2 アミティエ第三班の日々

「ストーップ! ストップーっ!」


 マナの悲痛な叫び声が夜の砂浜に響く。

 シンクはトドメの拳をターゲットの顔面に当たる直前で止めた。

 声の方向を振り向くと、涙目で駆け寄ってくる外見小学生くらいの少女の姿が見えた。


「もう決着ついてるから! それ以上やったら死んじゃうから!」

「いやでも、きっちりトドメを刺しておかないと反撃される恐れが」

「そんな心配しなくてもとっくに気絶してるでしょ!」

「あ、本当だ」


 よく見ればターゲットは口から泡を吹いて白目を剥いている。


「本当だじゃないよ! シンクくんはどうしていっつもやりすぎちゃうのっ!?」

「まあ、アテナさんが直してくれるんだからいいじゃないですか」

「そういう問題じゃないーっ!」


 シンクはなぜマナがこんなに口うるさく怒るのかわからない。

 とにかく彼女の機嫌を損ねるのは好ましくないので、素直に謝っておくことにする。


「すいませんでした。次からは気をつけます」

「もうその言葉を聞くのは二十六回目だよ……」


 いちいち数えてくれているのかとちょっと嬉しくなる反面、この活動を始めてもうそんなになるのかと感慨深い気持ちが浮かんでくる。


「終わったっすかー?」

「相変わらずの速攻だな」


 マナに続いて他の仲間たちもゾロゾロと集まってきた。

 近くの茂みや木の上など、あらゆる場所でシンクのサポートを行っていた能力者たち。

 能力者組織『アミティエ』の第三班の仲間たちだ。


「お疲れ、シンク君。今日も鮮やかなお手並みだったわね」

「もうすっかりエースアタッカーだな」

「っかれーっす!」

「おう」


 シンクは彼らのねぎらいの言葉を適当に受けつつ差し出されたタオルを受け取った。


「あの、これ……」

「お、さんきゅ」


 頬を赤くしながらスポーツドリンクを渡してくる黒髪ショートの少女。

 受け取ると嬉しそうな表情を浮かべて一礼して去っていく。

 彼女はいつも周りによく気を配っている良い子である。

 残念ながらシンクは名前も覚えていないが。


 アミティエに加入してから一ヶ月ほどが経つ。

 気がつけばシンクは第三班のフロントアタッカーを務めていた。

 直接SHIP能力者と対峙する役割であり、以前は≪火炎落矢ファイアーボルト≫使いのツヨシが務めていたポジションである。


「お疲れっす、シンクさん。今日も見事なお手並みっした」

「さん付けはやめろって言ってんだろ。それよりツヨシ、明日はお前がフロントだからな。アタッカーの勘は忘れてないだろうな」

「任してくださいよ。シンクさんもたまにはゆっくり休んでください」


 そのツヨシはシンクにポジションを奪われたことをまったく恨んでいないようだ。

 それどころか積極的に彼のサポート役を務めてくれている。

 今や完全に舎弟同然の扱いだ。


 彼は極端な例としても、ほとんどの第三班のメンバーはシンクを信頼してくれている。

 高い戦闘能力と汎用性が高いJOYによって実力で自分を認めさせた形である。


 マナだけはシンクのやり過ぎにあまりいい顔をしないが、こればっかりは仕方ない。

 実戦なのだから手を抜いてこちらがやられては意味がないのだ。


「みんな、お疲れ様」

「あ、アオイさん!」


 黒い幅広の帽子をかぶった女性がみんなの輪に近づいてくる。

 彼女が纏う凛とした空気は周囲の温度を下げたような錯覚さえ引き起こす。


 アミティエ第三班班長アオイ。

 彼女は氷のような瞳で全体を睥睨する。

 その口元にうっすらと妖艶なる笑みを浮かべ……


「あっ、ひまわり先輩ちーっす」

「本名で呼ぶなっつてんでしょうが!」


 周囲に聞こえないよう呼びかけたシンクの小声をきっちり聞き取り、突き出した手のひらから氷の刃を放ってきた。

 当たれば致命傷必死の強烈な突っ込みを両手に纏った岩石の楯で間一髪防ぐ。


 改めて、彼女はアミティエ第三班班長アオイ。

 本名は竜崎ひまわり先輩である。

 

