第弐話 『襲撃 夜の博物館と螺旋描く縦ロール(後)』
『ユ、ユリリンガーじゃないかですの!!? 話が違いますですわ…』
シュルシュルシュル ガギィン
弾かれた巻き髪ドリルを回収しながら、ユリリンガーYが現れた事に驚くドリルタテロール。
高ユリエネルギー反応を示した物が何だったのかという事は全く考えていなかったらしい。
『ユリリンガーが居る限り、あんたらの好き勝手にはさせないんだから!!』
ガシィィィィンン!!
「そうじゃそうじゃ!」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
ユリリンガーYが立ち上がると共に右腕をドリルタテロールへと伸ばし、ポーズを決めて口上を述べるカノコ。その動きに合わせてノートパソコンを操作する博士。
戦いが終わってから博士がカノコに会った回数は少ないが、それでも最初のパイロットの癖はきちんと覚えている。若い女の子と関わる上で迂闊な事をしては社会的に終わってしまうと恐れ、一生懸命にデータを体に覚えこませたのだ。
『う、うるさいですわ! わたくしは好き勝手する為に機械帝国に入ったんですのよ! あなたみたいなおばさんには負けませんわ!!』
カノコが挙げた口上は当時使っていた定番の物だが、それが行動理念にクリティカルしたらしく、口上を聞いた途端に怒り出してカノコをおばさん呼ばわりするドリルタテロール。
ドリルタテロールは怪人への改造の際に年齢固定されているので外見年齢は十代後半なのだが、実は年齢的にはカノコより上である。それなのに年下のカノコをおばさんと呼んでしまうとは……余程芯を捉えた発言だったのだろう。
『お、おば!? 誰がおばさんよ!!!』
そして、カノコもおばさんと呼ばれた事に腹を立て、咄嗟に言い返す。
しかし、おばさんを否定してもカノコの年齢は28歳だ。都会ではまだまだ働き盛りとして扱って貰えるが、田舎ではもう若者扱いはしてもらえない。
農作業をしている自分の姿が客観的に見ればおばさん臭い事はカノコ自身がとてもよく自覚しているので、ドリルタテロールの言葉もまたカノコにクリティカルヒットしたのだ。
『アラサーはおばさんですわ。現実を認めるべきですわよ、お・ば・さ・ん』
『はぁー? 周りからはまだまだ若いって言われてるんですけどぉー?』
『周りの年齢が高すぎるだけじゃありませんのですの? 同級生は何人結婚して何人子供を産んでらっしゃるんですの? 親に孫の顔を見せれるのはいつになるんですの?』
『結婚や子供って、私はねぇ!!!』
「カノコ君いかん! それ以上乗ってはならんぞい!!」
ドリルタテロールの煽りに対して自分はヒメが好きだから男と結婚したり子供を作る気はないと言い返そうとしたカノコだが、流石にこの場でカミングアウトするのはまずいのではないかと博士が止めに入る。
ユリリンガー博物館はカノコの住んでいる町から車で一時間とかからないのだし、こんな所で外部スピーカーを使って大声でカミングアウトしてしまうと今後の生活に差し支えるだろうと考えての事だ。
カノコチャンナラダイジョウブダヨー!! オトナノミリョクデテルー!!
