第三話 ブラックペガサス

1 アミティエ班長会議

 ラバース横浜ビルの高速エレベーターの中、竜崎ひまわりことアオイは苦い顔をしていた。


 今回の招集は普段にも増して気が重い。

 昨夜の本牧での件では仲間を三人も失った。

 そして……自分もまた、この手を血に染めた。


 新入りの前では慣れていると言ったが、何度やってもあの嫌な感覚が薄れることはない。

 自分はあいつらと違ってそこまで日常の感覚を捨てきれていないのだから。


 エレベーターが停止、細い廊下に出る。

 ここから先はフレンズ本社だ。


 目の前に立ち塞がったスーツ姿の男にVIPカードを見せる。

 顔見知りだろうとこの手順なしでここから先に足を踏み入れることはできない。

 奥の高層階専用のエレベーターに乗り換えて、およそ六秒で社長室のある最上階に到着する。


 重々しい扉を開いて部屋の中へと入る。

 三面ガラス張りになった広い部屋。

 相変わらず殺風景な社長室だ。

 謁見の間と言った方が正しいか。


 いつもと違うのはキングサイズの椅子の前に巨大な円卓が置かれていること。

 そしてルシフェルの他に二人の人物がいて、円卓のそれぞれ反対側に座っていること。

 無駄に広いだけの室内を歩いて円卓に近づくと、ルシフェルがねぎらいの言葉をかけてきた。


「やあアオイくん、昨日の今日ですまないね」

「いえ……」


 上役とはいえアオイは年下のこの男があまり好きではなかった。

 適当に返事をして座ろうとすると、向かって左側の男が話しかけてくる。


「よう。あんまり遅いから辞表でも書いているのかと思ったぜ」


 サラサラの金髪。

 雑に着崩した黒のスーツ。

 胸元で緩めた派手な赤のネクタイ。


 まるでどこぞのホストのような格好の男である。

 整った容姿は美少年に分類されるだろうが、憎たらしい表情と声が神経を逆なでする。


 アオイはこの男が嫌いだった。

 それも顔を見るだけで吐き気がしてくるほどに。


 ただでさえイライラしているのにこんな奴に構いたくはない。

 アオイは言い返したりはせずに手前の席に腰を降ろした。

 ちょうど正面のルシフェルと向かい合う形になる。


 向かって右側男はアオイの方を見ようともしない。

 禿げあがった頭に黒いサングラスで表情を隠した姿はまるでマフィアだ。

 ただし服装はやけにラフで、黒いシャツは盛り上がった筋肉でピチピチに張りつめている。


 一見すると三十代以上にしか見えないが、アオイと年齢はたいして変わらないはずである。

 元々無口な奴で、アオイはこの男とはほとんど言葉を交わしたこともない。

 特に嫌ってもいないが不気味な雰囲気の奴であると思っている。

 喋らないなら喋らないで、わざわざ話しかけたくはない。


 小憎らしいホスト風はテンマ。

 筋肉マフィアもどきはオム。


 それぞれ第二、第四班を束ねるアミティエの班長である。


 と言っても、それぞれの班の間には特別な仲間意識があるわけではない。

 活動する拠点が違うから普段は別の班の人間と顔を合わせることもないのだ。


 アオイたち班長同士ですらこうして不定期に行われる会議でしか会うことはない。

 もちろん、仲良くおしゃべりなどもってのほかである。


 無言の時間がしばらく続いた。

 戦闘用の黒いバトルドレスと帽子を身につけたままのアオイ。

 彼女を含めて、全員が真っ黒な服装をしていることが奇妙な雰囲気に拍車をかける。


 ルシフェルが腕時計をちらりと見た。


「そろそろ時間だね。それでは班長会議を始めよう」

「……ショウがまだだ」


 オムがボソリと呟くように言った。

 見た目通りの野太い声である。


「あいつがこんな朝早くに来るわけねえよ。いいからとっとと始めようぜ、切羽詰まった事情があって呼んだんだろ?」

「仕方ないね。テンマくんの言う通り、無駄に時間を浪費するわけにはいかない。会議を始めよう」


 ルシフェルの言葉を合図に会議は始まった。


 会議と言っても資料もなければ書記も進行役もいない。

 話を聞いて班長がそれぞれの意見を出し合うだけだ。

 ぶっちゃければ小学生のクラスの班長会議に近い。


「まず昨日の本牧での戦闘だが……アオイくん、本津に御苦労だった」


 事務的な口調はいつものことだが、やはりアオイは腹が立った。


「ねぎらいの言葉よりも説明を求めたいわ。なぜ事実を隠蔽して作戦に当たらせたのかしら? おかげで仲間を三人も死なせてしまったのよ」

「それに関してはこちらの手違いだった。作戦開始前の時点であの船にSHIP能力者が潜んでいたという情報は掴んでいなかったのだ。誤解があっては困るが、決して真実を隠していたわけではない」


 どうだかね、とアオイは思った。

 過去の経験からみてもルシフェルが……

 というかラバース諜報部が情報を仕入れ損なったことは一度もない。


 今回の件に関してもSHIP能力者が船に乗り込んでいることを伝えたくない事情があったのではないかと推測できるが、しつこく問い質したところで望んだ答えが返ってくるわけでもない。


「おいおいルシフェル、俺たちにもわかるように話してくれよ。昨日は何があったんだ?」

「大陸からジョイストーンを密輸入しようとしている組織があってね。それが不法移民に紛れて本牧埠頭にやってくるという情報を掴んだので、捕縛するよう第三班に指示を出したんだ」


 テンマはルシフェルの答えを聞くと、口元に拳をあてて考えるようなそぶりを見せてからこう言った。


「ところがその船には思わぬ強力な敵が潜んでいて、甘く見ていた第三班は任務を失敗。その上、甚大な被害を受けてしまいました……ってところか?」


 憎らしいことに頭の回転は速いようだ。

 テンマはこちらを見ながらニヤニヤしている。


「川崎か大黒にでも上陸してくれりゃ俺たちが片付けたのによ。で、どんな問題が発生したんだ?」 

「では本題に入ろう。本牧埠頭に現れた船に乗っていたSHIP能力者は全部で五人いたのだが……」

「五人? 四人ではなくて?」


 アオイは問い返した。

 昨晩、爆発した船の中から出てきたSHIP能力者は全部で四人。

 そのうちの二人はアオイが自らの手で仕留め、別の一人はメンバーが確実に息の根を止めた。


 残ったのは両腕を失った男が一人。

 すでに捕虜として警察からラバース本社に引き渡してある。

 JOYやSHIP能力に関係する犯罪者は通常の司法で裁かれることはない。


「尋問した捕虜が吐いたんだ。あの船にはカモフラージュのための密入国者が約三十人と、特殊な訓練を受けたSHIP能力者の兵士四人が乗っていたと」


 それは果たして尋問と言えるようなものだったのか。

 平然と話すルシフェルの表情からは伺えない。


「そして本命であるSHIP能力者の少年が一人」

「少年?」

「『上海の龍童』の噂は聞いたことがあるかな?」


 その場にいる全員が息を飲んだ。

 アオイも先ほどまで感じていた怒りが吹き飛んだ。

 無表情なオムが額に汗を浮かべ、テンマでさえ軽口を挟むことができない。


 各班の班長達は三者三様に真面目な表情でルシフェルを睨んだ。

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