8 第二班班長テンマ

 テンマの能力は『大地』を司る。

 それは文字通りに土や石を操るだけではない。

 ブロックやアスファルトといった人造物にも作用する能力だ。


 液体や植物にまでは効果が及ばないが、地に足をつけている状態ならテンマはほぼ無敵である。

 畑のような土がむき出しになった場所ならばなおさらだ。


「ぐ、ぐあああっ!」

「無理に起き上がろうとするな。下手したら皮膚が剥がれるぜ」


 奇襲に対する反応といい、能力を使えないからといって侮れる相手ではない。


 もちろん、自力で不良グループをまとめあげているテンマはただのケンカでも負けるつもりはない。

 だがこいつは組織としての仕事であり、素早く確実に仕留めるのが班長の役割である。


「いいぞ総長ーっ!」

「やっちまえ!」


 畑とアパートを取り囲むブラックペガサスのメンバーたちによる怒声まじりの歓声の中、テンマは体の半分を土の中に沈めた標的へと近づいていく。


 すると、


「やめろっ!」


 後ろから細い声が聞こえてきた。

 テンマは足を止めて振り返る。


「あん?」

「シンくんに手を出すなっ! 」


 そこにいたのはさっき龍童と同じ部屋にいた少女だ。

 彼女は足早にテンマの傍まで駆け寄ってくる。


「なんだよ、ガキ」

「おまえたちの敵はレンだろっ! 相手ならレンがなってやる!」

「別に俺は人攫いでも変態の強姦魔でもない。お前みたいなガキに興味はねえんだ」


 事情をどれだけ理解しているのかは知らないが、匿ってやった龍童に愛着でも湧いたのか。

 相手をするのは面倒だが、一般人のガキに能力を使うわけにもいかない。

 テンマは少女を上から見下ろし威圧感を込めて言い放った。


「家の中で壊れたものがあるなら後で弁償してやる。だから今すぐアパートに戻って寝ろ。ここから先はお前が知るに早すぎる世界だ」

「はやくシンくんを離せ!」


 しかし少女は怯まない。

 テンマは少女の胸倉を掴んだ。

 その小さな体を片手で持ち上げる。


「これが最後だ。今すぐ消えろ。あいつとのことは夢でも見たと思って忘れ――」


 左頬に衝撃を受けた。

 少女に殴られたためだと気づくのに一秒。

 もう一度顔を向けたテンマは、鬼のように顔をゆがめて笑った。


「上等じゃねえかガキ。きっと将来いい女になるぜ」


 掴んだ腕を振り下ろす。

 少女を地面に叩きつける。


「あっ!」

「だがら、今は眠ってろ」


 硬化した土に背中を強く打ちつけた少女は苦痛の声を上げて気を失った。

 少しやり過ぎた気もするが、身の程もわきまえずに挑んできた報いだ。


「レ……ン……」


 気が逸れたために拘束する力が弱まったか。

 振り向けば龍童はいつの間にか立ちあがっていた。


「ガンバルねえ。だが、能力を封じられた人間が俺の≪大地の鬼神ダグザズレイジ≫に抵抗できるわけ――」


 何かが飛んできた。

 咄嗟に足元の土をはね上げてガードする。


 土と一緒に落ちてきたのは丸いキャベツだった。

 この畑で作られている農作物だろうか。

 なぜこんなものが飛んできた?


 いや、それ以前に……

 なぜ奴はまだ立っている?


「おいおい、なんだそりゃ」


 龍童の体が光を放っている。

 月明かりとわずかな街灯の下、蛍のように淡く発光している。


 まさか封印が解けたのか?

