第七話 パワフルボーイ
1 同居
「……で、なんでお前がここにいるんだ?」
「あのね。ぼく、いっぱい日本語練習したんだよ。うまくなったでしょ。日本のことも勉強したよ。今日からはまたよろしくね」
話がかみ合ってないのは置いておくとして、そんな幸せそうにニコニコするな。
これじゃ強く詰問することもできないじゃないか。
通称はレン。
先日アミティエ相手に大暴れした少年である。
能力者組織を持ちながら、それを統制せずに好き勝手暴走させていたラバース上海支社。
海の向こうに地獄を強いてきたその支社は、たった一人の少年に壊滅させられた。
それを成したのが、この目の前にいる見た目は小学生くらいの少年である。
上海支社を壊滅させたレンは次に日本に渡ってきた。
彼の目的はラバース本社の壊滅……ではなかった。
育ての親に擦り込まれた「誰よりも強くなる」という願望をかなえること。
そのためだけにより強い敵を求めてわざわざ海を渡ってきたのだ。
よく言えば一昔前の少年漫画の主人公みたいな奴。
悪く言えば度を過ぎたバトルマニアの迷惑者だ。
アミティエも大きな被害を受けたが、事件はシンクがレンを倒すことで解決した。
レンが事件を起こす前に出会ってなぜか懐かれていたシンクは、彼が更生施設に送られた後も心配していたのだが、まさかこんなに早く戻ってくるとは思わなかった。
「……まあ、元気そうでよかったよ。お前を裏切った形になったことは悪いと思ってたんだ」
「それは違うよ。あの時はぼくが間違ってた。止めてくれたシンくんが正しいよ」
どうやら矯正は成功しているようだ。
別に洗脳などでむりやり人格が曲げられた様子も見られない。
育ての親から刷り込まれた歪んだ常識だけを上手く除去することに成功したのだろう。
「で、最初の質問に戻るが、なんでお前はうちに来たんだ?」
「それは私から説明しましょう!」
バン! と勢いよく開いた玄関ドアの向こうではひまわり先輩が仁王立ちしていた。
シンクたちはまだマンションの通路にいるので、部屋の中から出てきたということである。
「玄関には鍵をかけていたはずなんですけど」
「あの程度のセキュリティじゃ何の対策もしていないも同然よ」
ひまわり先輩はポケットから奇妙に折れ曲がった針金を取り出してみせた。
この女はドロボウのスキルまで持ち合わせているのか。
というか放課後はさっさと消えたくせになんで先に家にいるんだ。
「説明するわ。レンはあなたに預けるから一緒に暮らして頂戴。いいわね」
「ぜんぜんよくねえよ! その理由を説明しろ!」
あまりにも脈絡のない命令である。
突然のひまわり先輩の登場にも冷静を保っていたシンクもさすがに大声を上げた。
レンは立ち上がったシンクの服の裾を引っ張り、瞳を潤ませながら上目づかいに覗き込んでくる。
「シンくんは、ぼくと一緒に暮らすのは嫌?」
「うっ……」
本当に、どう見ても女子小学生にしか見えない。
そんな顔をされるとこいつが男だとわかっていても罪悪感がこみあげてしまう。
ひまわり先輩は笑いながらシンクの質問に答えた。
「まあ、見ての通りあなたに懐いているのが一番の理由ね。施設から出所したとはいえ、前科者であることに変わりはないもの。身近なところで監視できる人物が必要なのよ」
だからって何で自分にばかり面倒事を押し付けるんだ。
「ねえレン。あなたも彼と一緒がいいのよね」
「はい! ぼくはシンくんと一緒がいいです! シンくんのことが大好きですから!」
「そ、そうか」
そういう風に言われて悪い気はなしない。
度を過ぎた戦闘狂の顔さえ出さなければ悪い奴ではないし。
懐いてくる子どもを追いだすというのも気持ちがいいものではないからな。
幸いアミティエ所属特典として与えられるVIPカードのおかげで生活費の心配は必要ない。
なので、プライベートの時間が多少制限される以外は……
「……おい、レン」
「え、え?」
「何で視線を逸らすんだ?」
なぜかレンは視線を宙に泳がしたり、俯いたりを繰り返している。
