8 能力者組織の活動

「つまり火による攻撃で牽制しつつ、あっちの男が相手を敵を転ばせて、手なり膝なりを着いたところを女の能力で動きを封じるって戦法ですね」

「それがあの三人の必勝法だよ。特に≪火炎落矢ファイアーボルト≫のツヨシくんは第三班でも五本の指に入るくらいの能力者だからね。相手に怪我をさせないっていう条件がなければ一人でも大丈夫なくらいだよ」

「で、敵の金髪の能力は?」

「ちょっと待ってね……ええと、あ。書いてあった」


 マナは携帯端末を操作し、先ほど送られてきたばかりの情報を再確認する。


「腕力強化だ。SHIP能力者としてはありふれたタイプだね。ただし強いのは右腕だけみたい。酔ってバス停を振り回したのがきっかけで能力に気づいたけど、左手に持ち替えようとして重さに耐えきれずに潰されたって」


 どういう理屈だそれは。

 見たところ右腕の筋力だけが異常に発達しているわけでもない。


 ……理屈じゃ説明できない不思議な力が働いているってことか。


「あ、始まるよ!」




   ※


 最初に行動を起こしたのは発火能力者だった。


 右腕を前に突き出すと同時に掌が赤く発光。

 目の前の空間から矢の形をした炎が飛び出した。


 金髪男は慌ててそれを避ける。

 さらに連続で炎の矢が襲い掛かるが、身をひねってやり過ごした。

 彼は徐々に後ろに下がりながらも次々と放たれる炎の矢をなんとか紙一重でかわしていく。


 いや、発火能力者がわざと当たらないギリギリを狙っているのだ。

 敵は右腕の力が強いだけの普通の人間ということらしい。

 まともに食らったら火傷じゃ済まないだろう。


 その間に小柄な男が背後に回り込む。

 金髪は炎を避けるのに必死で気づかない。


 金髪が足を滑らせた。

 小柄な男の能力は地面の摩擦係数を失わせる。

 相手からすればいきなり足元が氷上になったような感覚なのだ。


 しかし、金髪はとんでもない方法で倒れるのを防いだ。

 右腕を地面に突き刺してアスファルトの地面を抉る。


 とてつもない腕力だ。

 あれで殴られたらひとたまりもないだろう。

 だが、残念ながら男に体勢を立て直す余裕は与えられなかった。


 様子を窺っていた女が金髪の影を踏む。

 金髪は不自然な体制のままピクリとも動かなくなった。




   ※


「勝負ありだね」


 これが能力者の戦いか……

 金髪はバス停を振り回すというほどの腕力があったという。

 しかし、その力をまるで有効活用できないまま一方的に拘束されてしまった。


 これで一件落着。

 シンクはそう思ったが、


「あれ、まだ終わってないのか?」


 炎使いが金髪に近いていく。

 顎をしゃくって合図すると、影縫いの女は一瞬だけ足を動かした。


 金髪の体を蹴る。

 敵は地面に仰向けに倒れた。

 直後、女が再び頭部近くの影を踏む。


 拘束する体制を変えたのだ。

 腕一本で体を支える体勢のままでは辛いだろう。

 楽な姿勢に代えさせてやったのだと思いたかったが、彼らは信じられない行動に出た。


 まず、摩擦を消す能力の小柄な男が動けない金髪の脇腹を蹴った。

 続いて炎使いが右腕めがけて炎を撃つ。

 男の腕が服ごと燃える。


「ぎゃぁぁぁ……」


 聞くに堪えない絶叫がシンクたちの所にまで届いてきた。

 そんな金髪をあざ笑うように影縫いの女は敵の顔面を踏みつける。


「おい、あれはなんだ」

「……もういいよ。行こう」


 シンクの質問にマナは答えない。

 彼女は立ち上がって草むらから出ようとした。


 その腕を掴んでシンクはもう一度問い質す。


「あいつらは何やってるんだ。もう決着はついたんじゃないのか」


 こみ上げる怒りを自覚する。

 先輩に対して敬語を使うのも忘れていた。

 それを気にしたわけではないだろうが、マナは眉根を寄せて苦々しげな表情で答えた。


「ツヨシくんたちのいつものやり方なんだよ。≪黒止拘束シャドウバインド≫をかけながら運ぶのはできないから、やるなら気絶するまで徹底的にやらないとって」

「徹底的にって……つまりは単なるリンチだよな?」

「腕力が強いタイプのSHIP能力者は拘束しても逃げられる心配があるし……」

「力が入りにくい体勢で縛ればいいだけだ。なあ、これがアミティエって組織のやり方なのか?」

「違うよ! 確かにあの三人はそれを楽しんでるところもある。でも、拘束するだけじゃ不安だっていう正当な理由もあるから……」


 マナも決してあいつらのやり方を正しいと思っているわけじゃないようだ。