 ありえないことだが、それしか考えられない。


 龍童の体は土にまみれている。

 テンマが能力を使用している以上、奴は地面にへばり付いていなければおかしい。


「……はっ!」


 それはそれで面白い。

 力づくでブッとばすだけだ。

 上海の龍童とやらの力、見せてもらうぜ。


 海の向こうでは最強だったか知らないが、その力が日本でも通用すると思うな。

 SHIP能力者の扱いならテンマは誰よりも慣れているのだ。


 まずは距離を離して戦おう。

 そう考えたとき、奇妙なことが起こった。


 龍童の体に張り付いている土が生き物のように蠢く。

 それは奴の手の中にバスケットボール程度の大きさになって固まった。

 そして、たいして大きな動きもしていないのに、その土の塊がテンマめがけて飛んできた。


「おっと!」


 テンマはそれを片手で受け止めた。

 土の塊がまるで岩のような強度になっている。

 だが土は土、触れた掌から力を送り込めば容易く砕ける。


「おい、なんだそりゃ」


 攻撃事態はさほどの脅威ではなかった。

 だが今の反撃にはいくつもの謎がある。


 投げたわけではない。

 そもそもこの土はテンマの支配下にある。

 あのような直線的な軌道で投げられるわけがないのだ。


 どうみても土を操ったようにしか見えなかった。

 龍童の手の中にあるモノが目に入る。

 それは七色に輝く宝石。


「ジョイストーンだと? テメエ、どこでそれを手に入れやがった……」


 まさかとは思うが、自分と同じ土を扱う能力か?

 テンマの存在を知って対抗するためにあらかじめ用意しておいたと言うのか。


 だとしたら浅はかにも程がある。


「そんな子供騙しで俺に敵うとでも思ってんのかよぉ!」


 テンマは思いっきり地面を踏みしめた。


 彼の目の前の大地が蠢き始める。

 それは一つの流れとなって津波のように龍童に襲い掛かった。


 土の波が龍童を飲み込む直前。

 人ひとりが潜れそうな穴がぽっかりと開いた。


 その向こうでは龍童が腕を前に伸ばしている。

 衝撃で吹き飛ばしたわけではない。

 やはり奴は土を操っている。


 だが、その程度でどうにかなると思うな。


「甘えんだよ!」


 欠けた部分から土の波が割れる。

 土の波が龍童の周囲を包むように流れる。

 空中で無数の塊になり、一つ一つが人間の腕ほどの大きさの円錐形の弾丸に変化する。


 ロケットのように鋭く尖った土の砲弾。

 それが一斉に龍童へと襲い掛かった。


 龍童はしゃがんで体勢を低くする。

 奴の周囲の土が間欠泉のように噴き上がる。

 円錐の土塊が龍童に操られた土くれと共に舞い上がる。


 土使いならそうするだろう。

 テンマは当然それを読んでいた。


「オラァっ!」


 大地に掌を叩きつけて力を送り込む。

 能力に対する逆干渉である。


 同属性の能力者なら力の強い者がより高位の支配力を持つ。

 龍童の周囲の土が上から押し付けるように降り注ぐ。

 土塊が龍童の体を完全に飲み込んでいく。


「お終いだ!」


 力を送り込み、土を固定する。

 後に残ったのはドーム上に盛り上がった塊だけ。

 勝利を確信したテンマはほくそ笑んだ。


「はっ、上海の龍童って言ってもこの程度かよ」


 龍童は最後までSHIP能力を見せることはなかった。

 やはり、能力は封じられたままなのだろう。

 代わりに用意されていたのがあのジョイストーンだったわけだ。


 土使いで自分に勝る奴などいるわけがない。

 同系統の能力を選んだことがそもそもの失敗。

 それに気づいた時にはすでに遅かったことだろう。


 奴がどうやってあのジョイストーンを手に入れたのかは興味があるが、それを聞き出すのはラバース本社の拷問係の役目である。


「おっし引き上げだ。誰か俺の携帯端末からルシフェルに連絡入れておけ。龍童が窒息死しないうちに引き取りに来いってな」


 テンマは畑の周りで戦いを見守っていた仲間たちに声をかけた。

 たいした苦労なかったが、これにて任務は終了。


 一仕事終えた後はいつものたまり場で飲み直そうかと考えていると、


「総長、アレ……」

「あん?」


 強面の幹部がテンマの肩越しに背後を指差した。

 目を向けると、さきほど地面に叩きつけた少女が立っている。

 アパートの備品だろうか、両手には小さな鉄パイプを握りしめていた。


「シンくんを、あそこから出せ……!」

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