第参話 『復活 ユリリンガーとガンスミスバニー(前)』
ドゴォォォォン!!!
キャー! ウワー! シヌー! ヒェー! アワワワワ!
ドリルタテロールの《
「(くっ、どうなった…ユリリンガーがドリルを受け止め損ねた所までは見たが……)」
ホソバは気が付いたら倒れていた自分の身を起こし、シェルター内を見回す。
バチバチッ
ユリリンガーYとドリルタテロールの戦いを映していたモニターは亀裂が入って映像を映さなくなっており、天井の明かりも非常用の赤い物へと移り変わっている。よく見ると壁や天井にも亀裂が入っており、一部は崩れている部分さえある。
どうやらドリルタテロールの攻撃は地下シェルターにまで被害を叩き出した様だ。
「良かった…ホソバさん……無事で……」
半壊まではいかずともあちこち壊れてしまっているシェルター内の状況を確認しているホソバの背中に、先程までうるさく聞こえていた声が逆にか細くなってかかった。
ホソバは自分の背中に サッ と冷たい汗が流れるのを感じながら、(そんな筈がない)と思いつつ振り返る。
「へへ…ホソバさんのそんな顔、初めて見ました……」
「あ、ああ…」
そこに居たのは頭から血を流し、崩れたガレキに半身を埋まらせた受付嬢。
起き上がったホソバが見ていたモニター側の被害は少なかったのだが、反対側の壁は大きく崩れており、最初に地下シェルターへ避難した自分と彼女が立っていた場所は全てガレキに埋まっている。
「わ、私を…助けたのか……?」
ホソバは人間社会へ溶け込むための三十代女性の演技を忘れ、ガンスミスバニーだった頃の喋り方で受付嬢へと話しかける。
だが、その声は機械帝国の幹部だったガンスミスバニーの自信溢れる雄大な声とは違い、目の前の大切な物を失う事を恐れる、震えた一匹の兎の鳴き声の如く小さい。
「咄嗟に突き飛ばしちゃったんですけど…どこか痛かったりしないですか?」
「そんな事…誰が…」
「あはは、ホソバさんが危ないって思ったら…勝手に動いてました……」
理解できない。
ホソバの頭の中はその言葉でいっぱいだった。
たかが同僚でしかない相手を命をかけて守ろうとする人間の行動も、
それを深く考えずに咄嗟の判断で行ってしまう思慮の浅さも、
半身が埋まっているというのに心配させまいと笑って話しかけてくれているのも、
そして、彼女の状態を見た自分が、ユリニー様を失った時と同じぐらい動揺しているのにも。
「わ、私は…それぐらいで怪我を負ったりしない…」
「ホソバさんが無事なら良かったです…」
自分は改造手術を受けた怪人なので、たかがガレキに埋まる程度では怪我を負ったりしない。
なのになんだ。この人間は自分を突き飛ばしたことで怪我をしていないかの心配をしている。その代わりに自信がガレキに埋もれていると言うのに。
「違うっ!!!」
ナンダナンダ ウワッ! クズレテルジャネーカ!!
ホソバの叫びに地下シェルター中の人間が反応し、ホソバとガレキに埋もれている受付嬢へと目を向ける。
「私は…私は……」
ホソバは自分が何を言おうとしているのかを理解し、それを言ってはいけない分かっていながらも、何故か口を止める事が出来ない。
先程の叫びで大勢の人間が自分に注目している。こんな状況で自分が改造人間であると、機械帝国の怪人であると暴露したらどうなるのか。
ただでさえ復活した機械帝国の侵略を受けている最中なのだ。人々はパニックに陥ってしまうだろう。下手すると死人が出るかもしれない。
元から自分は人類の敵側の立ち位置だったのだ。それなのに生活の為とはいえ数年も人に紛れて生きてしまった。そのせいで、この娘は命を失おうとしている。
自分が人間の振りをしてしまったから、何の罪もない娘を殺してしまう。
戦いで殺すのならば納得出来た。だが、庇われた事で殺してしまうなどと、機械帝国の幹部であるガンスミスバニーには耐えられない。
だから、今まで隠してきた自分の正体を言おうとしてしまっている。自分は庇われる必要なんて無かったのだと。
今まで騙して来て、命を張らせてしまって、ごめんなさいと。
「みんな知ってますよ…ホソバさんがガンスミスバニーだって事……」
「なっ!!?」
自分の正体を告白しようとしたのに、逆に『知っている』と言われ驚くホソバ。
そして、『みんな』という言葉の意味に気付き、 バッ と後ろを振り返る。
ナンダナンダ ホソバサンガガンスミスバニーダッテヨ エ、オマエイマシッタノ? ソンナコトヨリタスケルゾ!
「そんな、どうして…」
自分がガンスミスバニーだという事にさして驚かない人間を見て、逆にホソバが疑問の声を出す。
自分がこの数年間行ってきた人間の振りは完璧だったはずだ。でなければ早々に機械帝国の生き残りという事がバレて騒ぎになっていただろう。なのに、何故?
