2 アミティエ第三班の集い

 さて、どうするか。


 組織の仲間たちがいるという一室。

 その入口前の廊下でシンクは腕を組んで考えていた。


 時代を感じさせる建物である。

 部屋と廊下を仕切っているのは襖だ。


 それは別に珍しいことではない。

 シンクの実家の和室にも襖くらいはあった。

 問題は、わずかに開いた隙間に黒板消しらしい物体が挟んであることだ。


 昭和を思わせる建物なんかよりも、よっぽど懐かしい感じのトラップである。

 ご丁寧に下部が真っ白になるくらいチョークの粉がまぶしてある。

 果たしてこれを仕掛けた張本人は何を意図しているのか。


 素直に引っかかって笑いを取るべきか。

 華麗に受け止めて保身を図るべきか。


「どうしたらいいと思います?」


 一人で考えていても埒が明かないのでマナに尋ねてみた。

 彼女は非常にばつの悪そうな顔をしている。


 しまった、そもそも罠に気づいてしまったことが失敗だったのか。

 でも、こんなあからさまなイタズラに気づかない奴なんているか?


「さっ、参考までにっ」

「はい」


 マナが声を控えめにシンクに耳打ちする。


「私は気づかないでひっかかったよ」


 ダメだ、全く参考にならない。

 シンクが溜息を吐くと、心の色を読んだのかマナは悔しそうにじたばたと足を踏み鳴らした。


「だって! 普通は緊張して気づかないよ!」


 まあ、わからなくもない。


 非日常の世界の存在を知り、これから異能の力を持つ仲間たちと初対面という状況だ。

 多少周りが見えなくなるくらいが普通の感覚なのだろう。

 もしかしたら緊張をほぐす意図もあるのかもしれない。


 ともかく、粉まみれになるのは嫌なので自然な回避を演出しよう。

 シンクはできるだけ体を離して指先をそっと襖の取っ手にかけた。


 ゆっくりと襖を開く。

 落下してきた黒板消しはシンクの目の前を通過し……


「ぶっ!?」


 向こう側から飛んできた何かに弾かれて見事に顔面に直撃した。


「……けほっ」


 鼻先から襟元まで白く染められたシンク。

 その場で立ちすくんだまま服の袖で粉を払った。


「ふっ、二手先を読めないようではまだまだね。そんな蛮勇では遠からず命を落とすわよ」

「くだらないトラップを仕掛けるような奴に偉そうに言われたくねえ!」


 シンクは目の前で偉そうに腕を組んでいる女の顔を睨みつけた。


「っていうか、なんであんたがここにいるんですか、ひまわ――」

「でいっ」


 シンクが彼女の本名を口にする前に、例のアイスクリームパンチが飛んできた。

 口元の払いきれなかったチョークの粉が舞う。

 落下中の黒板消しを弾いたのもこの女だ。


「ここでは登録された名前を呼ぶのが礼儀よ……ええと、ストーカー太郎くん?」

「あんたこそちゃんと名前で呼べ! つーか俺はストーカーじゃねえ!」


 竜崎ひまわり。

 相変わらず傍若無人な先輩である。

 辟易しながらもシンクは顔に着いた粉を落とした。


「あ、アオイちゃん、ケンカはダメだよ」

「あらマナ。これはケンカじゃなくて指導というものよ」


 ひまわり先輩はここでアオイという名前で通っているらしい。

 シンクと同じように加入時に登録した名前なのだろう。


 ひまわり、向日葵、葵、アオイ。

 一応本名にあやかってはいるようだ。


「ひまわ」

「でやっ」


 不意打ちの本名呼びは即座に阻止された。

 またしてもアイスクリームパンチの直撃を受ける。


「……竜崎先輩もアミティエの人間だったんですね」


 話が進まないので名前を呼ぶのは諦める。

 だが百歩譲って苗字だ。

 偽名で呼ぶのは負けた気がする。


「ええ、まあね」

「アオイちゃんは私たちの班のリーダーなんだよ!」

「さっきも気になったんですけど、その『班』ってなんですか?」

「詳しい説明は後でするわ。それよりもまずみんなに自己紹介をなさい」

「はいはい……」




   ※


「シンクです。これからよろしく」


 自己紹介を終えた。

 途端に後頭部にアイスクリームパンチが飛んできた。


「なんで殴るんですか!」

「そんなやる気のない挨拶がありますか。しっかりと自分のことを紹介しなさい」

「口で言えばいいじゃないですか! 結構痛いんですよそれ!」

「痛みを与えない攻撃なんて意味がないじゃない」


 何だこの人、変態か?

