7 ブラックペガサス

 爆音で目が覚めた。


 枕もとに置いた携帯端末で時間を調べるとまだ十二時前だ。

 眠りに落ちてからまだちょっとしか経っていない。


「んだよ、うるせーな……」


 表をバイクが走っている。

 それも一台や二台じゃない数だ。


 マフラーの消音機能が全く働いてない改造車両の集団である。

 ここは近くに高速道路のジャンクションがあり、溜まり場になりやすい大きな県立公園もある。


 なので時々こういった迷惑な集団が現れることもあるのだが、それにしても今日は酷い。

 シンクは起き上がると、そっと雨戸をあけて隙間から外を覗いた。


「……は?」


 アパートの前に無数のバイクが停まっている。

 古い住宅と畑しかない狭い道を埋め尽くすように、光と音の洪水が溢れていた。




   ※


 川崎市を拠点とする班のリーダー、テンマの表の顔は少年不良グループの総長である。


 グループの名前は『ブラックペガサス』という。

 県北東部の中高生ならば必ず一度は聞いたことのある名だろう。

 本拠は川崎だが、市内のほぼ全域に加えて南橘樹市や東京城南地区にまで勢力を延ばしている。

 現在の神奈川では最大規模の少年グループだと言える。


 アミティエメンバー第二班のメンバー……

 つまりテンマの部下は、みなブラックペガサスの構成員である。

 能力者としての力を得れば幹部となり、強さによってグループ内の地位も上がっていく仕組みだ。


 テンマはアミティエに所属する以前からブラックペガサスのリーダーを務めていたが、能力者としても最強クラスの力を手に入れ、そのまま配下を従えて第二班の班長も務めている。


 つまり彼は裏表ともにこの辺りの少年たちの頂点に立つ男と言えた。


 ブラックペガサスの構成員はおよそ八〇〇人。

 その内、能力者としてアミティエの活動に携わっている者は四十人程度。

 アパートの周りを取り囲むのはそれら能力者の面々で、残りのメンバーは周辺の道路を塞がせている。


「はい、こちらのアパートに住むみなさん! 特に無関係な一階の人! いますぐ貴重品を持って外に避難するように! どうしても持ち運べないものがあれば後で請求は聞くので、命が惜しければさっさと出ていけやグズグズすんなこのカス共が!」


 強面の幹部がメガホン片手に警告を発する。

 彼は元々アミティエに狩られる立場のSHIP能力者であった。

 テンマに負けた後は第二班に所属し、実力で幹部の地位を掴んだ努力家でもある。


 能力自体はたいして強くもないが、スキンヘッドに頭に入れ墨という悪役然とした顔つきは、脅し役として非常に重宝してい。


「なんだってんだよ、こんな夜中……に……」


 文句を言いたそうな顔で一階の住人が出てきた。


「ひ、ひえええっ!」


 彼は目の前の光景を見るなり寝巻きのまま原付に飛び乗って逃げて行った。

 テンマはそちらには一瞥もくれずアパートの二階を見上げた。


「シーカーは?」

「依然として二階の部屋から複数のジョイストーンに酷似した反応を指している。近くまで来て初めて気づいたが、規定値と比べてわずかな齟齬がみられるな。総長の言っていた通りだ」


