5 レン、中学校に転入する

 翌日、シンクの幼馴染をを狂わせた罪な少年は、学校に行きたくないと駄々をこねていた。


「やだー! 学校なんて行きたくない!」


 制服を着ることを拒否するレン。

 シンクは深く溜息を吐いた。


「あのな、お前は日本で暮らすことに決めたんだろ。だったら大人しくルールに従って学校には通え。それがこの国の若者の義務なんだ」

「義務とか知らない。それよりシンくんと一緒にいたいよ」

「俺だって自分の学校があるんだよ。行きたくないけど毎日我慢して登校してんだ」

「辛いなら無理することないよ。二人で遠くに逃げよ?」

「ドラマみたいなセリフを吐く場面じゃない。特別に年齢をごまかして中学生ってことにしてもらったってのに、何が不満なんだよ」


 戸籍など、レンが日本人として暮らすのに必要なものはすべてアミティエが用意してくれた。

 正確に言えばその上部組織のフレンズ社かラバース本社あたりがいろいろ手配してくれたようだ。


 実年齢通りならレンはまだ小学生相当なのだが、さすがに小学生に混じって勉強させるのはあんまりだとのことで、年齢を改ざんして中学校から通えるようにしてくれたらしい。

 今のわがままな態度を見ていると小学生でもよかったんじゃないかと思うけど。


「お願い、せめて明日からにしよう。今日一日だけシンくんと一緒にいたいな?」


 首をかしげて可愛さをアピールしてくる。

 この芸当もひまわり先輩に教わったのだろうか。

 そう思うとあの変態女その一をぶっ飛ばしたくなる。


「ダメだ。さっさと着換えろ」

「むー」


 かわいこぶりっこが利かないとなると、口を尖らせてされるがままになる。

 こいつ本当に上海の能力者組織を壊滅させた戦闘狂の修羅なのか?