 いや、わかっていたことだけど。


「だって何も話すことなんてないし……」

「もういいわ。じゃあ私があなたを他己紹介してあげる」


 そんな言葉はないだろうと突っ込もうとしたシンクを押しのけ、猫の子をつまむように首筋をひっぱりながら、竜崎先輩はシンクのことをみんなに紹介をした。


「この男はシンクよ。元殺人鬼で現ストーカー。これからよろしくしてあげて」

「余計ひどくなってんじゃねえか! そんな紹介で誰がよろしくしてくれるんだよ!」


 ひまわり先輩のあんまりな紹介に、座って聞いていた十五人ほどの青少年たちがドン引きしている。

 特に目についたのが部屋の隅で座布団を盾にして身を隠して震えている長い黒髪の少女。

 どこかで見たことあると思ったら山下公園で懲らしめた三人組の一人だ。


「なによ、本当のことじゃない」

「本当のことじゃねえよ! 俺は誰も殺してないしストーカーでもねえ! つーか俺の幼馴染にストーカーしてんのはあんただろ!」

「心外ね。私と紗雪は愛し合っていると私は思っているわ。昨日も想像の中で愛を確かめ合ったし」

「それがまさにストーカーの思考だろ! っていうかおまえ青山に何しやがった!」

「ムリヤリ肉体関係を強要しようとしたら顔に全力パンチをくらって逃げられたわ。きっと照れていたのね。ものすごく痛かったわ。歯が欠けたもの。アテナに治してもらったけど」


 シンクは頭を抱えた。

 なんでこんな変態が生徒会長で、しかも秘密組織のまとめ役なんかをやってるんだ。


「冗談はさておき……みんなも知ってると思うけど、彼は能力無しでツヨシをボコボコにした脅威の新人よ。まだ自分のJOYは持ってないけれど期待はできると思うわ。仲良くしてあげてね」


 ひまわり先輩が少し真面目な態度で付け加えると、室内の空気が若干引きしまった。

 どうやら自己紹介などしなくても自分のことは十分に知られているらしい。


 まあ、当然と言えば当然か。

 仕方ないとはいえ若干の居心地悪さを感じる。


「さ、悪いけどいつまでもあなた一人に時間はかけていられないのよ。今日は月に一度の定例会議なの。親交を深めるのは後にしてもらうわ」


 シンクはひまわり先輩に追い払われるように場所を移動する。


 とりあえず空いている場所に適当に座ろう。

 腰を下ろそうとすると、横手から座布団を差し出された。

 目が合ってニコリと微笑んだのは長い髪を後ろで束ねた優しそうな女の子だ。


「あ、どうも……」

「アテナ。前に」

「うん」


 その女の子がひまわり先輩に名前を呼ばれ、シンクと入れ替わるように前に行く。

 座布団に座るとまだほんのりと温かかった。

 さっきまで彼女が使っていたのだろうか。




   ※


 アテナと呼ばれた女の子はみんなの前でいろいろな報告をした。


 先月に保護した能力者は何名だとか。

 以前に出ていた活動方法についての改善提案の可否だとか。

 シンクには聞いてもよくわからないことばかりなので適当に聞き流しておいた。


 ちょんちょん。

 肩を指でつつかれる。


「シンクくん、居眠りしないの」

「してないですよマナ先輩」


 また心の色を読んでいるのだろうか。

 確かに眠りたくなるほど退屈だが。


「もうちょっと待てばシンクくんのための特別レクチャーがあるからそれまで我慢してね」

「はぁ……それよりマナ先輩こそ、ちゃんと話を聞かなくていいんですか」

「だって聞いても退屈だから」


 よく周りを見渡してみれば、他の人たちも真面目に聞いているとは言い難い態度だ。

 無駄話こそしないものの、あらぬ方向を眺めていたり、カバンで隠しながら携帯端末をいじっていたり、それぞれの方法で退屈と戦っている。

 というかリーダーのひまわり先輩からして壁に寄りかかって舟を漕いでいるんだけど、大丈夫かこの秘密組織。


「私からは以上です。質問のある人は手を上げてください」


 挙手する者は誰もいない。

 きっといつものことなのだろう。


 アテナさんはニコニコしながら待っている。

 他のメンバーたちはひたすら沈黙に耐えていた。


「なにも無いようなので定例報告を終了するわ」


 何事もなかったかのように立ち上がったひまわり先輩が終了を宣言する。

 なんというか、ひとりだけ一生懸命なアテナさんが不憫に思えた。

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