第弐話 『襲撃 夜の博物館と螺旋描く縦ロール(中)』


『オーッホッホッホッホ! このわたくしにかかれば、たかが博物館の破壊だなんてお茶の子さいさいですわ~!!』


 突如博物館の周囲に響き渡る大きな声。


ズゥゥン!!! ウワー タオレルゾー!!


 続いて揺れ動く地面。


「ま、まさか! 監視カメラの映像を出せるかの!!」


マカセロ!!


 博士の叫びに応じ、職員の一人が博物館の展示説明用のプロジェクターと外部の監視カメラを繋げて外の映像を映し出す。

 ユリリンガー博物館は山の中腹にある為、辿り着く為の途中の坂にいくつもの駐車場があり、それら全てに念の為の監視カメラが付いている。

 主に長期休暇がある時に深夜に学生がやってきては騒いだりゴミを放置していったりする事の警戒用なのだが、折角だからと山の景色を映せれる様に360度カメラを取り付けてあるのだ。

 そして、その監視カメラがユリリンガー博物館第三駐車場付近に現れた物の姿を映し出す。


『さ~て、どう壊してさしあげましょうかですわ~』


ギュィィィィィィィンンンン!!!!!


 機械帝国の機械ビースト。

 ドリルタテロールだ。


「(ドリルタテロールだと? あいつは命令違反で処刑したはず…)」


 ホソバは命令違反を繰り返したことで処刑されたはずのドリルタテロールが現れた事に再度驚き、再度疑問を浮かべる。

 機械帝国は単なる暴れん坊の組織ではなく、しっかりとした規律のある組織である。勿論規律を破れば罰があるのは当たり前であり、余りにも行いが酷い場合は追放、又は処刑される。

 ドリルタテロールはユリニーが控える様に命じていた一般人の殺害を頻繁に行っていたばかりか、中には酷い拷問を行って虐殺した相手も居た。その為、追放では行動が悪化すると判断されて能力を奪った上での処刑を行なったのだ。

 処刑の執行は当時組織内の規律の管理も行っていた自分であり、その最後も見届けている。

 それなのに、機械ビーストと同化したドリルタテロールが現れたのは一体どういう事なのか。しかも先程の演説のユリニーと同じく再生怪人特有のちゃちさが無い状態でだ。


「い、いかん! 防衛装置を!!」


 ホソバが疑問を持っている間にも、ドリルタテロールは巻き髪の先に付いているドリルを ギュインギュイン させながら博物館に近付いており、それを見た博士は咄嗟にいつもの癖でバリアーやキマシタワーミサイル発射装置の展開を指示する。

 しかし、残念ながらここはキマシタワー粒子研究所ではなく、ユリリンガー博物館である。


「博士、博物館うちにはそんな物は無いよ」

「そうじゃったぁ!!」

「法律にひっかかっちゃうからねぇ」


 様々な悪の組織が攻めてくる日本では武器等製造法の内容が一部変更になり、巨大人型兵器を所持している施設は巨大人型兵器の装備の一部や巨大人型兵器を悪用されない為の防衛用に武器・兵器を製造・所持するのが認められているが、このユリリンガー博物館は飽くまでも動力炉を外して動かない巨大人型兵器やその関連物を展示しているだけなので、武器・兵器の製造・所持は認められていない。

 博士は館長の言葉にその事を思い出し、叫びながら残り少ない頭髪を掻き毟る。


ゴゥンゴゥンゴゥンゴゥン


 だが、咄嗟にいつもの癖で動いているのは博士だけでは無かった。


オイー! リフトウゴカシテンノダレダー! カノコチャンダー! エェー!!


 機械ビーストの映像を確認するより早く、揺れを察知した時点でカノコはユリリンガー整備用リフトに飛び乗り、コックピットのある頭部まで昇っていた。

 カノコが戦いから退いていた期間は長いが、それでも不可解な揺れが地震ではなく機械ビーストの歩行による物だと瞬時に察知し、機械ビーストを迎撃する為にユリリンガーYに乗ろうとしているのだ。


ダメダゼカノコチャン! ソイツハマダタタカエルジョウタイジャネェ!!


 だが、このユリリンガーYは博物館に展示する際に武装と装甲を外しており、とりあえず動力炉は取り付けたがまともな戦いは不可能である。

 その上、ユリリンガーYは操縦担当パイロットの他にキマシタワー粒子の管理や機体各部の出力調整の為の制御担当パイロットが必要であり、制御担当パイロットをしていたヒメが居ない状態のユリリンガーYは通常の半分以下の性能しか出せない。


ワー! キャー! オハシヲマモッテヒナンシロー!


「ホソバさん、ほら、早くシェルターに行きますよ!」

「急ぐのは分かりますけれど、手を繋がなくとも…(流石はユリリンガーのパイロット、判断が早い。しかし、あの機体では…)」

「転んだりしたら大変ですから!」


 博物館に残っていた一般職員達と地下シェルターに逃げながら、ホソバはカノコがすぐさまユリリンガーYに乗り込んだ事を内心で褒め、同時に心配する。

 清掃のパートという事で勤務中は機械については詳しくないフリをしていたホソバだが、実際の所は銃の整備どころか機械ビーストを整備する事も可能なぐらい機械については詳しい。

 そのホソバの目から見ても、今のユリリンガーYはまともな状態ではなく、ドリルタテロールどころか量産型機械ビーストにも及ばないという事は分かる。

 そんな状態で出撃する等、わざわざ死にに行くような物だ。

 パイロットならば余計にその事が分かっているだろう。しかし、カノコはそんな事を気にする28歳独身女性ではない。


『みんなが逃げる時間は稼ぐ……うぅん、ヒメに会いに行く為には、これぐらい私一人でも倒してみせる!!』


キマシィィ! キマシィィィ! キマシィィィィ! !