「いや、マジそのツッコミは危ないですから。直撃したら普通に死にますから」

「あんたが時と場所をわきまえずケンカを売るからでしょうが。本当に一度死んでみる?」


 どうやら本気で怒っているらしい。

 ひまわり先輩に凄まれると死の恐怖を覚える。


 しかし、そこには造り物めいた氷の表情はない。

 班長として一癖も二癖もある能力者たちを纏め上げるには演技力も必要なのだろう。

 シンクはあれが彼女の素ではないとわかっているし、もちろん実戦となれば誰よりも頼れる人ではある。


 それはともかく、一歩間違えば死ぬような突っ込みを平気で行うあたり、内に秘めた狂気が垣間見られる。

 マナ先輩なんてあわあわしてるし。


 ひまわり先輩は誤魔化すようにコホンと咳払いを一つした。


「ともかく、今日もお仕事ご苦労様。最近あまり顔を出せないで悪いわね」

「別に俺らだけでも問題ないですけどね」


 このところ、ひまわり先輩は本社への出向が多い。

 なにやら現場以外の活動で随分と忙しいらしい。


 アミティエの名目上の管理組織はフレンズ社という企業。

 そしてフレンズ社を含むいくつもの企業を統括するラバースコンツェルンである。

 グループ企業に就職することが決まっているひまわり先輩は、班長として企業側ともいろいろと面倒な調整を行わなくてはならないそうだ。


 自分だったら絶対にそんな面倒なことはできない。

 現場でアタッカーをやっている方がずっとマシだ。


「それはそうと、あなた明日は休みの予定って言ってたわよね?」

「はい。今日まで八日連続で勤務しましたからね、ゆっくり休ませてもらいますよ」


 アミティエの活動は基本的に学校が終わった後だけである。

 とはいえ、それだって学生にとっては貴重な時間だ。


 今日みたいなSHIP能力者の捕縛がない日は次の捕縛のための作戦を練ったり、能力使用の練習をしたり、勉強したりと、アミティエの活動は平時でもわりと忙しい。


 基本的に活動は自由参加だが、活動の予定表を作る必要があるので、予め参加する日程は決まっている。

 まあ、アルバイトのシフトみたいなものと思えばほぼ間違いないだろう。


「ちょうどよかったわ。明日、小坂駅に行ってちょうだい。会って欲しい人がいるの」


 ひまわり先輩はよくわからないことを言う。


「いやだから、明日は休みなんですって」

「つまりあなたがいなくてもチームに影響はないということでしょう?」

「明日は家でゴロゴロしながら溜まってたゲームを消化するって予定があったんですけど」

「ゲームなんていつでもできるわ」

「明日休めなきゃ十五連勤なんです」

「休む間もなく仕事に打ち込めるって素敵じゃない?」

「代わりの休日は用意してくれるんでしょうね」

「寝ぼけたこと言わないの。シフトに穴をあけられるわけないじゃない」

「ひまわり!」

「ぶっ殺すわよ! ……いいから言う通りにしなさい。代わりの休みは作ってあげるから」


 どうやら冗談やネタじゃなくマジのようだ。

 上からの指示に従うのが決まりとはいえ、流石に休日を潰されるのは気が滅入る。

 最終的には言われた通りにするしかないのだが。


 それにしても、小坂駅か。


「何よ。まだ文句があるの?」

「いいや、別にいいんですけどね……わかりましたよ。行けばいいんでしょ」


 シンクが諦めて言うと、ひまわり先輩は「わかればいいのよ」と腰に手を当ててふんぞり返った。

 その偉そうな仕草がむかついたが、もうこれ以上余計なやり取りをするつもりはない。


 鎌倉市北部の町、小坂おさか

 シンクにとって少しだけ懐かしい場所でもある。

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