かと思ったらちらりとこちらを見てすぐそっぽを向く。
明らかに挙動不審な態度である。
心なしか頬が赤くなっているようにも見える。
まるで恋を覚えたての少女のように。
「バカね、好きな相手に思わず告白してしまったことが恥ずかしいのよ。それくらい察してあげなさいよ。甲斐性のない彼氏ね」
ひまわり先輩がなにかよくわからないことを言ってる。
「気持悪いこと言うな。好きっつってもそういう意味じゃねーだろ」
「い、いえっ」
レンはがっしりとシンクの服を掴み、ゆで上がったように真っ赤な顔で、真っすぐな視線をぶつけてくる。
「れ、レンはシンくんが大好きです。本当です。戦いしか知らなかったレンに、シンくんは優しくしてくれました。初めて戦いに負けて、すごくもやもやしたけど、悔しくなかったです。この気持ちがなにかわからなかったけど、いっぱい勉強して知りました。ぼくはシンくんを愛しています」
「悪いレン。ちょっと待っててくれ」
シンクはレンの手を解くと、ひまわり先輩を引っ掴んで部屋の奥に移動した。
「てめえレンにどんな洗脳しやがった!?」
「人聞きの悪いこと言わないで頂戴。戦い以外にも価値観を与えるために、他に何もない部屋に閉じ込めて秘蔵のBL本をむりやり読ませ続けただけよ。自分の気持ちに戸惑いながらも新しい世界の扉を開く少年を見守るのは最高に楽しかったわ」
「この腐れ外道!」
無知な少年になんて酷い刷り込みをしやがる!
復讐のためにレンに強くなることだけを教え込んだ育ての老婆といい、どいつもこいつもレンをなんだと思ってやがるんだ。
「心配しなくてもレンに読ませたのは少女漫画ライクな純愛物ばかりだし、いきなり襲われるようなことはないわよ。基本あの子は受けだし。むしろあなたの方こそ欲情してヤッちゃわないよう自制しなさいね」
「やるかボケ!」
相手が歩く災害である班長クラスの能力者じゃなければぶっ飛ばしていたところだ。
「もちろん日中はちゃんと学校に通わせるし、四六時中面倒を見てろとは言わないわよ。監視は建前で、実際のところは上の連中が納得できる居場所を用意しただけですからね」
ひまわり先輩の言う『上の連中』とはルシフェルのことか。
もしくはあらゆる能力者組織の管理会社を統括するラバース本社のことだろうか。
ともかくレンが更生したての重犯罪者なのは事実。
施設から出た今はしばらく監視の目をつける必要があるらしい。
その役目を負う責任はあの日に行き倒れていた彼を拾ったシンクにもある。
まあ、誤った知識は少しずつ正してやればいいだろう。
学校に通うなら同年代の女の子と触れ合う機会もあるよな。
「……わかったよ。面倒みればいいんだろ」
シンクがそう言うと、レンが後ろから満面の笑顔でとびついてくる。
「わーい、シンくんありがと!」
「ちょ、レン! あんまりひっつくな!」
そんな風に心底から嬉しそうにされては文句も言えない。
目を細めてニヤニヤしているひまわり先輩はムカつくが。
「冗談はともかく、仲良くしなさいね。落ち着いたらアミティエの活動も手伝ってもらうから」
「はい! ぼくも悪い奴をいっぱい倒して捕まえます!」
「手伝わせるのかよ」
レンが乗り気なら別にいいけど。
戦力としてはこの上ないし。
「さて私はそろそろ帰るわ。レン、悪いけど彼をちょっと彼を借りるわよ」
「はい。わかりました」
は?
「帰るんじゃないのかよ」
「これからフレンズ本社に用があるのよ」
「だから?」
「ここから駅までは結構歩くのよね。あなたバイクを買ったでしょう。私を駅まで送りなさい」
いきなり押しかけたくせに随分と勝手な言い草である。
別に送ってやるくらいは吝かではないが。
「わかったよ。ちょっと準備するから待ってろ」
「一分以内に済ませなさい。というかあなた最近、私に敬語使うのを忘れてないかしら」
あんたが先輩らしい態度をとってくれたら再考してやるよ。
そう思ったが口に出さずに聞こえないふりをした。
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