 完全に子どもの着替えだ。

 ようやくレンは地元中学の制服に袖を通した。

 シンプルな黒の学ランに身を包めば、いくら女顔のレンでも男らしく――


「女の子がコスプレしてるようにしか見えねえ……」


 シンクは頭を抱えた。

 レンのかわいさはもはや筋金入りだ。

 サイズが合わない袖からちょこんと出した手で口元を隠すのは止めろ。


 とにかく、レンには学校に行ってまともな常識を身につけてもらわないと困る。

 間違っても青山紗雪のいるシンクの高校に連れて行くわけにはいかない。

 昨日のことを思うとこっちだって学校に行くのは気が重いのだ。


「なあ、帰ってきたら遊んでやるからさ。がんばって友達作ってこい」

「うううー」


 すっかり子どもをあやす父親の気分である。

 どうにかレンを納得させて家を出た時には時刻は八時を回っていた。


 おかげで朝から駅前までダッシュする羽目になった。




   ※


 宮ヶ谷中学一年六組学級委員長の山羽輪はイラついていた。


「ほら、予鈴はとっくに鳴ってるのよ! 早く自分の席に着きなさい!」


 その理由はいつまで経っても静まらないクラスにではない。

 HR開始の九時五分前になるのに姿を現さない担任に対してでもない。

 今日来ると言われている転入生の噂で盛り上がっているクラスメートたちに対してでもない。


「うるせーな委員長。彼氏が来てないからってヒスんなよ」

「誰が彼氏だ!」


 その呼び方が正しいかはともかく、ある意味で図星を指された輪はさらに怒りを爆発させる。

 周りのクラスメートたちは彼女の怒りのはけ口にされていることを知っている。

 だから怒られても適当に生返事をしてそのまま雑談を続けた。


「先生が来た時に怒られても知らないんだからね!」

「心配しなくても拓斗も午前中には来るよ。あいつ、転校生が来るのを楽しみにしてたし」


 ニヤニヤとからかうような表情で言うのは鈴木烈。

 輪とは小学校からの同級生であり、彼女の幼馴染の親友でもある。


「べ、別にあいつのことなんて少しも心配してないんだからっ。鈴木まで変なこと言わないでよね」

「はいはい」

「まったく、すぐに起きるから先に行ってろって言ったのはあいつなのに……」


 朝に起こしに行ったにも関わらず、親を通した伝言だけで顔も見せなかった幼馴染。

 その小憎らしい顔を思い浮かべて輪は溜息をついた。


「しかし、この時期に転入生って珍しいよな」

「親の都合で引っ越してきたか、私立が肌に合わなくて辞めたとかそんな所じゃない?」


 烈の疑問に対して適当な返事を返す。

 結局のところ、輪も噂の転入生が気になっていた。


「それがさ、どうも清国人らしいぜ」


 反対側の席から別の生徒が口を挟んだ。


「またぁ。根も葉もない噂でしょ」

「いや、本当だって。なんかすっげえ可愛い女の子らしいぜ」

「あれ? 転入生は男だって聞いたけど」


 期待混じりの伝聞と噂で情報が錯綜するのはよくあることである。

 ここで答えのない議論を交わすまでもなく、あと数分もすれば本人が登場するだろう。


 と、廊下をコツコツと足音が近づいてくる。

 輪が何を言っても動じなかったクラスメートたちは黙って一斉に自分の席に戻った。


 教室がつかの間の静寂を取り戻す。


「うーっす」


 ポロシャツ姿にトレードマークのポシェットを腰に巻いた担任、中村宗一郎が気だるそうに教室に入ってくる。


「あー、遅れて済まん。ちょっと準備に手間取ってな。もうみんなも知ってると思うが、今日は転入生が来てる」

「その転入生はどこですかー?」


 一番前の席の生徒が質問をする。


「そこにいる。おい夏蓮。入ってこい」


 シアリィェン?

 明らかに日本人でない名前だ。

 清国人という噂は本当だったのか。


 ところが、ドアを開けて当人が入ってきた時の衝撃は予想以上だった。


「きゃーっ!」

「何あの子、かっわいーっ」


 水色の髪のおかっぱヘア。

 身長一三〇センチ程度の小柄な少女。

 教卓の前に歩いて来てペコリと頭を下げた。


「陸夏連です。上海から来ました。レンと呼んでください」


 その可愛らしい仕草に教室中が大沸きである。


「うおお、マジで清国人なのか」

「え? なんで女の子が学ラン来てるの?」

「っていうかあの水色の髪、本物? 拓斗に唆されたとかじゃなく?」


 最後の発言をした生徒を輪は鋭い目で睨みつける。

 彼は教科書で顔を隠してそっぽを向いて逃れた。

 その様子を横で見ていた烈が声を殺して笑う。


「本場の青髪登場には拓斗も驚くだろうな」

「ほ、本場って……」


 そもそも清国人だからってあんな不自然な水色の髪なんてあり得るのだろうか。

 確か自然に存在する髪の色は黒、金、茶、赤の四色だけだった気がする。


 いや、それよりも。


 輪は改めて転入生を見た。

 なんてかわいい子なんだろう。


 顔形は日本人離れしているが、違和感を覚えるというわけではない。

 むしろ純粋に美しさを追求して人工的に描かれた絵画のようにすら思える。

 あえて欠点をあげるとすればやや幼めで、体つきも女としてはまだまだ成長途中というところだろうか。


 無論、それは現状での欠点に過ぎない。

 もう少し大人になればチャイナドレスの良く似合う清華美人になるのだろう。


「あー、夏蓮は家族の都合で先週からこっちの知り合いの家のホームステイ中だそうだ。まだ日本には不慣れだから仲良くしてやってくれ。あと、こう見えてこいつは男だから」

『はぁ!?』


 クラス全員の声がハモった。


「男? マジで?」

「いやいや、嘘つくなよ中村先生」

「嘘じゃねーよ。本人に聞いてみろ」


 二十九対の瞳が転入生の陸夏蓮ことレンに集まる。

 彼女……もとい、彼はやや怯えたように身を縮こまらせながらもハッキリと言った。


「は、はい。ぼくは男です」


 再びざわめきが広がった。

 いや、よく考えれば学ランを着ている時点で男のはずなのだ。

 別に化粧をしているわけでも、女もののアクセサリーをつけているわけでもない。


 髪の長さだって男としてあり得ないほど長いわけでもない。

 ただ男だと認めるには彼があまりに可愛らしすぎるというだけの話である。

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