 それはわかるが、あれを許容しているなら同じことだ。


「他の人たちはもっと相手を傷つけないやり方で拘束してるよ? でも、あの三人はうちの班で一番捕縛率が高いし、あのくらいの怪我なら治せる能力者もいるから」

「痕が残らなきゃいいってもんじゃないだろ」

「もういいよ。見てて気分がいいものじゃないし、能力者の活動も見学できたから戻ろうよ!」


 マナは怒ったように叫んで来た道を戻ろうとする。

 シンクも立ちあがって茂みから出た。

 そして前に進み始める。


 前へ。

 胸糞悪い強者共による、一方的な制裁が行われている方へ。


「シンクくん!?」


 マナが呼び止める声を無視。

 シンクは能力者たちに近づいた。




   ※


「もうやめろよ。勝負はついてるだろ」


 寄ってたかって金髪のSHIP能力者を蹴りつけていた三人が声をかけたシンクの方を向く。

 その表情には突然の闖入者に対する戸惑いと侮蔑の色がありありと滲んでいた。


「なんだぁ、オマエは?」

「放してやれ。もうそいつは抵抗する気もないだろ」


 炎使いの誰何をシンクは相手にしない。

 相手の年齢はシンクと同じか少し年上くらいだろう。

 この世に怖いものなどないと思っていそうな、憎たらしい顔をしている。


 燃やされた金髪の右腕の炎はすでに消火されていた。

 しかし皮膚には痛々しい火傷の痕が残っている。

 あれでは暴力を振るうこともできない。


「なにコイツ。どうやって入ってきたの?」

「ひょっとしてオマエもSHIP能力者なのかぁ?」

「いや、報告が正しければ今回のターゲットに仲間はいない」


 三人の能力者がぶつぶつ話し合っていると、背後からマナが駆けくる足音が聞こえた。


「ご、ごめんツヨシくんっ。彼、初めてJOYを見たせいで、ちょっと興奮してるらしくてっ」


 後ろから腕を掴まれるが、その手の暖かさを感じても、先ほどのような良い気分には浸れない。


「なんだ、マナの連れてきた新規君かよ。見学はいいけど邪魔されちゃ困るぜ? おい新入り。次の集会では俺様が直々にアミティエのルールと能力者としての心構えってやつをレクチャーしてやるよ。だから今日は大人しく帰りな」


 しっしっと手を振る炎使いツヨシ。

 それにシンクは小馬鹿にするような顔で応じた。


「借り物の武器を振り回して強くなったと勘違いしてるガキに教わることなんて何もねえよ」

「……あ?」


 炎使いツヨシの表情が一変した。

 その瞳には明確な怒りの色が浮かんでいる。

 先ほどまでのような余裕を浮かべた小生意気な表情ではない。


「なんだオマエ。誰が何を勘違いしてるって? いいか、このジョイストーンは確かに会社からもらったモンだけど、この≪火炎落矢ファイアーボルト≫は紛れもないオレ自身の力だ。この力で今までに何人のSHIP能力者を屈服させてきたか知ってるか? 新入り風情が、第三班のポイントゲッター様に向かって偉そうな口を利いてんじゃ――」

「ガタガタ言ってねえで、やるのかやらねえのかはっきりしろよ!」


 シンクは大声で一括した。

 ツヨシはビクリと肩を震わせる。


「弱いものイジメしかできない臆病者野郎。俺がケンカのやり方を教えてやるよ」


 数秒の沈黙の後、ツヨシの額に青筋が浮かぶ。

 怒声にビビってしまったことが恥ずかしくなったのか。

 内心の焦りを誤魔化すように彼は大仰な仕草で両拳を打ち付けた。


「いいぜ、やってやるよ!」


 ツヨシがポケットに手を突っ込んだ。

 そして真っ赤な宝石を取り出してシンクに見せつける。


「俺のJOYをバカにしたこと、たっぷり後悔させてやるぜ!」

「ちょ、ちょっと待って! 仲間の能力者同士のケンカはダメだってルールでしょ!?」


 マナは慌てて睨み合うシンクとツヨシの間に割って入る。


「ケンカじゃねえよ。後輩に稽古をつけてやるだけだ」

「シンクくんはまだジョイストーンも持ってないんだよ! 一般人相手の能力使用はルール違反だってば!」

「そいつは組織の新入りなんだろ。だったら一般人じゃない。しかもジョイストーンを持ってないから、能力者同士のケンカって条件も成り立たない。おっと、ケンカでも何の問題もなかったな」

「そんな理屈は……」

「いい加減うるせえぞマナ。文句があるならそのバカに言え」

「きゃっ」


 ツヨシはマナの肩に手をかけると、邪魔者を払うように腕を振った。

 体勢を崩して二、三歩後ろに下がった後でマナは地面に尻餅をつく。


 その瞬間、シンクの中で何かが切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る