 過去に封印処理をしたSHIP能力者を呼び出して調べたところ、微弱だが複数のジョイストーンと酷似した反応が見られた。


 能力に共通する根本エネルギーが同質であることの証明。

 封印処理自体が本来の力を細かく分割した状態に置く処置らしい。

 元となる力があまりに莫大であるが故、このような誤認が起きたわけである。


「能力を封印されてもなおこの数値ってことか。そりゃ隠れられんわな」


 第二班担当区域のジョイストーン及びそれを扱う能力者はすべてブラックペガサスが管理している。

 このような場所に複数のジョイストーンが保管してあるなどと言う情報は入っていない。


 隣接する久良岐市や戸塚市の者がわざわざ運び込んだ可能性も考えられなくはないが、それはそれで即座に処理すべき問題である。

 他の班が勝手に第二班の領域に入ってこそこそ何かの活動を行っているなど見逃せることではない。


「それじゃ行ってくる。お前らはアパートをよく見張ってろ、猫の子一匹逃がすんじゃねーぞ」


 テンマが集団の輪から前に出た。

 たった一人で敵の潜むアパートに向かうリーダー。

 その姿をメンバーたちは心から信頼しながら黙って見つめる。


 相手は上海の能力者組織を壊滅させたバケモノだ。

 しかし、別にテンマは数を頼みに捕えようというわけではない。


 テンマが仲間を集めたのは逃げ道を封じて獲物を逃がさないため。

 それと周囲に誰も近づけさせないためと、戦闘後の後処理をさせるためである。


 何が待っていようと、戦力はひとりで十分だ。


 アパートの外階段を上がる。

 二○一号室の前に立ち、ドアをおもむろに蹴り破った。


「お邪魔しますよっ、と!」


 木造のドアはあっけなく外れて内側に倒れる。

 その影から何かが飛び出してきた。


 テンマは反射的に後ろに下がって首を逸らす。

 彼の頬を尖った鋭い刃物がかすめていった。


「ははっ! いきなり殺す気かよ!」


 そのまま体を前に押し出し、目の前の敵に体当たりをする。

 闇の中の襲撃者は狭い通路をゴロゴロと転がった。


「やるじゃねえか、危うく串刺しになるところだったぜ!」


 やはり油断できる相手ではなさそうだ。

 能力を封じられていても龍童は健在か。


 テンマは頬から流れる血を指で拭って意識を切り替えた。

 相手を殺すための、戦闘モードに。


「――っだらぁっ!」

 

 咆哮とともにアパートの壁を殴りつける。

 まるで地震でも起きたかのように建物全体が揺れた。


「くっ……!?」


 立ちあがった敵がバランスを失ってその場で膝をつく。

 テンマは揺れをものともせずに接敵し、敵の顔面を蹴り上げた。


「いきなりなんなんだよ、お前はぁ!」


 ……つもりだったのだが、直前でガードされていた。

 しかもただ腕で庇っただけでなく、枕を挟むことで衝撃を殺している。


 突然の襲撃に対してこの反応。

 やはり相当戦い慣れているようだ。


「おっ?」


 正面にいる敵以外の別の誰かに足を掴まれた。

 そちらに気を取られた一瞬、強烈なアッパーが来た。


 踏ん張りが効かなかったのか、拳はテンマの横っ面を掠めていく。

 足を掴んでいる何者かを蹴りはがして玄関の方へと一時撤退。


 薄暗かった室内が明るくなる。

 敵が電気を点けたようだ。


 蛍光灯の光に照らされた室内に敵の姿がはっきりと見えた。


 やはり二人いる。

 立っている男が上海の龍童だろう。

 見た目は日本人にしか見えないが、テンマを睨みつける視線はそれなりの修羅場を潜った者の目をしている。


 だが、足を掴んできたあっちのガキは何者だ? 


 奇妙な水色の髪の少女。

 恐らくはこの部屋の住人だろうが……

 日本に来たばかりの龍童に協力者がいるという話は聞いていない。


 適当に言いくるめられて部屋を提供した一般人ってところか。

 巻き込むのは気の毒だが、関わったのが不運と思って諦めてもらおう。


 ともかく今は龍童退治だ。


 見たところ龍童の封印は解けていない。

 ちょっと本気を出せば簡単にケリはつくはずだ。


「やるじゃねえか、龍童ぉ……」

「誰だお前は。なんでこんなマネをする。外の奴らはなんなんだ」

「お喋りする気はないが、名前くらいは教えてやるよ。ブラックペガサスの総長テンマだ。ここ南橘樹市を担当する能力者組織、アミティエ第二班のリーダーだよ」

「ブラックペガサス……アミティエ!?」


 龍童の顔色が変わった。

 日本の能力者と出会うのは想定外だったか。

 居場所がバレていることには気づいていなかったようだ。


 テンマはニヤリと笑い、懐から二リットルのペットボトルを取り出した。


「そう……この神奈川で二番目に強い能力者だよ」


 ペットボトルの中身はただの土塊。

 何の変哲もない茶色い土で半分ほど満たされている。

 テンマはキャップを開けて中に指を突っ込むと、そこから『力』を送り込んだ。


「そっちの自己紹介はいらないぜ。十分に承知しているからな」


 触れた指先の土が急速に前方へと移動。

 推進力に変えてペットボトルはロケットのように打ち出された。


「あぶねっ!」


 龍童はそれをギリギリで避けた。

 後方の雨戸に突き刺さると、ペットボトルは手榴弾のように爆発した。


 部屋中に土が撒き散らされる。

 それは龍童の背中にもべったりと付着する。


「戻れ」

「っ!?」


 龍童の体が窓の外へと飛び出していく。

 この土はさっき裏の畑から集めてきたものである。

 粘着性の高い糊状の物質に変化、テンマの声を合図に元の場所へと戻る。


 後を追いかけるように自らも窓から飛び出す。

 二階の部屋から地面まではそれなりに高さがあるが関係ない。

 アスファルトの駐輪場に着地すると同時に、地面の硬度を操って衝撃を吸収させた。


 着地したテンマが目の前のブロック塀に触れる。

 硬いブロックがあっさり音を立てて崩れ落ちた。


 龍童は塀の向こうに広がる畑の真ん中に転がっている。

 いくら柔らかい土の上とはいえ、あの高さから落ちればダメージは避けられまい。

 必死に起き上がろうともがいているが、畑に足を踏み入れたテンマが力を送ると、まるで上から押し付けられたように地面に縫い留められた。


「な、なんで、こんなこと……」

「悪いが話し合いの余地はねえ。言いたい事があるなら拘束した後に聞かせてもらうぜ、龍童!」

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