9 dragon child return
「うぅ、痛え……」
翌々日の月曜日。
シンクはすっかり昼間の定位置になった屋上にいた。
ひどく腫れあがった頬をさすりながら、仰向けにごろりと寝転がる。
土曜の夜のオムとの戦いで負けを演出するため……
というより出来るだけダメージを少なくするため、わざとノーガードでオムの拳を食らった。
炎は消えていたが、あの巨体から繰り出されるパンチをまともに受けて無傷で済むわけがない。
完全に恨みを買った第四班からなんとか逃げ切れたのは良かったが、もう二度とあんなマネはごめんだ。
どうせ治療してもらえるからいいやなどと軽く考えていたのだが、最悪なことに治癒能力の使い手であるアテナさんは昨日、アミティエの活動を休んでいた。
周りから心配されながらも自分の班の鬼班長に従って通常通りのSHIP能力者の捕縛を行った。
そこで敵のSHIP能力者から顔面に反撃を食らうという失態を犯したのが昨日のこと。
思わず降伏勧告を忘れて相手をボコボコにしたらまたマナ先輩に怒られた。
早くアテナさんに回復してもらいたかったが、さすがに他所の学校に乗り込むわけにもいかず、こうして放課後のアミティエ活動時間になるのをただ待つしかないわけだ。
いっそのこと学校を休んで家で大人しくしていればよかった。
四班の件だが、亮がそのうち誤解を解いてくれるらしい。
ほとぼりが冷めるまで戸塚市に近づくのを控えておけばいいだろう。
階段を上ってくる足音が聞こえた。
いつものように青山沙雪だろうか。
彼女だったら迷わず瞬間移動で逃げるつもりだ。
だが紗雪やマナの騒がしい足音とはどこか違うことに気づく。
シンクは黙ってドアが開くのを待った。
「おはよう、今日もいい天気ね」
姿を現したのはひまわり先輩だった。
仲間思いの亮とは正反対の人を人とも思わぬ我らが鬼畜班長様である。
「なんの用っすか」
「お礼を言っておこうと思ってね。おかげでアミティエ内部の不和の種がひとつ消えたわ」
前回の事件に続き、まさかのねぎらいの言葉である。
意外とこういうところはしっかりしている人のようだ。
と言っても、ご褒美がもらえるわけでも休みが増えるわけでもない。
というかそもそも今回の件に関してはひまわり先輩が持ってきた話だったじゃないか。
「そんな目で見なくてもいいじゃない。ちゃんと今日はアテナを呼んであるわよ」
「はあ、そりゃ助かりますけど」
「それでね。今日の活動の前にあなたにお願いがあるんだけど」
「お断りします」
言った後で即座に危険を察知したが、シンクが逃げの行動に移るより早く予備動作なしでアイスクリームパンチが飛んできた。
しかも腫れた頬に直撃だ。
「痛えっつってんだろ! てめえは鬼か!」
「失礼ね。こんな美しい女をつかまえて。いいからさっさと沙雪を犯させなさい」
どさくさにまぎれてとんでもない要求をしてくる変態である。
いや、こいつの魔の手から逃れられるなら幼馴染の貞操くらい献上してもいいのでは?
「……で、今度はなにをやらせようっていうんですか」
「そんな構えなくても怪我人に無茶なことはやらせないわよ」
その怪我人に通常通りの活動を強いたり、殺傷能力十分のおもちゃでツッコミを入れたりしたのはどこのどいつだ。
声に出して文句を言いたかったが、また殴られたら本気でキレそうなのでやめておく。
班長クラス相手の本気のケンカはもうこりごりだ。
「実は会って欲しい人がいるの」
「前回と同じじゃねえか!」
シンクは思わず叫んでしまった。
休日をつぶしてまで亮に会いに行ったのも、ひまわり先輩が今とまったく同じセリフでお願いと言う名の強制をしてきたせいである。
「今度は面倒な依頼とかじゃないわよ。純粋にあなたに会いたい人がいるの」
「俺に会いたい奴ぅ?」
目を細めて訝しげにひまわり先輩を睨む。
アミティエの人間なら黙っていても放課後の活動時には会える。
三班以外でシンクとひまわり先輩の共通の知り合いと言えば青山沙雪くらいだ。
こちらもシンクが望まずとも執拗に現れては、毎度毎度変わらぬ小言を繰り返してくる。
「誰だよ。俺も知ってる奴か?」
「それは後でのお楽しみよ」
ひまわり先輩はそれだけ言うと、踵を返してさっさと屋上から出て行ってしまった。
歩いて階段を降りているだけなので追いかけようと思えばすぐに追いつくが、自分からあの人との会話を続けようという気は毛頭なかった。
まあ後になればわかるということだ。
※
ところが、放課後になってもひまわり先輩は姿を現さなかった。
念のために彼女のクラスに立ち寄ってみる。
残っていた上級生の話によると、そもそも登校していないらしい。
とすると、昼間はシンクと話をするためだけにわざわざ学校までやってきたのか?
ともかく待っていても時間の無駄だ。
もしかしたらアミティエの活動中に何か言ってくるかもしれない。
そんなことを考えながらながらシンクはひとり平沼駅までの道のりをフラフラと歩いた。
電車の中。
普段は窓際で立っている事が多いが、今日は座席の端に座って手摺にもたれかかった。
この時間のLR磯子線は乗客も少ない。
うとうとしている間に、気がつけば矢部野駅を過ぎていた。
危うく寝過ごすところだったが、なんとか自宅最寄りの湘南日野駅で降りる。
ここをひと駅でも過ぎれば戸塚市に入る。
まさかホームに第四班の連中がいるとも思わないが、心情的にはしばらく近付きたくない。
駅前のコンビニで夜食用のカップ麺とジュースを買い込み、途中にある本屋でマンガの新刊を物色してから帰路に着く。
自宅のマンションの前で誰かが座り込んでいた。
どうやら子どものようである。
入口のオートロックは閉まったままだ。
鍵でも落とした子どもが親の返ってくるのを待っているのだろうか。
近づくうちに、それが間違いであることに気づく。
シンクはその人物を知っていた。
不自然な水色の髪は以前とは違って短めに切りそろえられている。
パッと見の印象は小学生くらいの少女にしか見えない。
服装はTシャツとジーンズという出で立ちだ。
だが見間違えるはずもない。
少年は顔を上げると、シンクに気づいて満面の笑みを浮かべる。
「シンくん、お帰り!」
かつて海の向こうの
上海の龍童、
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