博物館ではユリリンガーYが出撃したことで手が空いた者達が地下シェルターまで逃げてきており、地下シェルターの大型モニターからユリリンガーYとドリルタテロールの戦いを見て応援している。
「(成る程、ああして避難の為の時間を稼いでいるのか…さすがはユリリンガーだ…)」
「あ、ホソバさんは美人だから大丈夫ですよ! 年齢がおばさんでも全然大丈夫です!! そんな遠い目をしないで下さい!!」
「は、はぁ…ありがとうございます…(そろそろこの娘から離れて離脱できるようにせねば)」
カノコとドリルタテロールのやり取りを好意的に解釈したホソバは、両者が戦っている隙にここを抜け出し、復活した機械帝国へ合流を計ろうと画策を練る。
てっとり早い合流方法は正体を現してユリリンガーYの出力調整を行っている博士の邪魔をし、ユリリンガーYを破壊してからドリルタテロールと共に帰還する事だ。
しかし、復活した機械帝国が前の機械帝国と同じ物なのかや、ドリルタテロールが自分に味方をするのかが不明な為、おいそれと迂闊な事な事は出来ない。
その上、この受付の女の子がべったりと自分に付いて来ているので中々一人になる事も出来ない。
ただの同じ職場で働く間柄でしかない相手なのでさっさと引き剥がせばいいのだが、先程から声は元気でも機械ビーストの襲撃に会った事で小刻みに震えながら腕にしがみ付いて来ているので、この状態で強引に放すのは気が引けて仕方ないのだ。
それにこの娘はとても慣れ慣れしくて困る相手だが、就職当初に中々周囲に馴染めなかった自分と職場との仲を取り持ってくれた相手でもある。出来れば邪険にはしたくないし、可能ならば襲撃から逃がしてやりたいとも思う。
単なる人間相手にこんな感情を抱くとは幹部の頃どころか兎だった頃からは全く考えれなかった事だが、まともな人間社会で生きて数年も経てばこうなるのだろう。
ホソバは自分が変わってしまっている事を自覚しているのかいないのか、自分の腕にしがみついて震える受付嬢の背中を優しく撫でていた。
◆ ◆ ◆
『おばさんの相手なんかしたくないですわけど、これも世界征服の為。お喰らいなさい!! ≪
ドシュゥゥゥゥゥウゥゥ!!!!
『そんな直線的な攻撃っ!!』
ドシィン!! ゴロンゴロンゴロン!!!
『一発じゃ終わりません事よ! もう一度!!≪
ドシュゥゥゥゥゥウゥゥ!!!!
『まだまだぁっ!!』
ガギィィィィィンンン!!!
『ふふん、中々やりますですわね。伊達に世界を救ってはいないという事ですかしら?』
地上では口論していても埒が明かないと気付いたドリルタテロールが攻撃に移っており、ユリリンガーYはその迎撃に追われていた。
攻撃を避ける動作を利用して博物館から離れた第四駐車場に転がり込み、主戦場を移す事で職員達の安全を確保したのはいいのだが、カノコが戦いから離れていたブランクが長い事で咄嗟の判断に数テンポの遅れがある上、思ったよりもユリリンガーYの操縦の反応が遅い事で中々反撃に移れないでいる。
「カノコ君、なんとか近づく事は出来んかの!?」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
『難しいですね……せめてもう一か所手か足の装甲が変わっていれば』
「むうぅ…このままでは先にユリリンガーの関節がヘタってしまうぞい…」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
ドリルタテロールの様な直線的な遠距離攻撃しかしてこない敵は懐に潜り込むのが弱点だとカノコも経験で理解している。しかし、今のユリリンガーYの状態では攻撃を弾きながら踏み込むという事が難しく、動き回って避けるだけで精一杯だ。
このままでは徐々に機体が消耗し、いつかドリルタテロールの攻撃を避け切れずに喰らってしまうだろう。
『いまいちな展開ですわねぇ。そろそろワタクシのドリルを喰らってびちゃっとしてくれません事?』
ドシュゥゥゥゥゥウゥゥ!!!!
『誰が喰らってやるもんですか!』
ザザッ ズゥゥウンン
ドリルタテロールもこの膠着状態に飽きてきたのか、とうとう必殺技の名前を叫ばずに機械的に巻き髪ドリルをユリリンガーYに向けて射出する。
自分は一歩も動かずにドリルを射出しているだけであり、そのドリルも先ほどから山肌を抉るかユリリンガーYの右腕で弾かれるかのどちらかで、獲物を潰した時の感触が全くしなくて面白く無いのだ。
女性、特に若い女性の顔や体をドリルで抉るのが好きなドリルタテロールにとってユリリンガーYの百合の花の如き造形は抉り甲斐がある相手なのだが、こうも避け続けられるといい加減他の物でもいいからびちゃっとしたくなってきてしまう。
『何か他に良さそうな物は無いですかしら……あっ!』
と、そこでドリルタテロールは本来の自分の任務を思い出した。自分の任務の目標はユリリンガーYではなく、ユリリンガー博物館だという事を。
『そうでしたわ! 当たらない花より当たる石ですわ!!』
そう気付いてからのドリルタテロールの動きは早かった。
ユリリンガーYに避けられた巻き髪ドリルを回収する側から体を博物館に向け、 ≪
離れた位置に居るユリリンガーYに自分への攻撃手段が無い事は既に明白なので、こうして隙を晒しても全く問題は無い。
「カノコ君!!」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
『分かってます! 間に合え!!』
ガシンッ ガシンッ ガシンッ ガシンッ
ドリルタテロールがユリリンガーYから博物館へと狙いを変えた事に一早く気が付き、カノコへ指示を出す博士。
勿論、博士は今でも博物館の展示室でノートパソコンを叩いており、博物館が攻撃されれば博士も一溜りも無いだろう。
そうなればユリリンガーYはエネルギーの出力調整が不十分となり、博物館が攻撃される事で結果的にユリリンガーYも行動不能になってしまう。折角主戦場を博物館から離したというのに、これでは意味が無い。
ドリルタテロールの行動は偶然にもこの場でドリルタテロールにとっての最善を導き出しており、ユリリンガーYにとっては最悪の行動だ。最初からドリルタテロールが博物館を壊す事を目的としていたのならば他の戦い方もあっというのに。
『さあ、びちゃっとしなさいませ!! ≪
ドシュゥゥゥゥゥウゥゥ!!!!
