7 実地見学

 気がついたら別の場所にいた。

 どこかと思ったが、すぐに理解した。

 先ほど通ってきた社長室前の狭い廊下である。


「え、山下公園までワープするんじゃないんですか」

「そんなに長距離移動はできないよ! それにさ、いきなり現れたところを一般の人に見られたら大変じゃない? ちなみに縦移動は座標をミスったらとっても危ないからエレベーターに乗っていくね!」


 じゃあ別にワープしなくてもいいんじゃないか?

 シンクはそう思ったがもちろん口には出さない。


 下り専用のエレベーターに乗り込んで一階まで一気に降りる。

 途中で人が乗ってくることはなかった。


 降りた先は先ほど動く歩道から入ってきた場所ではなかった。

 外からはエレベーターとわからない小さなドアだ。

 目の前の非常口らしい扉から外に出る。


「へいタクシー!」


 表に出ると都合よく黒塗りのタクシーが停まった。

 車体の上の提灯のマークには見覚えがある。

 ラバース系列のタクシー会社だ。


「山下公園!」


 後部座席に乗り込むと、マナは例のVIPカードを運転手に見せつけた。

 てっきりタダで運んでもらうのかと思っていたら、運転手は無線でどこかに連絡を取る。

 返事が来ると彼はダッシュボードから地図を取り出して、いくつかの地点に赤ペンで印をつけた。


「ありがとう!」


 お礼を言うと同時にマナはまたもシンクの手を握った。

 ドキッとする間もなく、さっきと同じ浮遊感に包まれる。


 目が覚めるような感覚。

 彼らはまだタクシーの車内にいた。

 しかし、よく見ると周りの風景が違っている。

 タクシーはいつの間にか大きな橋の上を走っていた。


「近くに次の車がいないんでちょっと走りますね」


 そう言った運転手は先ほど車に乗り込んだ時とは別人だった。


 タクシーは猛スピードで加速していく。

 直線をものすごい勢いで駆ける。

 やがて赤信号で停止した。


「若干の修正。クイーンの正面です」

「ありがとう!」


 みたび感じる浮遊感。

 ここで初めてシンクは気づいた。

 複数のタクシー間を飛び継いでいるのだ。


 瞬間移動している姿を周りの人たちから見られないために。

 その事実にも驚かされたが、なにより驚嘆すべきなのは連携の見事さである。


 マナが報告を受けたのはついさっき。

 それからわずかの間にグループ傘下の社員に指示を出し、これだけ緻密な連携を可能にするなんて。

 アミティエという組織は企業に対してどれだけの影響力を持っているというのだろうか。


 最後にもう一度ワープする。

 左側に細長い公園がある直線道路に出た。


「降ろしてください!」


 タクシーのドアが開く。

 マナは弾かれたように飛び降りた。


 シンクも後に続いて外に出る。

 車外に出てから、ちらりと後ろを振り返ってみた。

 料金を催促されるどころか運転手はこちらを見ようとしない。


 マナはわき目もふらずに駆けていた。

 ガードレール代わりのチェーンを飛び越える。

 街路樹をかき分け、歩道を横切って公園の中へ消えていく。


 シンクは彼女を追って公園に足を踏み入れた。

 その途端、空気が変化した。


 よくわからないが、そうとしか言い様がない。

 気温の変化があったわけでも、何かに触れたわけでもない。

 捉えどころのない違和感が全身を駆け抜けたような不思議な感覚だった。

 自分の持っている知識では言い表せない奇妙な変化である。


 はたしてマナもこの違和感に気づいているのだろうか?

 ともかく、彼女を見失わないよう急いで追いかける。 




   ※


 PF横浜特別区に隣接する関内官庁街。

 ここはその一番奥にある港に面した臨海公園だ。

 近くには街の旧シンボルである赤白のタワーや停泊中の記念船がある。

 県を代表する観光地であり、昼夜を問わず憩いを求めて多くの人々がやってくる。


 ……はずなのだが、なぜか見渡す限り人っ子一人いない。


 これもなにかの能力が働いているのか?

