか。

 青山の性格から考えても、かすり傷程度で恨みを残すような奴じゃない。

 能力者組織のことを隠すため事実の湾曲と理由づけが必要だが、そこは上手く口裏を合わせてもらおう。




   ※


 青山紗雪の自宅は南橘樹市にある。

 以前にシンクが住んでいた所と駅を挟んで反対側あたりだ。


 中学時代は彼女もシンクと同じく戸塚市に住んでいたのだが、卒業と同時になぜかシンクの後を追ってくるようにそちらに引っ越してきた。

 本人が言うには家庭の事情による偶然であり、むしろ自分が付きまとわれてるとかほざいていたが。

 ちなみにシンクは先日改めて久良岐市に引っ越したので、今はかなり距離が離れている。


 バイクの後部座席にレンを座らせ、すぐ近くのインターから久横道路に乗り込む。

 シンクの免許取得日数では高速道路の二人乗りは違法だが、黙っていれば気づかれないだろう。


 二つの出口を越えた先に大きなジャンクションがある。

 そこから側道に入って吉田新道の登り方面へ。

 最初の出口ですぐに降りる。


 近くにある大学の近くの高級マンションが紗雪の家だ。

 バイクを適当に停め、オートロックの前に立ったところでシンクは固まった。


「どうしたの?」

「……部屋番号を知らん」


 以前に学校からここまで送らされたことがあったのでマンションの位置は知っていたが、中に入ったことがあるわけではないので、何号室に住んでるかまでは知らなかったのだ。


「じゃあ、中に入って探してみたら?」

「呼び出さなきゃ入れない。誰かが出てくるのを待ってこっそり通り抜けるか」


 真新しい巨大なマンションだ。

 しかも中は迷路のように複雑に入り組んでいる。

 ご丁寧に表札がかかっているとも限らないし、探し出せるかは不安だった。


「ポストは? 名前が書いてあればわかるでしょ」

「おお、レン頭いいな。ちょっと調べてみるか」

「えへへ」


 褒められて嬉しそうなレンを伴ってメールコーナーに向かう。

 と、背後で自動ドアが開く音がした。


「うおっ!」

「し、新九郎!? なんであんたがここにいるのよ!」


 振り向くと岡高のレトロチックなセーラー服を着た長い黒髪の少女がいた。

 まさに探そうとしていた青山紗雪である。


「いまさら何の用よ! っていうか何でいきなり引っ越してるわけ!? 最近は学校に来てもほとんど授業に出てないじゃない! 竜崎先輩は相変わらず変態だし、あんたは私のこと放ったらかしだし、少しはこっちの都合も考えてよね!」


 なぜか出会い頭に怒られた。

 レンが謝りに来たのにこれはまずい。


「ま、まあ待て青山。詳しい事情はそのうち話すが、今日お前に用があるのは俺じゃない」


 シンクは身を隠すようにレンの肩を握って前に押し出した。

 隠れるみたいでカッコ悪いが、幼馴染の無駄話に付き合うつもりはない。


「あら? この子は…………まさかっ!」


 青山の顔色が青ざめた。

 かと思えば再び怒りの色に燃える。


 しまった、予想以上に怒っていたか。

 これは誠心誠意謝らないと面倒なことになるぞ。


 ……などと考えていると、なぜかシンクの方が胸倉を掴まれた。


「よくもまあ、こんな卑劣なマネをっ!」

「な、なんだよ!」

「この子、前にあんたの部屋にいた娘でしょ! わ、わざわざ、か、彼女を自慢しに来るとか、いったい何を考えて……」

「ちげーよ!」


 と思ったら勘違いされてるだけだった。


 レンを女と間違えるのはともかく、見た目小学生のこいつを見てなぜ彼女と思ったのか。

 幼馴染から疑いなくロリコンだと思われたことにシンクは少し悲しくなった。

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