3 変な先輩たち

「あっ、ご、ごめんなさい。私よそ見してて――って、竜崎先輩じゃないですか」

「あら紗雪……あなたの方から私の胸に飛び込んでくるなんて、とうとう私のモノになる覚悟ができたのかしら?」


 出会い頭に妖しいセリフを吐く女子生徒。

 セミロングの髪に、室内だというのに黒いシルク帽を被っている。

 もちろん校則違反だが、この学校で面と向かって彼女に注意できる人物など誰もいない。


「あ、いえ。そういうつもりでは……」


 面倒な人物の登場にさすがの青山もうろたえていた。

 シンクはこの隙に逃げようと考えたが、気配を察知され振り向きざまに襟首を掴まれた。


「ぐえっ」

「実はちょっとこいつを職員室に連れて行く途中でして」


 とてつもない腕力で前に引きずられる。

 シンクはまるで盾のように竜崎先輩の目の前に突き出された。


「あら。あなた、新九郎とか言ったかしら? 紗雪にしつこく付きまとっているストーカーの」

「……ただの幼馴染だし、付きまとわれてるのはむしろ俺の方ですよ。ひまわり先輩」

「下の名前で呼ぶなぁっ!」


 直前までのお嬢様口調はどこへやら。

 竜崎ひまわり先輩は大声で叫びながらアイスクリームパンチを取り出した。

 手元のスイッチを押すと、先端のボール部分が発射され、シンクの顔面をしたたかに打ち据える。


「いってぇ! 生徒会長が一般生徒に暴力振るっていいのかよ!」

「暴力じゃないわ。愛の指導よ」


 紐を手繰ってボールをコーン部分にをセットすると、自分の名前を気に入らないらしい生徒会長の竜崎ひまわり先輩は、もはやシンクのことなど眼中にない様子で青山紗雪の手を取った。


「ところで紗雪。次の役員選挙の話は考えてくれたかしら? 先も言った通り、立候補さえしてくれれば私の権限で当選を約束するわ。あなたこそ次の生徒会長に相応しい人物なのよ」

「いえ、私は生徒会とか興味ないので……」


 投票で選ばれた生徒会長のくせに民主主義を真正面から否定する発言である。

 青山は気まずそうに視線を逸らしてシンクの方をちらちらと見た。

 なにやら助け舟を出して欲しそうだが……


 こうなったら黙って見ていよう。

 どうせ逃げようとしても捕まるだけだし。


「というか、次の生徒会長は現役の役員の人から選ばれるべきじゃないでしょうか。わざわざ私みたいな一年生から推薦しなくても、生徒会には二年生もいますし」

「リーダーの資質とそれを支える者に必要な資質は違うものよ。残念だけど、今の後輩たちに私の後釜を任せられるだけの人材はいないわ」


 一緒に働いている仲間に対してひどい言い草である。

 そもそも彼女が青山を引き入れようとする理由がわからない。


 クラス委員を務めてはいるが、青山は特別リーダーシップがあるわけでもない。

 もしかして本当に言葉通りの妖しい意味で彼女が欲しいだけなんだろうか。


「あっ、アオイちゃーん!」


 シンクが幼馴染を邪悪な生徒会長の毒牙から守るために戦うか、もしくは生贄として差し出した隙に逃げだそうかと迷っていると、廊下の向こうから足音と甲高い声が聞こえてきた。


