3 シンクのジョイストーン

 さて、困ったぞ。


 いつものように校舎の屋上で寝転がりながら、シンクは現在自分の身の上に起きている重大な事件について考えを巡らせていた。


 昨晩の一件はとりあえずもういい。

 初めての実戦で震えて何もできなかったことは確かに悔しかった。

 しかし、それよりもあの後に酔いに任せて仕出かしてしまったことの方が遥かに重要だった。


 道端で拾った少女は今もシンクのアパートの部屋で眠っている。


 今朝起きた時は本気でびっくりした。

 なぜ知らない女の子(それも小学生くらい?)が自分の部屋で寝ているのだろう。

 能力者組織に入ったのとは違う意味で非日常への扉が開いてしまったかと思ったが、よく考えれば地続きだった。

 倒れていた彼女を部屋に連れてきたのは他ならぬシンク自身なのだから。


「いや……マジでどうしよう」


 これって誘拐になるのか?

 見つかったら警察行きか?


 いや、前向きに考えよう。

 夜中に少女を一人で放置するのは絶対に良くない。

 だからシンクは彼女を安全な場所に移動させてあげただけだ。


 一人暮らしの男の家が安全かどうかは置いておこう。

 あのまま見過ごすのはむしろ人として良くないはずだ。


 そしてこれが重要なのだが、シンクは別に彼女に何もしていない。

 ベッドに寝かせた後は指一本さえ触れていない。


 酔った頭で汚れた服を着替えさせてあげようかと思ったこともあったかもしれないけど、実行するより先に床で眠ってしまった。


 今朝は眠っている彼女を横目に朝食を食べ、書置きだけ残してさっさと学校に向かった。


 メモには『なにもしていないので、気がついたら自由にお帰りください』という文章と、駅までの簡単な地図、それから親切に交通費として千円札まで置いてきた。


 うん。

 どう考えてもただのいい人だ。

 寝顔が可愛いなんて思ったくらいじゃ犯罪者にはならないだろう。

 ましてやロリコンだなんて言われる筋合いはない。


 きっと今ごろ彼女は自力で家に帰っているだろう。

 ちょっと残念だなんて思ってないぞ。


「しーんーくーくーん!」


 ドタドタと階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。

 いつものパターンだったら青山紗雪の登場シーンである。

 けれど、このやかましい声はいつもとは違う人物のものだった。


「マナ先輩? 何やってるんですかこんなところで」

「それはこっちのセリフだよ! いっつもこんな所でサボってるの? 探すのに苦労したよ!」


 ひまわり先輩が言うにはマナもずいぶんと落ち込んでいたようだが、もうそんなそぶりは見られない。


 やっぱり慣れもあるんだろうか。

 いつも通りの彼女の態度が少しホッとする。


「あれ、元気ないね?」

「別に……」

「やっぱり初めての実戦は怖かった? そうだよね……でも気にすることないよ! みんなはじめはそんなものだよ!」


 はじめは、か。

 自分もいつか慣れる時が来るのだろうか。

 そしてマナもまた、あの恐怖と死の感覚に慣れているのだろうか。

 そう考えると目の前の幼く見える先輩が自分とは全く違う世界の人間のように思えてきた。


「あ、そうそう。これを渡そうと思ってたんだ」


 マナは小さな四角い箱をシンクに差し出した。

 紫色に金の縁取りの、やたらと豪奢な小箱である。

 高価な宝石のついた指輪でも入っていそうな感じだ。


「何ですかこれ」

「あけてみて!」


 言われたままに箱を開く。

 シンクの考えはある意味で当たっていた。

 中に入っていたのは宝石だったが、もちろん指輪などではない。


「ジョイストーン……」


 別名で青春期の宝石ジュエルオブユースと呼ばれるJOY使いの力の源だ。

 それは模様の無いガラス玉のようにきれいに透き通っていた。


「シンクくんのだよ!」

「昨日の今日でずいぶんあっさり貰えるんですね。どんな能力なんですか?」

「まだ何も入ってないよ」

「言っている意味が良くわからないんですけど」

「ジョイストーンはね、最初はなんの能力もついてないんだよ。持ち主が石から認められると、能力を発揮できるように変わるんだ。一人の人生に一回だけ。その人の心から引き出された能力ができるんだよ」

「でもマナ先輩は二つの能力を使い分けてましたよね」

「あれは私のジョイストーンじゃないの。私の能力はあまり使えないから、役に立ちそうなのを借りてるだけ。あの能力はもう持ち主がいないから……」


 次第に声が小さくなる。

 シンクは今の質問をしたことを後悔した。

 持ち主がいないということは、戦死したかつての仲間の能力だったのだろう。


「これで俺も晴れて能力者の仲間入りってことですか」


 昨晩あんなにも足が竦んだ理由を改めて考えてみる。

 それは自分が力を持っていなかったからではないだろうか。


 ツヨシの能力を単なる変わった武器に過ぎないと言ったが、やはり戦場で自分だけが武装をしていないことは恐れに繋がる理由になる。


 ひまわり先輩の人間離れした力を目の当たりにしたことも関係しているかもしれない。

 能力が手に入れば意識も変わるのだろうか。


 あんな風に怯えることもなくなるかもしれない。

 そう考えると気分が高揚してくるシンクであったが、


「うーんとね、残念だけど、すぐに能力を使えるようにはならないかも」

「なんでですか」

「えっとね。ジョイストーンが持ち主を認めるまでには結構な時間がかかるの。個人差があって平均でどれくらいとも言えないし、人によってはいつまで経っても能力が発現しない人もいるよ」

「マジかよ」


 非常に残念なお知らせだった。

 肩透かしを食らった気分に思わず敬語を忘れた。

 マナは気にしてなさそうだが、シンクは咳払をいして会話をつづけた。


「何をどうすれば能力が目覚めるんでしょう」

「別に何もしなくていいよ。その時が来たら自然に使えるようになるから」

「根気よく待つしかないんですか……」

「ジョイストーンを支給されたら能力に目覚めるまでは定期的な検査の義務があるから、これから毎週月曜と木曜はフレンズ本社に行ってね。一日でも忘れたら没収されるから気をつけて」


 しかも面倒くさい。

 非日常の世界とはいえ組織は組織。

 能力者になるためにもいろいろしがらみがあるようだ。


 もうどうでもいいからアミティエから抜けようかなという思いがふと頭を過ぎったが、


「その他にも気付いたことがあったらすぐに私に連絡してね。はいこれ、私の携帯番号とメールアドレス。これでも私の方がちょっと先輩なんだから、なにかあったら頼ってね!」


 そんな満面の笑顔で手書きのメモを渡されたら辞めるだなんて言えるはずもない。


「ありがとうございます。いざって時は頼らせてもらいますよ」


 シンクは礼を言ってメモを受け取った。


「じゃあまた、アミティエの活動で!」


 自分もたいがい現金な物だと思いながら、手を振りながら去って行くマナの後姿を見えなくなるまで眺めていた。

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