3 第三班班長アオイ(竜崎ひまわり)
「はー、終わったー」
誰かがそう言うと、部屋の空気が一気に弛緩する。
彼らはそれぞれ小さなグループに別れておしゃべりを始めた。
特殊な組織の人間と言っても、やはり普通の中高生の集まりなのだろう。
シンクはこういう雰囲気が苦手だった。
初対面の人間となんか特に話すようなこともない。
仲良くしたいとも思わないし、意味のないおしゃべりを聞くのも嫌いだ。
だから学校でも休み時間は自然に一人になれる場所に移動して、そのまま次の授業をサボったりするわけだが……
「ねえねえシンクくん、シンクくん。こっちに来て一緒におしゃべりしようよ」
マナが逃がさないぞとばかりに袖を引っ張る。
「みんなシンクくんと話したいってさ」
「いや、それはどうだか……」
怯えと嫉妬と好奇心が等分で混じったようなメンバーたちの目が一斉にシンクに向けられる。
やはり仲間をボコボコにした人間を歓迎するのは心情的に抵抗があるだろう。
あの中に混じっても針のむしろになるのは目に見えていた。
「ダメよマナ。あなたは前回の活動の反省文があるじゃない」
どうやって断るか考えていると、ニコニコ顔でやってきたアテナさんがマナにそう言った。
「えっ、あれはもう提出したけど……」
「全文を読み上げます。『ちょうしにのってた。いまは反省してる。ごめんなさい』……まさかこれで本社が納得してくれるとは思ってないよね?」
「あの、でも私、今日は新規ちゃんの案内があって」
「アオイに引き継いであるわ。今日のあなたは忙しいわよ? 反省文が終わったら先方に謝りにいかなきゃいけないんですからね」
「ひーん!」
どうやらマナは活動中に何か大きな失敗をしてしまい、その後始末をしなければならないらしい。
穏やかだが有無を言わせない態度のアテナさんに連れ去られて出て行ってしまう。
そして残されたシンクは非常に気まずくなった。
「えっと……じゃあ俺はこの辺で失礼するから」
「待ちなさい」
どさくさに紛れて退室しようとした所で、ひまわり先輩に文字通り後ろ髪を掴まれた。
「痛えよ! 髪を引っ張るな!」
「あなたに話があるの、帰ってもらっては困るわ。ここが居辛いなら場所を変えましょう」
シンクは言葉に詰まった。
本音を言えばマナがいなくなった時点でもう帰りたい。
しかし、この先輩が素直にそれを聞き入れてくれるとはどうしても思えなかった。
それにこの組織について気になることも確かにある。
面識のない者たちに囲まれるよりも、顔見知りのひまわり先輩と一対一の方がマシかもしれない。
「わかりました。どこに行きますか?」
「ここから車で五分くらいの所にラブホテルがあるわ」
「なっ……なんで俺があんたとそんな所に行かなくっちゃ……」
「やーね。なに赤くなってるの? 私は単に近くにホテルがあるって説明しただけなのに。紗雪とならともかく、私だってストーカーくんと同衾なんてゴメンよ。きもーい」
女を本気でぶん殴りたいと思ったのは生まれた初めての経験だった。
というか、どうしてこうまで目の敵にされなくちゃならないんだろう。
「冗談は置いといて、二階に空き部屋があるわ。そちらに行きましょう」
「あんたはいちいち人の神経を逆なでする冗談を挟まなきゃ会話もできないのか……」
「えー、リーダー行っちゃうんですかー?」
シンクの抗議のセリフは寄ってきたメンバーの一人にかき消された。
見たところ中学生くらいにしか見えない女の子である。
ところでさっきから気になっていたのが、やたら女性比率が多い。
この部屋にいる若者のうち五分の四くらいは女性なのである。
「リーダーいないと暑いよー」
「我慢しなさい。窓を開ければ少しは涼しくなるでしょう」
「虫が入ってくるよー」
ひまわり先輩は女の子の頭を撫でて優しくあやす。
こうしていると人の良いお姉さんにも見えるから不思議だが、
