第二話 アミティエ

1 心の色

 岡高は神奈川県東部にある南橘樹みなみたちばな市の最東端に立地している。

 徒歩で十分の距離にある平沼駅はもう隣市の久良岐くらき市だ。


 アミティエ第三班の活動拠点は平沼駅から湘鉄の特急で横須賀方面へひと駅、大岡川駅の近くにある。


 関内から街道増で南へ約六キロ。

 ここ大岡川駅周辺は久良岐市の中心部だ。

 街道を挟んだ東に巨大な駅ビル、西にショッピングプラザと高級マンションが並ぶ。


「こっちだよー」


 先を歩くマナが振り返って手を振った。

 ここは駅ビルの真下にある屋内バスターミナルである。


 シンクがアミティエに加入すると決めた翌日。

 マナに案内され彼女が所属する第三班の拠点へ連れて行ってもらうことになった。


「でね、よしこってば三時間目の終わりまでずっと寝てたんだけど、よりによって数学の谷村せんせいの時間に寝言で『うるせー』って叫んじゃって。教室みんな大爆笑。谷村せんせいは顔を真っ赤にして怒ってるのに、よしこは寝ぼけたままだから何にもわかってなくて……」


 さっきからマナはずっと喋り続けている。

 岡高から平沼駅まで歩く途中も、電車の中でも、こうしてベンチでバスを待っている時もずっとだ。


 先日まで他人同然だったシンク相手によくこれだけ会話が続くものだ。

 しかも他愛のない日常の出来事ばかりなので、ほとんど相槌を打つしかできない。


 十分ほど待ってバスがやってきた。

 駅から目的の場所までは少し離れているらしい。

 乗ろうとした時、なぜかベンチに座ったまま動かないマナに気づく。


「どうしました? 乗らないんですか?」

「えへへ……」


 シンクの質問に答えずマナはニヤニヤと笑っている。

 他の人にこんな態度を取られたらイラつくが、そんな仕草も可愛く思ってしまうから不思議だ。


「シンクくん、私の話は退屈?」

「え、そんなことないですけど」

「いいんだよ。よく友だちからも『あんたは一人で喋ってばっかでうるさい』って言われるんだ。嫌がらずに聞いてくれるだけでありがたいんだから」


 確かに話自体は面白くない。

 だが楽しそうに喋っているマナは可愛い。

 それに、一生懸命に身振り手振りを交えて説明している彼女の話を聞いていると、こっちまで愉快な気分になってくる。


 だから彼女とこうして歩いているのは……楽しいと言えば、楽しい。


「えへへ」

「どうしたんですかさっきから」

「シンクくんが私といて楽しいと感じてくれてるのが嬉しいの」

「んなっ」


 内心を見透かされて驚く。

 これでもポーカーフェイスには自信があるのだ。

 退屈しているようには思わせず、かといって彼女に見惚れていることも気付かれず。

 そんな無難な態度を演じているつもりだったのだが……


「なんで俺が楽しんでるって思ったんですか」

「じゃーん!」


 マナは差し出した手をひらく。

 そこには白く濁った宝石が握られていた。


「えっと、ジョイストーン……?」

「≪心理色彩ハートパレットリーディング≫! 相手の心を読む能力だよ!」


 シンクはギクリとした。

 心を読むだって?


「ま、マナ先輩の能力って、瞬間移動だったんじゃないんですか」

「私じゃなくてジョイストーンの力だって。状況によって使い分けてるの。どっちも会社からの借りものなんだけどね」

「心を読むって……具体的には何がわかるんですか?」


 黙ってても考えていることがわかるのか?

 そんなのプライバシーも何もあったもんじゃない。

 犯罪だってやり放題だろうし、シンクは急に目の前の少女が恐ろしくなった。


「心を読むって言っても相手の思考がわかるってほどじゃないんだよね。感情を『色』に例えて、大まかな心の動きがなんとなく感じられるくらいなの。正直あまり使い道がない能力だよ」

「そ、そうですか……」


 よほど無表情な相手でない限り、そんなものは顔色を窺えばわかることである。

 マナの言う通りにそれほど危険な能力ではなさそうである。


「新規ちゃんが悪いこと考えてないか調べるためなんだけどね。シンクくんには必要なかったかな? 疑うようなことしちゃってごめんね」


 マナは謝ってジョイストーンをジーンズのポケットにしまった。

 シンクは小銭を払い、マナは定期を見せてバスに乗り込む。


 昼間だからか車内はガラガラだった。

 二人は一番後ろの座席の窓側に並んで座る。


「ジョイストーンって一人につきひとつだけじゃないんですか」

「自分の物として所有できるのはひとつだけど、それ以外にも会社からレンタルして使えるんだよ。決まった持ち主がいないジョイストーンは都合に合わせてメンバーに渡されるの」

「それじゃマナ先輩の本当の能力っていうのは別にあるわけですか」

「わっ、私のは……あることはあるけど」


 なぜか歯切れの悪い答えが返ってきた。

 自分の能力に関しては話したくないのだろうか。


「やっぱり超能力っていうより便利な道具みたいなもんなんですね」

「ルシフェルくんも言ってたように、誰でも使えるようなものじゃないんだけどね。年齢的な制限以外にも得意不得意があるからさ」


 お飾りとはいえ、上役の社長をくん付けである。

 マナ先輩は本当にクラブ感覚でやってるんだなあと思った。


「あ、降りるよー」


 バスから降りた場所は上に立体交差の陸橋が走っている大きな交差点のすぐ近くだった。


 頭上の案内標識に見え覚えのある地名が書かれていた。

 この辺りはシンクが中学時代に暮らしていた場所からそれほど離れていない。


 と言ってもまだ市も違うし、知り合いに会う心配はないだろう。


 街道から横道に逸れるような形で急坂を上って行く。

 ここに来て初めてマナの口数が減った。


 ふと隣を見ると、彼女ははぁはぁ息を切らしていた。

 坂道を歩きながらハイテンションを保つような体力はないらしい。


「つっ、着いたよっ」


 目的地らしい和風家屋の前に辿り着いた時、マナはゼーゼーと肩で呼吸をしている。

 ほんの数十メートル歩いただけなのに、いくらなんでも体力なさすぎだろう。


「他のみんなはもう集まってるから。思いっきりカッコよく登場して、鮮烈な印象をつけてね!」


 なんとも無茶なことを要求してくる。

 シンクは急に帰りたくなった。


「なんで急に帰りたいと思ってる!」

「人の心の色を読んで文句を言うのやめてもらえませんか」

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