5 堕天社長

 そこにはまるで道場の看板のような『社長室』の札がかかっていた。

 扉なんかもう赤と金の両開きで、どこの王宮の謁見の間かよって感じだ。


 マナはノックさえせずに中に入って行く。

 あまつさえ「ドアおもーい」とか文句までたれていた。


 ドアの向こうの部屋はやたらと明るかった。

 三方面がガラス張りで、全フロアぶち抜きの展望室のようである。


 室内はがらんとしていて遠くに窓を向いているキングサイズの椅子と机があるだけ。

 とてもじゃないが実務をするための部屋には見えない。


「おーい、連れてきたよーっ」


 マナはとてとてと奥に向かって駆けて行く。

 机まではかなりの距離があるので、シンクも小走りで追いかけた。


 窓の方を向いていた椅子がくるりと回転する。

 まさか本当にフレンズ社長の登場か。

 三十分前にはまさかこんな偉い人間と会うことになるとは思わなかったが――


「やあ、よく来たね」


 シンクは言葉を失った。

 椅子を回して、こちらを向いた人物に。

 予想していたようなタイプの人間とは全く違っていたからだ。


 まず目立つのは、その不自然な銀色の髪。

 整髪料で固めているのか重力に逆らって上下左右に尖っている。


 瞳の色はカラーコンタクトでも入れているのか血のように赤かった。

 服装に至っては黒い下地に赤いラインが無数に入ったハデハデしいものである。


 贔屓目に見てもV系のロックンローラーにしか見えない。

 遠慮なく言えば、センスも素行もイカレたハイエンドヤンキーだ。

 そんな奇妙な男が社長室の巨大な椅子に背もたれを預けているのである。


 というか、若い。

 若すぎる。


 中学生か、よくて高校生くらいの年齢だろう。

 どう見てもこんな場所に居るには似つかわしくない人物だ。

 もっとも、似つかわしくないというのならマナやシンクも同様なのだが。


「はじめまして、シンクくん。よく来てくれたね」


 銀髪男は椅子に片ひじをついたまま偉そうに足を組んで話し始める。


「はぁ……」

「フフ。世界的大企業の社長室の椅子に座るのが、こんな若い美男子だったいう事実にびっくりして声も出せないかい?」


 なぜか彼は目を閉じ、無意味に前髪をかき上げた。

 そりゃ誰でもびっくりするわ。

 なんだこのナルシスト。


「っていうか、本当にあんたがフレンズの社長さんなんですか」

「そうだ……と言いたいところだけどね。あいにくとお飾りの役職に過ぎない。僕の父親はラバースコンツェルンの総帥でね。将来的にはその重責を継ぐ予定なんだが、帝王学のイロハを学ぶため、若いうちからこうやって関連企業社長の椅子を預かっているというわけさ」


 つまり親バカ総帥のバカ息子か。

 思ったがもちろん口には出さない。


「そう固くならないでいい。僕のことは気軽に『堕天社長ルシフェル』と呼んでくれていいよ。敬語を使う必要もない」

「堕wwwww天wwwww社wwwwwww長wwwwwwwルwwwwシwwwwwwフェwwwwwwwwルwwwwwwwwww」


 申し訳ないが大爆笑した。

 床に転がって腹を抱えて笑った。


「うわっ、どうしたのシンクくんっ!」


 さすがにクールに振舞うにも限度というものがある。

 ダメだとわかっていても堪えきれなかった。


 だってルシフェルだぜ。

 銀髪、赤目、V系ファッション。

 一人称は僕で、しかもとどめがルシフェルだ。

 これで笑うなって言う方が無理だろ。


 しかしシンクの無礼な態度にもルシフェル(笑)はまるで気にした様子もない。


「はは、マナはずいぶんと面白い子を連れてきたみたいだね」

「はぁ、はぁ……ぶっ、ぶははははっ!」

「シンクくん落ち着いて!」


 しばらく笑いが収まらなかったが、マナに抱き起こされて背中をさすってもらい、五分ほどしてようやく治まってきた。


「さて、話を始めてもいいかな?」


 何事もなかったように悠然と微笑みながら話を続けようとするルシフェル。

 そんな彼の態度にまた噴きそうになるが、シンクはぐっと堪えて先を促す。


「ど、どうぞ」

「まず君は自分が何のために呼ばれたか理解しているか?」

「えーっと。俺は才能を持つ選ばれた戦士で、社会の裏に潜む警察では手出しできないような敵と戦うために、企業が秘密で開発している超能力めいた力を与えてもらうためですか?」

「うむ。大体の話はマナくんから聞いているようだね」

「ええっ! 私まだ何も説明してないよっ!」


 適当に冗談を言っただけなのに当たってるのかよ。


「シンクくん……まさか、人の考えを読めるSHIP能力者なの……?」

「いいや。彼がそうでないことは候補に挙げた時点ですでに調査済みだよ。SHIP能力にそこまで高精度の読心術師はいないしね。おそらく彼は人より勘が優れているのだろう。そういう資質は戦士として貴重だよ」


 二人の話している内容はよくわからない。

 だが、冗談のつもりだったとは言えない雰囲気だ。

 気を取り直してシンクは自分から話を進めることにする。


「いやでも、流石にいきなりそんなこと言われてもにわかには信じられないですよ。実際に見せてもらわないと」


 別に非日常への入口を潜ってしまったのでも全然構わないが、怪しい宗教や悪徳商法でないという証拠は早めに得ておきたい。


「それはもっともだね。マナくん、ジョイストーンは持ってきているかい?」

「もってるよー」


 マナはにこにこしながら答えると、ポケットからビー玉くらいの大きさの宝石を取り出した。

 ボールのように綺麗な円形で透き通るような水色をしている。


「じゃーん! これは≪空間跳躍ザ・ワープ≫のジョイストーンだよ!」

「はあ、瞬間移動でもして見せてくれるんですか」

「なんでわかるの!?」


 いや、そのネーミングで他の連想はできないでしょう。


「まあいいや……しっかり見ててね」


 マナは石を握って目を閉じた。

 彼女の表情から子供っぽさがかき消える。

 その姿は神に祈りを捧げる聖女のようにも見えてきた。


 瞬間、マナの姿が消失した。

 文字通りその場から消えてなくなったのだ。

 まるでテレビのチャンネルを切り替えたようである。


「こっちだよ~」


 肩を叩かれて振り向く。

 そこには確かにさっきまで正面にいたはずのマナの姿があった。


「じゃーん。どう、すごいでしょ!」

「はあ、すごいっすね」

「なんで驚かないの!? 特殊能力とか全然知らない普通の人なのに!」

「いや、驚いてますよ。さすがフレンズ社。まさか超能力まで研究してるとは思ってませんでした。でもラバースコンツェルンの企業ならそれくらいやってても不思議じゃないかなって」

「順応早すぎだよ! 私なんて最初に能力を見た後は三週間くらいトリックかもって疑ってたのに!」


 とは言っても、自分の目で確かめたのだから信じるしかない。

 仮にトリックだとしても超スピードでの移動か、はたまた立体映像か……

 それが人間の隠された力によるものだとしても、科学の粋を集めた魔法のような技術だとしても、一般人にとっては大差がないと思えた。


「で、俺もこんな力がもらえるわけですか」

「最終的にはそのつもりだが、そう簡単に差し上げることはできない」


 それはそうだろう。

 簡単に超能力が手に入れば悪用しようとする者も出てくる。

 何より無造作にこんなものをばら撒けば、世の中が混乱してしまうのは想像に難くない。

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