 タクシーの運転手を適所に配置したのとはわけが違う。

 どれだけ手際がよかろうと、短時間で一般人を完璧に追い払えるわけがない。


 先ほどの奇妙な感覚はおそらく何らかの結界か。

 もしくは一種の異空間に入ったのだろう。

 まあ、あくまで推測だが。


「シンクくん、シンクくん」


 足を止めたマナが草むらの陰に身を潜めていた。


「これ以上近づくと危ないから、一緒に隠れて」


 シンクは言われた通りにマナの隣にしゃがんだ。

 ちなみにマナは思いっきり叢から頭をはみ出している。


 向こう側から見たら丸見えだろう。

 身の隠し方はまるっきりの素人だった。


「見て。あそこに人がいるでしょう」


 マナが指差した方角に視線を向ける。

 ベンチの並ぶ海沿いの遊歩道に四人の男女がいた。

 体格のいい金髪の男と向かい合うように、残りの三人が横一列に並んでいる。


「あっちの金髪の人が発見されたSHIP能力者だね。向かい合ってる三人がアミティエのメンバー」


 ガザゴソと茂みを揺らし、普段と変わりない声量で説明をするマナ。

 ひょっとして別に隠れているつもりでもないのだろうか。


「これはパターンCだね。残念だけどあんまりいい状況じゃないよ。私たちの活動を知ってもらうにはいちばん都合がいいかもしれないけど……」

「パターンCって?」

「能力に目覚めたSHIP能力者にはまず事情を説明するの。それで、これからどうするかを自分で

選ばせてあげるんだ。今まで通りの普通の生活に戻りたいなら本社に連れて行って、力を完全に封じ込める処置をしてもらう。これがパターンA」


 パターンAは能力者から能力を奪う処置ということだ。

 勿体ないが、平穏に暮らしたい人間にはそれが一番いいだろう。


「もしくは私たちの仲間になって、そのSHIP能力を活かしながら一緒に活動をしてもらうの。これがパターンB」


 こちらはもっとわかりやすい。

 能力者をそのまま勧誘してしまうのがパターンBだ。


「けど、アミティエに協力するSHIP能力者はいろいろと制限がかかるから、嫌がる人も多いんだ」

「制限って?」

「JOYはジョイストーンを取り上げれば使えなくなるけど、SHIP能力は基本的に本人の力だから、変な使い方をしないよう四六時中監視がつくの。定時報告の量も他のメンバーよりずっと多いし、頻繁に本社に行って検査をしなきゃいけないんだ」

「それは面倒っすね」

「だからこうやってどっちの選択も嫌がる人も多いんだよ。でも、危険な力を持ってる人を放っておくわけにもいかないでしょ? だからそういう人たちは仕方ないから力づくで拘束して処置をするんだ」


 俺は勝手にやる、だからお前らには従わない。

 文句があるならやってやんぞオラァ!

 それがパターンCというわけだ。


「つまりこれから能力者同士の能力バトルが始まるってわけですか」

「その通り。今回の件はあの三人が担当するから、私たちはここでやり方を見てればいいよ。みんなベテランだから大丈夫」


 冗談だろう、とシンクは思った。


 SHIP能力者だという金髪男は多少ケンカの心得があるように見える。

 敵と一定の距離をとり、ファイティングポーズをとって油断なく敵の動きに備えている。

 着こんだだぶだぶのジャケットの内側にはなんらかの武器を隠し持っている可能性もありそうだ。


 対してあの三人は傍目から見てもケンカの素人だとわかる。

 貧弱そうな体格に、見るからに覇気の感じられない立ち振る舞い。

 まるで散歩の途中で運悪く暴漢に出くわしてしまった観光客か学生集団だ。


 そもそも何故、三人でひとりを相手にしながら囲もうとしない?

 ゲームやスポーツじゃないんだから横一列に並ぶバカがどこにいる。


「あいつらはどんな能力を持ってるんですか」

「真ん中の人のJOYは≪火炎落矢ファイアーボルト≫。掌から矢みたいに火を飛ばすことができるんだ」

「パイロキネシストってやつですね」

「他の二人はサポート役だね。左の女の子のJOYは≪黒止拘束シャドウバインド≫っていって、相手の影に触れることで動きを拘束できる能力」

「忍者の影縫いの術みたいな感じかな」

「ただ、動きを止められるのは影に触れている部分だけだけどね。右側にいる若い男の子のJOYは、えっと、確か≪摩擦解除フレクトスライド≫……だったかな? 効果範囲は狭いけど地面を氷みたいにつるつるにしちゃうの」

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