 瞬間、シンクはドキリとした。

 思わず姿勢を正してしまう。


「こらマナ、廊下は走らないの。他の生徒の手本になるようにっていつも言ってるでしょう」

「さっき呼び止めようとした私の前を全力で駆けて行ったアオイちゃんにだけは言われたくないよ!」


 活発そうなショートカットの髪。

 子どもをそのまま大人にしたような幼い顔立ちの少女。

 昨日とは違い岡高のセーラー服を来た中座マナは呼吸を整え、怒ったような顔つきで会長を睨んだ。


「それより放課後は新規ちゃん探しを手伝ってくれるっていったじゃない! 初めてのナビゲーターなんだから、ちょっとくらいサポートしてくれたって――むぐっ」

「マ・ナ? 外で不用意な発言はしないようにとあれほど言ってるでしょ?」


 顔の形が歪むほどに両頬を圧迫されたマナは苦しげに何度もこくこくと首を縦に振った。

 しかし会長の手から解放されると、彼女は何の反省もしていないような大声を出す。


「ともかく、新規ちゃんが帰っちゃう前に探さなきゃいけないんだよ! アオイちゃんみたいに仮の名前を使ってるかもしれないし、うちの学校の一年生ってことしか……」


 そこでようやく、マナはシンクの存在に気づいたようだ。


「あーっ、いたーっ! この子だよアオイちゃん、この子がシンクくんっ!」

「どうも」


 大袈裟に騒ぐマナにシンクは軽く会釈を返した。

 子どもが制服を着ているようにしか見えなくても一応は年上なのだ。


「え? 知り合い?」


 青山は不思議そうな眼でシンクを見る。

 まさか昨晩のことを正直に話すわけにはいかないだろう。

 たとえ不可抗力の超常現象、それもわずか数分だけとはいえ、夜中に部屋へ女の子を招き入れたなんて知られたら一体何を言われるかわからない。


「ストーカーくんがマナの探していた子だったのね……新九郎だからシンク。安直……ぷっ」

「ひまわり先輩にだけは言われたくないっすよ」


 無言で飛ばしてきたアイスクリームパンチを両腕で防ぐ。

 続く第二撃に備えていると、マナが思いっきりシンクの腕に飛びついてきた。


「さあ捕まえた! 約束通り今日はしっかり話を聞いてもらうからねっ!」

「今度はちゃんと捕まえておきなさい。新規に帰らされたナビゲーターなんて前代未聞の笑い話よ」


 そんなことを言いながらひまわり先輩は身動きの取れないシンクの顔面にアイスクリームパンチを連続でぶち当ててきた。


 彼女たちが何を喋っているのかはまだわからない。

 だが、どうやらシンクのせいでマナはえらく恥をかいてしまったらしい。

 悪いことをしたとは思うが、夜中に急に現れた女子に対してあの行動は間違ってないだろう。


 つーか顔が痛いんだけどいつまでやってんだよ。


「それじゃ行くよシンクくん! あ……彼女さん? ちょっと彼氏を借りちゃうけどゴメンね! とって食べたりしないから安心して!」

「かっ、彼女じゃないです! というか、新九郎を職員室に連れていかなきゃ私が先生に怒られちゃうんですけどっ」


 なぜか青山は顔を赤くして反論していた。

 そんな幼馴染の様子を見ながらシンクは考える。


 マナに連れて行かれた先に何があるのかはわからない。

 しかし、このまま職員室でタメにもならない教師のお説教を聞くのとどっちがマシだろうか。


「あら紗雪、そんなの気にすることないのよ。教師なんて私がどうとでも処理してあげるわ。なんならクビにしておいてあげる。それよりそこの空き部屋で私と同性間性交渉でもしましょう」

「言った! この生徒会長さん、いろんな意味で公共の場で言うべきじゃ無いことをハッキリ言った!」


 マナはそんな騒ぎなどどこ吹く風で満足げに微笑みながら、シンクの手を掴んでニコリと微笑んだ。


「さ、行こうかシンクくん」

「はい」


 考えた結果、幼馴染を生け贄にしてこの場から退散することにした。

 くるりと背を向けて先導するマナの後についていく。


「新九郎ーっ!」

「往生際が悪いわよ紗雪。私が生徒会役員としての仕事と快楽をその体にみっちりと教え込んであげるのだから、覚悟してついてらっしゃい」

「私はまだ生徒会じゃありませーん!」


 心の中で幼馴染に手を合わせ、シンクたちはこの場を後にした。

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