『させるかぁ!!』
ガシンッ ガシンッ バッッッ!!
一直線に放たれた≪
『いっけえぇぇぇぇ!!』
ズザザザァ グルンッ!!
そして≪
ガギィィィィィンンン!!! ドォォン!!!
咄嗟の判断でのことだったが、ユリリンガーYの右腕は丁度ピンポイントで≪
「やったの!!」
今のヘッドスライディングからの横回転はユリリンガーYの関節部にかなりの負担が生じたが、それでもまだ戦う事は可能だ。
次は博物館が狙われている前提で戦わなくてはならない。さあ、ここから仕切り直すぞ! と、カノコも博士も一段落して ホッ と気が緩んだその時!!
『お喰らいなさい! ≪
「なんじゃと!!?」
ドリルタテロールの二つ目の必殺技の、≪
今まで右側だけしか使っていなかったのは左を使うのが面倒だったからなだけであり、使えない訳では無かったのだ。
飛び込んだ形のままのユリリンガーYの上を通る様にして、博物館へと《
ドシュゥゥゥゥゥウゥゥ!!!!
『くっ、体制が悪いっ!!』
カノコは地に伏した状態のユリリンガーYを急いで起こしながら毒づく。
先程のヘッドスライディングはドリルタテロールの≪
こんな時、もしもヒメが居たならばドリルタテロールが左の巻き髪ドリルも射出出来るかもしれないと考え、ヘッドスライディングではなくもっと次に繋がる形での迎撃を提案しただろう。
ヒメと一緒に戦っていた時は自分はユリリンガーYを動かす事に集中していて、敵の動きや攻撃の分析はヒメに任せっきりだった。
いかにヒメが自分とユリリンガーYにとって必要な存在だったのかを自覚させられる。
『でも!! 諦めない!! ヒメと腹を割って話し合うんだから!!!』
しかし、だからこそ、ここで自分一人で(※博士が出力調整をしてはいるが)機械ビーストの攻撃を凌ぐ事ぐらい出来ないと、ヒメを迎えに行く資格など無いのだと自分に言い聞かせて叫ぶカノコ。
こんな所で終わってはヒメに会いに行けない。ヒメの目を覚ましてあげる事ができない。ヒメと一緒になれない。そう思い、叫ぶ。
『オーッホッホッホッホ! これでお終いですわ!! ミッションコンプリートですわ~!!』
シュゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ!!!!!
『恋するアラサー未婚女子を舐めるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
ヴィヨン
カノコの叫びにキマシタワー粒子エンジンが反応し、ユリリンガーYのバイザーの奥の目が白く輝く。
キマシィィィィィィィ!!!!
「おお、これは!!」
先程まで半分以下だった出力が急に八割にまで跳ね上がり、腹部の関節から淡い光を放つユリリンガーY。
これならば迫りくるドリルを受け止める事も出来るかもしれない。そう考え、博士は急いで上がった出力をユリリンガーYの全身に行き渡らせる。
ドゴォォォォン!!!
『ああっ!!?』
だが、それでも、不十分な状態のユリリンガーYでは、≪《
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