8 埠頭の戦い

「アオイちゃんのJOYは氷や冷気を操る≪氷雪の女神ヘルズシヴァー≫っていう能力なんだよ。あれはその中でも最強の大技『氷華円舞』だね」

「すげえ……」


 シンクはマナの説明を聞きながら思わず感嘆の声を上げた。

 ひまわり先輩の前方だけ周りの景色から切り取られたように白い闇が蟠っている。


 密入国者たちは次々と氷雪空間に飲み込まれていく。

 炎使いのツヨシなどとは次元が違う能力だ。


 これが隊長クラスのJOYなのか。

 変わった武器などというレベルではない。

 もはやそれは人間兵器とも言うべき代物だった。


 吹雪が止んだ後は、全身霜だらけになった密入国者たちのほとんどがその場で蹲っていた。

 比較的ダメージの低かった何人かがひまわり先輩を避けるように散らばって逃げて行く。


 そこに他の能力者たちが追撃を開始。

 右方では逃げる男が能力者の男に追いつかれた。

 後ろを振り向いた瞬間、車ではねられたように吹き飛ばされる。


 左方では逃げる男の頭上を軽々と飛び越えて正面に回り込む能力者がいた。

 密入国者がそれに驚いた隙に、真横から接近した少女に鎖のようなもので拘束される。


 また別の場所では正面から進路をふさいで殴り合いを始めた。

 拳一発で相手をノックダウンさせたのは中学生くらいの少女である。


 アミティエの能力者たちの手によって密入国者たちは次々と拘束されていく。


「思ったよりあっさり終わりそうだねー」


 マナが気楽な声をあげた。

 確かに殺人許可証という言葉から連想されるような凄惨な殺し合いにはならなかった。


 以前に炎使いのツヨシたちがSHIP能力者と戦っていた時のことを思い出す。

 今回は指揮を執っている者が理知的だったから平穏に終わったのだろう。

 圧倒的な力で対処すれば手加減をするだけの余裕も生まれてくる。


 本当に自分の出番はないみたいだな。

 ……などとシンクが考えていると、


「うわーっ!」


 目も眩むほどの光が膨らみ上がった。

 直後に耳を裂くような轟音と誰かの叫び声が響く。


「なんだ!?」


 煌々と燃え上がる埠頭の先端に目を向ける。

 どうやら不法入国者たちが乗ってきた船が爆発したようだ。

 その中から複数の人影が飛び出し、火ダルマになって地面を転げ回った。


「あ、あれ、アミティエの仲間だよ! 船に乗り込もうとしていた時に爆発されたんだ!」


 その凄惨な光景にマナが悲鳴のような大声をあげた。

 運が良かった者は海に落下できたが、未だに燃えている者もいる。

 顔見知りではないとはいえ、仲間が苦しむ姿を見たシンクも思わず焦った。


「なんで敵の船に乗り込んだりしたんですか!?」

「今回の作戦は不法入国者の取り締まりだけじゃないんだよ! 密入国に紛れて密輸入されたジョイストーンを奪うのが本当の目的なんだよ!」


 そういうことだったのか……

 だから警察は手を出さないし、海保も積極的に拿捕しようとしなかったのだ。


「きゃっ」


 シャルロットが何かを見て短い悲鳴を上げる。

 シンクがそちらを向くと、腕をおさえて転がっている少女の姿があった。


 燃え上がる貨物船の中からまた別の人間が出てきた。


 ある者はカエルのように甲板から一足跳びで埠頭に跳び移る。

 ある者は目にも止まらない速さでタラップを駆け降りる。

 ある者は船側面をぶち破って強引に中から這い出る。

 全員、手には機関銃らしきものを持っていた。


「SHIP能力者だ!」


 思いもよらない敵の出現にアミティエのメンバーたちは浮足立っていた。

 メンバーのうち何人かが腕や足を撃ち抜かれてその場に倒れる。


「や、やばいんじゃないのか。これって……」


 敵はアミティエの能力者たちに近づいて来ない。

 一定の距離を取りつつ銃撃を繰り返している。


 人間離れした身体能力を持ってるだけならJOY使いにとってはたいした脅威にもならない。

 しかし、あのようになんらかの武器を持った時に身体的有利は最大限に活かされる。

 強力な武器を持っているという条件は一緒で向こうの方が遥かに強いのだ。


 硬直した戦況に変化が訪れた。

 ひまわり先輩がSHIP能力者に正面から近づいていく。


 当然、彼女は銃撃の的になるが、弾丸はひまわり先輩に一発も当たらない。

 直前で何か見えないものによって防がれているようだ。


「氷の盾か……!」


 シンクが推測した直後、ひまわり先輩の前方に無数の氷の刃が生まれた。

 銃撃に対する意趣返しのように次々と敵の体に突き刺さる。

 まるで氷片の散弾銃のようだった。


 敵の一人が倒れたのを皮切りに、残りのSHIP能力者たちを倒すべくアミティエのメンバーたちが攻勢に転じた。


 数人ずつのグループに別れて距離を保ったまま慎重に戦う。

 コンテナの陰に隠れながら様々な能力で反撃を行っていく。

 

 ゴムボールのように弾力があるが地面を砕くほど硬い球体を投げる者。

 高所から投げると猛禽類のように滑空しながら敵を切り裂く紙飛行機を飛ばす者。

 ペットボトルからぶちまけた液体を小さな水龍に変えて生物のように相手に襲い掛からせる者。


 多種多様なJOY能力の前に、武装した敵のSHIP能力者たちも次第に追い詰められてゆく。


 そして敵の反撃が完全に止まった。

 密入国者たちの背後に立っていたのは長い黒髪の女。

 多角度からオレンジ色のライトによって集められた敵の影をしっかりと踏んでいた。


 身動きの取れなくなったSHIP能力者にひまわり先輩が迫る。

 腕の先から伸びた鋭く尖った氷塊が正面の敵の腹部を貫いた。


 まるで映画のワンシーンを見ているようである。

 その光景にシンクが思わず見とれていると、


「危ないっ!」


 少女の叫び声がすぐ近くで聞こえた。

 直後、シンクは自分の傍で何かが弾けるような音を聞いた。


 隣のコンテナの上に男が立っている。

 小銃の銃口をこちらに向け、苦々しげな表情でシャルロットを睨んでいた。


「ぶ、無事でよかった……です」


 自分が狙撃されたことに気づいたのは、シャルロットが血まみれの腕を抑えながら倒れる姿を目にした後のことだった。

 彼女は≪単身結界マイノリティガード≫を使ってシンクだけを銃弾から守ったのだ。

 代わりに流れ弾に自らの体を晒すことになっても。


「シャルロットぉ!」


 シンクは彼女の名を叫ぶ。

 それと同時に彼のすぐ真横を炎の塊が通り過ぎて行った。

 後方から撃ち出されたそれは、SHIP能力者の持っていた小銃に命中して爆発をさせる。


「他人の心配してる場合かよ。次は守ってくれる奴はいないんだぜ」


 シャルロットを抱き起こそうとしゃがみ込んだシンクを見下ろしながら金髪の少年が言う。

 頭に包帯を巻いているその人物は、以前にシンクが懲らしめた炎使いのツヨシだった。


「お、おまえ……」

「心配すんな。あの時の仕返しをするつもりなんてねえよ」


 ツヨシは憎らしい表情でニヤリと口元を歪めた。

 そして以前の借りを返すとばかりにこう言い放った。


「ただ、これだけは覚えておけ。これは不良のケンカなんかじゃねえ……ここは、戦場だぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る