「最初はスパイかと思ったんだけどね。すごく真面目に働いてくれていたから」
ホソバの疑問に、ゆっくりと現れた館長が答える。
「だからね、僕がみんなに高砂さんから言うまで気付かないフリをしてねって頼んでいたんだよ」
「館長…」
思えば就職時の面接を行ったのは館長であり、今晩残業してくれないかと言ってきたのも館長だ。
館長は自分が機械帝国の生き残りだと分かった上で働かせてくれていたのだ。
館長だけじゃない。この受付嬢の様に、大勢の者が自分の正体を知りつつも同じ職場の仲間として接してきてくれたのだ。
機械帝国の生き残りを匿っているとバレれば、ただじゃ済まされないというのに。
「それに……ホソバさん普通にコピー用紙が詰まった段ボールを片手で持ち上げて運ぶし……差し入れのスイーツを食べた時や驚いた時に頭の上から兎の耳が出たりするし………結構天然ですよね……」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
自分では完璧に演技をしていたつもりだったが、そんな所で正体がバレていたとは思わずに頭を抱えて唸り出すホソバ。ちなみに今でも頭の上には兎の耳が飛び出していて、ホソバの精神状態を表す様にへにょりとしな垂れている。
「そんな所も…可愛く……て……」
「はっ!? お、おい! 意識をしっかり保て!! えぇと……く、くそっ、どうして!!」
ホソバは段々と声に力を失っていく受付嬢へ声をかけるのだが、ここに来て自分がこの受付嬢の名前を憶えていない事に気付く。
職場に馴染めなかったのは自分がガンスミスバニーとバレていたからだろうに、それでも積極的に話しかけてくれたのがこの娘だ。
機械帝国の元幹部と分かっていながらも、臆する事無く毎日休み時間や勤務後に近くのスイーツ屋がどうだの、スパに一緒に行かないかだの、ラブホ女子会しないかだのと誘ってくれていたのだ。
人間と付き合うのは煩わしいと思って全て断っていたのにも関わらず、この娘は毎日話しかけてくれた。
そんな相手なのに自分は名前を覚えようともしていなかった。こうして命懸けで自分を助けてくれた相手なのに、名前を呼ぶ事が出来ない。
ホソバはそんな自分に、何が『人間の振りが完璧だった』のだと憤る。自分ではそう思っていただけで、周囲の優しさに甘えて居ただけではないかと。
「私…丹羽シロコって言います……ホソバさんと同じ……百合の名前………」
「にわしろこ…シロコだな。今すぐ助け出す、少しだけ待っていろ!!」
ホソバはシロコの名前を確認し、しっかりと刻み込むように数度呟く。
そして、シロコを助ける為にガレキの撤去作業をしている職員達へと言葉を放つ。
「お前ら、離れていろ!」
エ、ナンダッテ? イイカラコウイウトキハハナレルンダヨ
小さいガレキから巡にリレー方式でガレキをどかしていた職員達が、ホソバの言葉に従い作業を止めてモニター側へと移動する。
ホソバはそれを見届けるとすぅっと息を吸い、この数年間封印していたガンスミスバニーの能力を発動させる。敵を倒す為ではなく、人を助ける為に。
「≪
ガァァァン!!! ウオッ! ナンダ???
ホソバの掛け声。いや、ガンスミスバニーの掛け声と共に現れたのは機関銃を乗せる為の三脚架。それも一つだけではなく複数現れてシロコの体を覆っていたガレキを持ち上げている。
ガンスミスバニーの能力の銃器製造だ。
ガレキに含まれていた鉄骨を材料として銃架を作り出し、ガレキの撤去と重量の削減を同時に行ったのだ。
「館長! 応急手当を!!」
「うん、救急箱を持ってきてある。とりあえずはこれでなんとかしよう。誰か詳しい人はいるかな?」
ワタシガヤリマス!!
ガレキに埋もれていたシロコを抱き抱え、比較的無事だったモニターの前へ寝かせるガンスミスバニー。
隣では館長から救急箱を受け取った女性職員がシロコの頭の怪我を消毒したり、体が無事かどうかの確認をしている。
「お願いします。私にはそういう知識が無いので」
マカセテ!!