「さ、行くわよストーカーくん」
振り返った彼女はいつも通りの小憎らしいひまわり先輩だった。
一瞬でも見直しかけた間抜けな自分を殴ってやりたいと思う。
※
未使用の部屋だからさぞ蒸し暑いだろうと思ったが、意外にもクーラーが効いて涼しかった。
机とソファが一つずつあるだけの小さな部屋だが二人なら狭いとは感じない。
「さてと」
ひまわり先輩はどかりとソファに腰を降ろした。
「おい」
「なによ。突っ立ってないで早く座りなさい」
「俺にも椅子を寄こせ」
ソファはひまわり先輩が占拠した。
座布団もなければ床にはカーペットすら敷いていない。
別に直接腰を下ろすのが嫌なわけではないが、見下されているようで癇に障る。
「新入りの分際で贅沢ね。というかあなたは目上の者に対する言葉使いがなってないわ」
「あんたが相手じゃなきゃ年上相手にはちゃんと敬語くらい使うよ」
「仕方ないわね……」
ひまわり先輩はしぶしぶとソファの裏から座布団を取り出して投げてよこした。
シンクがそれをキャッチしようとした瞬間に死角からアイスクリームパンチが飛んでくる。
「おっと」
間一髪で避けることに成功する。
シンクはにやりと笑って挑発した。
「何度も同じ攻撃が通用すると思うな」
そこから予想していた第二撃はなかった。
シンクが腰を下ろすと、ひまわり先輩は頬杖を突いたまま喋りはじめた。
「……遅くなったけど、一応お礼を言っておくわ」
「は?」
「ツヨシを懲らしめてくれたこと。本当は班長の私がやるべきことだったんですけどね」
お礼……?
まさかひまわり先輩からそんな言葉を聞くとは。
彼女の信じられない殊勝な態度に、シンクは思わず口ごもってしまう。
「い、いや。礼を言われるようなことじゃないですよ。むしゃくしゃしてたからやっただけで……」
調子に乗ってみようかとも思ったが、またアイスクリームパンチが飛んできそうなのでやめておいた。
何も自分から良い雰囲気を壊すこともないだろう。
とりあえず言葉使いだけは直しておくか。
「っていうか、竜崎先輩が能力者組織のリーダーなんですね。やっぱ先輩も最初は誰かに勧誘されたんですか?」
「勧誘といえば勧誘かしらね。父親がラバースグループの某社の役員をやっていて、業界の人たちが集まりるパーティに家族として出席した時にルシフェルに目をつけられたの。班長をやってるのはたまたま他の人より強力な能力を持っているからってだけよ」
なるほど、ひまわり先輩は親がラバースコンツェルン関連の偉い人なのか。
昔ながらの名家とは違うが、一応いい所のお嬢様ではあるのだ。
言われてみれば喋り方にはどことなく気品がある。
変態だけど。
「そう言うあなたはあの厨二野郎に上手くたらし込まれたのかしら?」
自分の上役を厨二扱いとは流石である。
まあシンクもあんなやつを尊敬する気は微塵もないが。
「そうですけど、別に何でも良かったんですよ。入っても入らなくても。クラブ活動もやってないし、暇つぶしが出来りゃいいかなって程度です」
マナの存在が決め手となったとはさすがに言わない。
「クラブ活動ねえ……その認識はマナのせいかしら。悪いけれど、そんな軽い気持ちのままで参加して欲しくはないの。ちょっとくらいケンカに慣れている程度じゃ大怪我をするわよ」
「それはどういう意味ですか?」
シンクは少しムッとした。
中学時代のケンカの日々は誇るべきでない過去ではある。
それでも面と向かってバカにされたり侮られるのは気分の良いことではない。
「それは追々知ってもらうわ。今は無茶をしないようにとだけは言っておくわね」
「無茶も何も、そんな必死に活動する気もねーけど……」
ひょっとして心配してくれてるのだろうか?
「さて、改めて私たちの組織の説明に入りましょうか」
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