2 能力者たちのこれから
買ったばかりのCB400SFスペック5を駐輪場から引っ張り出す。
リアシートにひまわり先輩を乗せたら出発だ。
歩けば多少の距離があるが、バイクなら湘南日野駅までは五分と掛からない。
だが、この恐怖の先輩を後ろに乗せたまま無言で過ごすには果てしなく長い時間と言える。
「最近、本社に行くこと多いですね」
シンクは間を持たせるために質問をした。
はぐらかされたり嫌味が返ってくる可能性も想定しておく。
しかし、ひまわり先輩は意外にもため息と共に真面目な答えを返してきた。
「いろいろ面倒事が起こってるのよ。あなた達には迷惑をかけるわね」
「い、いや別に……なんですか。やけに殊勝じゃないですか」
気持ち悪い、という言葉を喉から出る直前で飲み込む。
「具体的に何が起こってるとかは聞かない方がいいんですかね」
「別にいいわよ。
信号が赤になった。
やや急ブレーキぎみに停止する。
「いま、なんて言いました……?」
前半はともかく、後半は聞き捨てならないことだった。
「特区で使われている街灯を見たでしょう。SHINEはアミティエや他の能力者組織が提出するJOYのデータを用いて開発された従来とは全く違うエネルギーよ。今はまだコスト面の問題もあるし、何よりもEEBCの拡散による自社のシェアが邪魔して――」
「そっちじゃねえよ、わかってんだろ」
ひまわり先輩は言葉を途切れさせ、シンクの背中に体重をかけてくる。
「乱暴な言葉づかいは若いうちに是正しておきなさい。社会に出た時に自分が困るだけよ」
「はぐらかすなよ。能力者の存在を公表だって? そんなことしたら世の中メチャクチャになるぞ」
後続車にクラクションを鳴らされた。
顔を上げて信号が青に変わっていたことに気づく。
シンクはアクセルを捻って道路の端をゆっくりと走行した。
「もちろん誰だってそんなことわかってるわよ。だから慎重に議論を重ねてるんじゃない……出口の見えない不毛な議論をね」
どうやら本当の話らしい。
本気で能力者の存在を世間に知らしめるつもりなのか。
「きっかけは? 他の能力者組織は知らないけど、少なくともアミティエはずっと前から活動してたんだろ。なんで今さらになってそんな話が出てきたんだよ」
「話自体は昔からあったのよ。当時は一部の過激派の妄言に過ぎなかったけれどね」
ひまわり先輩の吐いた息を耳元に感じる。
好きでもない女とはいえ、少しドキッとした。
「話が現実味を帯び始めたのはある能力者組織が潰されて、狭い範囲とは言えJOYの存在が明るみに出てしまったから。それが海外だったのもまずかったわね」
「……まさか」
「レンが潰したラバース上海支社のことよ」
海の向こうの話なので今まで現実感が伴わなかったが、一つの能力者組織が管理していた企業ごと消滅するということは、考えればとてつもない大事件である。
上海には能力者によって支配されていた人々がいた。
それが崩壊したということは、一つの社会の変革を意味する。
「秘密主義の
「ラバースってのは本当にとんでもない企業なんだな」
エレクトリックエネルギーブーストコア……
通称EEBCの発明によって一企業が世界の常識を塗り替えた。
それは日本だけでなく世界中の人間に多大なる変化をもたらすことになった。
EEBCはその名の通り電気エネルギーを莫大に増幅させて動力に変える装置である。
これが実用化されたことで乾電池一本程度のエネルギーで自動車を動かすことも可能になった。
既存のあらゆる機械や装置がこの大発明によって変革を起こし、世界中の科学技術は一気に次時代へとシフトしたのだ。
莫大な雇用が生まれ、日本も前世紀末から続く大不況に別れを告げた。
ラバース社は企業合併・吸収を繰り返して今や世界最大の企業連合体になっている。
世界中の富と権力がこの東洋の島国に集中。
当初から危機を訴えていた当時の東西の超大国すら手を出せない規模になった。
ましてや日本国内はラバースコンツェルンの影響なくして経済が成り立たないほどの状況になっている。
今や先進国の大部分がラバース社とその傘下企業に大きく依存している状況なのだ。
「能力者の公表については未だに実現のめども立っていないわ。当面、問題は山積みだしね。本来ならフレンズ社の関わることではないのだけど、ルシフェルがやたらと私とショウを働かせたがっているのよ。ちなみに彼は今単身でクリスタ合酋国に飛んでいるわ」
「クリスタかよ」
かつてアメリカと呼ばれていた時代ほどの圧倒的な栄光はないとはいえ、クリスタ合酋国は未だに世界第二位の経済大国であり、世界一の軍事大国でもある。
話の大きさが世界規模になってしまえば現実味も薄れていく。
わずか二日前、地元の不良たちの信頼をどうやって得るかに苦心していた頃が懐かしい。
ほどなくして湘南日野駅前に到着した。
シンクはバスロータリーに入り込ったところでバイクを停める。
ひまわり先輩は片足を振り上げて軽快な動作でリアシートから飛び降りた。
「助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして」
お礼を聞けただけでも驚きものだが、そのまま改札に向かうと思っていたひまわり先輩は、少し歩いたところで振り返ってシンクの名を呼んだ。
「ねえ、シンク」
彼女から名前を呼ばれるのは非常に珍しい。
いつもは「あなた」とか「ストーカー君」とかなのに。
「はい?」
「さっきの話だけど……」
「わかってますよ。他言はしませんって」
「それはもちろんだけど、あまり気にしないでいいからね」
今のひまわり先輩は普段のような冷たさは鳴りをひそめている。
何人もの仲間を束ねる班長の、強さと優しさを秘めた声で彼女は言う。
「立場は違っても一人の人間ができることには限度があるわ。私たちにできるのは与えられた力を正しく使い、一人でも多くの人を救うこと。SHIP能力者を捕縛し、あるいは助け、やがて来るその日をより温和で円滑に迎えるため精一杯の努力をするしかないのよ」
「……その言葉、ありがたく受け取っておきますよ」
ひまわり先輩はクスリと笑い、背を向けて今度こそ改札の向こうに消えて行った。
普段はあんなでもやっぱり重い責任を背負ったリーダーなんだな。
意外なひまわり先輩の気遣いに感動しつつ、シンクはバイクをUターンさせた。
一方通行を逆走したため入ってきた車にクラクションを鳴らされる。
シンクはふと疑問に思った。
JOY使いはラバース社の秘匿された技術で、つまり素人には全くわからない理論で超能力のような力を与えられるものと納得した。
じゃあ、自分たちの捕縛対象であるSHIP能力者は?
アミティエが保護しない限り制約も受けず、常識を覆す力を持って生まれる者たち。
その力の源は一体なんなのか。
そして彼らが存在しているにも関わらず、未だに能力者の存在が明るみに出ていない理由は?
考えてもわかることではない。
今度ひまわり先輩に聞いてみようかなと結論付け、思考を打ち切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。