この女性職員の名前も覚えてはいないが、よく食堂で同じ時間に休憩を取る相手だ。たまに人参ケーキを差し入れで持って来てくれた事を覚えている。
あの人参ケーキは絶品だった。特に甘く煮た人参が上に乗っていた所が。
「さて、これから高砂さんはどうするんだい?」
シロコの応急手当を見守っていたガンスミスバニーに、館長が声をかける。
「私に危害を加えたあいつを処刑しに行く。お前らはその間に避難しろ」
「死にに行くのは駄目だよ? 折角シロコちゃんが庇ってくれたんだから」
「ぐっ…」
「それにね、今は戦える人に居なくなって貰っちゃ困るんじゃないかな。じゃないと世界がダメになっちゃう」
館長は戦いの事はさっぱりだが、それでもユリリンガーYが苦戦している事と、そこにガンスミスバニーが加わったとしても機械帝国に勝つ事は出来ないだろうというのはなんとなく理解している。
今戦っている相手のドリルタテロールは迎撃出来たとしても、機械帝国の攻撃がそれ一度切りで終わるとは思えない。
機械帝国はこの博物館だけでなく世界中を侵略しているのだ。ドリルタテロールに苦戦している様では、世界を相手取っている機械帝国を倒すのは不可能だろう。
「だったらどうしろというのだ! 機械ビーストの無い私では時間稼ぎぐらいしかっ!!」
しかし、だからと言ってここで黙って隠れているわけにもいかない。
いつまたドリルタテロールの攻撃が飛んでくるか分からない上に、次は地下シェルターが耐えられないかもしれない。
だったら自分が囮になり、その間に職場の仲間に避難して貰おうとガンスミスバニーは考えているのだ。人間は憎むべき相手だが、少なくとも自分を受け入れてくれていたこのユリリンガー博物館の人間だけは生きていて欲しいと、そう思っている。
ガンスミスバニーとしてではない。高砂ホソバとしての思いだ。
「あるよ、機械ビースト」
「なっ!?」
そんな覚悟を決めた瞬間に館長から思いも寄らない言葉を言われ。今日何度目か分からない驚きを上げるガンスミスバニー。
カンチョウ、イイノカイ?
「高砂さんなら大丈夫なんじゃないかな。さ、付いておいで」
このユリリンガー博物館では機械ビーストの破片や情報も取り扱っているのだが、飽くまでも博物館に展示できる大きさの破片だけで機械ビーストその物の展示は行っていない。非展示エリアにある物も触れたら危ない破片であり、そもそも中央のユリリンガーY展示室以外に大きな物を置ける場所は無かった筈だ。
ガンスミスバニーは館長の言葉を疑いながらも、館長が嘘を言う事は滅多に無いと知っているので、女性職員にシロコの事を任せてその後ろを黙って付いていく。
「多分、あの敵はここが目的でやってきたんじゃないのかな。高砂さんもそうなのかと思ったけど、そんな素振りなかったし、本当に知らなかったんだねぇ」
ウィーン
館長は地下シェルター入り口近くの隙間にカードキーを差し込み、壁に偽装された扉を開ける。
中は電気がついておらず真っ暗だが、改造人間であるガンスミスバニーには中の様子をはっきりと見ることが出来た。
「こんな場所が…」
地下シェルターに偽装されたこの場所は機械ビースト封印所。
機械ビーストを処分するにしても、敵の息のかかった場所では逆に利用されてしまうだろうという考えの元で秘密裏に作られた、機械ビーストの処分場だ。
中には通常の技術では解体出来ない機械ビーストも居る為、処分場ではなく封印所と呼ばれている。
そしてその中には、ガンスミスバニーが使っていた機械ビーストも存在した。
「半分壊れている状態だけど、高砂さんなら使えるんだろう? 奥のエレベーターが第六駐車場に繋がっているから、そこから出撃して貰えるかな?」
どう考えても館長の独断で行っていい事では無い規模の話であり、後でどんな責任を追及されるか分かった物ではないと言うのに、それでも普段通りの調子でガンスミスバニーにお願いする館長。
「……いいのだな? 私が機械帝国側に着くかもしれんのだぞ?」
「その時はその時だね。でも、今より悪くなる事は無いんじゃないかな?」
「フッ、貴方には適いませんよ。館長」
のほほんとした様子に見えても物事をしっかりと捉えており、常に慌てずに最善を選択する人間。
この数年でガンスミスバニーは館長の事をそう評価していたが、まさかここまでとは思いもしなかった様だ。ただの人間にしておくには勿体ないとも考えている。
タカサゴサン!! コレ、ニワチャンカラ!!!
ガンスミスバニーが館長を再評価していると、先程まで地下シェルターに居た職員の一人が大きな紙袋と抱えてやってきた。
「シロコからだと? 大丈夫だったのか!?」
アア、イノチニベツジョウハネェ ソンデ、タカサゴサンニハコレガヒツヨウダッテ
「そうか…それは良かった……」
自分を庇った事で死なれては困ると思っていたので、命に別状はないと聞いてほっとするガンスミスバニー。
そして、そのシロコが自分に必要だと言っている紙袋を受け取り、この状況で必要な物とは一体何だという気持ちで中を覗く。
「こ、これは!!?」
それはガンスミスバニーにとって、確かに必要な物が詰まった紙袋。
ガンスミスバニーがガンスミスバニーたる所以の物と言っても過言では無い、ガンスミスバニーの為の物が入っていた。
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