9 実戦の恐怖

 すべての敵SHIP能力者が倒れた。

 同時に待機していた警察の車両が次々と埠頭に乗り込んでくる。

 さすがプロと言うべきか、手際よく半分凍りついたままの不法入国者たちを捕えていく。


 アミティエの能力者の中には負傷した者も多かった。

 比較的傷の浅い人間は救急隊員にその場で手当てをしてもらう。

 重傷を負った者はアテナの能力で治療をした後、救急車で運ばれて行った。


 海に落ちた仲間の捜索も始まっていた。

 しかし、シンクの目にはそれらの光景は映っていない。

 ただ一点、布袋に包まれて真っ黒なトラックの荷台に積まれていく者たちを見ていた。


 今回の件で落命した人間は敵味方合わせて七人。

 アミティエのメンバーが三人と、不法入国者が一人。

 敵のSHIP能力者は一人の捕虜を除いて三人が死んだ。


 生き残った捕虜はツヨシによって機関銃を破壊された男である。

 ただし、目の前で起こった爆発のせいで両腕を失った。


「お疲れ様。初めてのアミティエの活動はどうだったかしら」

「竜崎せん――」


 聞き慣れた声に振り向いたシンクは言葉を失った。


 オレンジのライトに照らされたひまわり先輩。

 そのきれいな顔は敵の返り血で赤黒く染まっていた。

 ドレスは黒く目立たないが、こちらも血でベットリ濡れている。


「そんな顔しないの。初めての実戦なんだから、逃げ出さなかっただけ上出来よ」


 情けないことであるが、シンクは震えていた。

 シャルロットが撃たれ、自分に銃口が向けられた瞬間、恐怖に足がすくんでしまったのだ。


 敵に立ち向かうことができなかった。

 倒れた仲間を助け起こすこともできなかった

 さんざん馬鹿にしたツヨシに言い返すこともできなかった。


 ケンカならそれこそ毎日のように明け暮れてきた。

 死ぬかもしれないと思ったこともあった。


 だが、そんな過去の経験などすべて遊びだったと今ならわかる。

 初めて体験する目の前に迫った本物の戦場の恐怖には抗えなかった。


「今回のような大規模な活動はそう頻繁にあるわけではないわ。仲間が死ぬところを見るのが初めてなのもあなただけではないでしょう。マナなんかパトカーの中に閉じこもってわんわん泣いちゃってるわよ」


 シンクは何も答える気になれない。

 さっきからマナの姿が見えなかったことは気づいていたが、それを心配する余裕すらなかった。


「それを踏まえた上でもう一度質問するわ。あなた、これからもこの世界でやっていける?」

「お、俺は……」

「……今は混乱しているでしょうから、すぐに返事は求めないわ。組織を抜けたいと思うのなら止めはしない。あなたの怯えは人として正しい感覚よ。こんなことに慣れてしまうのは私たちのような人間だけで十分だからね」


 シンクは俯き、血がにじむほど強く拳を握った。


「俺はっ……!」

「でも憶えておいて。私たちのように戦う者がいるから、多くの人々が平穏に生きられるということを。争いが好きな人なんて誰もいない。私たちは社会の暗部で平和を守るための活動をしているだけなのよ」


 ひまわり先輩の掌がシンクの頭を撫でる。

 その温かさが逆に自分を責めているように感じた。


 シンクはその手を振り払いたくなる衝動を必死になって抑え込んだ。

 怒りに任せて八ッ当たりなんてしてしまえば、二度と彼女に顔向けができなくなる。


「あなたなら乗り越えられるって信じてるわ」




   ※


 大きな怪我のなかったアミティエのメンバーたちは適当に解散してそれぞれの帰路についた。


「今日は、おつかれさまっ。シンクくんも元気だしてねっ」

「きちんと守りましたからねー……」

「伝説の『紅蓮のシンク』さんもさすがにガチの殺し合いはショックだったっすか。ははっ」


 泣き晴らした真っ赤な目で、それでもシンクに微笑み掛けてくれるマナ。

 自分の役割は果たしたと、力強く頷きながら救急車で運ばれていくシャルロット。

 負傷者を背負い、小馬鹿にしたような顔でイヤミを言いながら傍を通り過ぎていくツヨシ。


 それぞれ今夜の出来事に思うところはあるだろう。

 しかし、シンクのように恐怖と後悔に押し潰されそうになっている者はいなかった。


 誰かと一緒に帰る気にはなれず、シンクは一人で家路についた。


 LR線を乗り継ぎ平沼駅へ。

 すでに人のまばらになった駅前ロータリーを横切る。

 シャッターの閉まったビル内の通りを抜けて階段を上がり神中線の改札へ。


 ぼーっとしたままとりあえず来た電車に乗ったが、自宅の最寄り駅に止まらない急行だったことに気づいたのは、一分ほどして西平沼駅を通り過ぎた後だった。


 仕方なく手前の北程ヶ谷駅で降りて改札を出る。

 駅前のコンビニで年齢確認を求める店員を睨みつけて酒を購入。

 一気に喉に流し込んでほろ酔い気分になりながら自宅までの距離をフラフラ歩く。


 アルコールでごまかさなければとてもやっていられない気分だ。


「……くそっ!」


 酒が回っても気は紛れない。

 無意味に電柱を殴りつけてみても拳が痛いだけだった。


 中学時代、他校の不良たちに恐怖を刻みつけてきたこの拳。

 今夜のような本物の戦場では何の役にも立たなかった。


 そもそも、何もできるわけがないのだ。

 機関銃を持った相手にどうやって立ち向かうってんだ?

 臨海公園でツヨシに勝てたのは、能力の恐ろしさを知らなかったからだ。


 もう一度戦えと言われたら、きっと足が竦んでしまうだろう。

 銃を前になにもできなかった今夜のように。


「ん?」


 ふと、シンクは前方の道路に蹲っている人影があることに気づく。

 髪の長い女の子だった。


 普段なら無視しただろう。

 得体の知れない人間に関わるのは危険だ。

 余計な面倒事に巻き込まれてしまうのもゴメンである。


 しかし、今日のシンクは酒が回っていたこともあり、人影の傍にしゃがみ込んで話しかけてしまった。


「おいあんた。こんなところで寝てると風邪ひくぞ」


 自分と同じ酔っ払いかと思ったが、どうも違うようだ。


 腰まで届く長い髪はボサボサ。

 暗くてよく見えないが、街燈の下では水色っぽく見える。

 目をつぶったままの表情は思ったより若く……というか、幼かった。


「子どもか?」


 どう見ても小学生か、よくて中学生。

 立っても身長はマナとほとんど変わらないくらいだろう。

 小さくうめき声を漏らすその少女は疲れているのか体をいくら揺すっても目を開けない。


 これは一体どうしたものか。

 普段なら冷静に解決策を思いついたことだろう。

 警察に連れて言ってもいいし、関係ないのだから放置しておいてもいい。


「仕方ない、とりあえず家につれて帰るか」


 ところが、今日のシンクは普段からは考えられないような行動をしてしまった。

 人助けをしているという気分がほんの少しだけ心の中のモヤモヤとり除いてくれる気がした。

 少女を背負ってほろ酔い気分で自宅に着くまでの約三十分、シンクは月明かりの下の散歩を楽しんだ。

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