 カノコが頭部のコックピットに入るとほぼ同時にユリリンガーYのキマシタワー粒子エンジンに火が灯る。

 外部用スピーカーからはカノコの決意が語られ、殿の犠牲になるのではなく、敵を倒しに行くのだという覚悟がとって現れる。


カノコチャンガヤルッテンナラ オレタチモヤルシカナイダロ!! オウ!!!


 そして、カノコの覚悟を聞いた整備の人達は避難する足を止め、逆に元の場所へ戻って作業を再開させ始める。先程よりも急ぎながらかつ丁寧にだ。


「私達は私達でシェルターの設備を確認しておきましょう! ほら、ホソバさん! 一緒に!!」

「あの…もう手を繋ぐ必要は…(そうだ…これが、これこそが奴らの強さ……弱き者の為、仲間の為に、あっさりと命を捨てる覚悟を持つ事が出来る…)」

「私! 怖くて震えてるんで手を握っておいて下さい!!強く!!」


 歴戦のライバルだったカノコの言葉と、それを受けて生き生きと整備をする人達を見て、ホソバはどうして自分がずっと負け続けてきたのかを自覚する。

 機械帝国の幹部としてユリニーに忠誠を誓っている自分がユリニーの為に命を捨てる事は当たり前として理解できる。だが、ユリリンガーYのパイロットは一般人であり、ましてや当時は学生だった。

 そんな子供が単なる友人や知り合いの為に命を投げ捨てて戦っていたのだ。人によっては無謀にも見える行動だが、無謀と紙一重の勇気が周囲に伝わり、相乗効果の結果でユリリンガーYはいくつもの窮地を覆してきた。

 ホソバはそんなカノコ達を羨ましく思う。自分はユリニーの為に死ぬ事すら出来ず、こうして生き恥を晒しているのだから。


『高エネルギー反応ですって!? でしたらですわ!!』


ギュィィィィィィィンンンン!!


 だが、そんなカノコが見せた覚悟も、相手にとっては悪い結果を招く事に繋がる場合がある。

 ドリルタテロールは元となった縦ロールお嬢様の時から余り頭がよろしくなかった怪人であり、規律違反を何度も行う事から改造によって知能は上がっても知恵は身に付かなかった事がよく分かる例だった。

 ユリリンガーYのキマシタワー粒子エンジンに火が灯った事で博物館の中で高エネルギー反応が産まれた事がドリルタテロールに伝わってしまい、『』という短絡的な考えで右の巻き髪のドリルを大きく振りかぶり、高速で回転させているのだ。


『行きますわよぉ! お喰らいなさい!! ≪螺旋描く縦ロールコクレア・デーストルークティオー≫ですわ!!!!』


ドシュゥゥゥゥゥウゥゥ!!!!


 そして振り下ろす勢いと共に射出される巻き髪ドリル。

 ドリルタテロールの必殺技。 ≪螺旋描く縦ロールコクレア・デーストルークティオー≫だ。


「何この音!? 大丈夫なの? 大丈夫なの? ホソバさぁぁぁん!!!」

「…ちゃんと手を握っててあげますから、しっかりして下さい(しかし、間に合うのか? ユリリンガー…)」

「うん…」


 高エネルギー反応があるからと言って無暗に攻撃するのは愚の骨頂だが、時にはそれが正解な場面もあり、悪役が登場して即必殺技による施設破壊というのは様式美でもある。

 どんな強力な兵器であれ、使われる前に破壊出来れば脅威にはなりえない。

 今回の機械帝国の侵略の仕方は全てこの方式で行っている様であり、その徹底ぶりは糸羽ヒメの協力を得て万全の物と化した。

 もしかするとユリリンガー博物館の侵略にドリルタテロールがあてがわれたのは、その短絡的思考による行動を予測しての事なのかもしれない。


シュゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ!!!!!


『わたくしのドリルの錆となりなさいませ!!!』


 ≪螺旋描く縦ロールコクレア・デーストルークティオー≫は空気を切り裂く音を立て、博物館に迫る。

 カノコも整備の人達も必死になって作業を急いでいるが、キマシタワー粒子エンジンのエネルギーはユリリンガーYを起動するにはまだ満ち足りない。

 このままではドリルが博物館を砕き、ユリリンガーYにも直撃してしまうだろう。

 絶体絶命かと思われたその時!!


「カノコ君! 右手じゃ!!」

『博士! はいっ!!』


 博士が通信機も付けずに叫んだ声を聴き、カノコは咄嗟にユリリンガーの右腕を上げる。


ガゴォン ガギィィィィィンンン!!!


『なんですの!?』


 博物館にブチ当たるかと思われたドリルが博物館から生えた腕によって弾かれ、ドリルタテロールが驚きの声を挙げた。


カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


「次は下半身じゃ! 上半身は動かぬからバランスを崩すでないぞ!!」

『はいっ!!』


ギュイーン ザンッ ザンッ


 再度挙がる博士の声とカノコの返事に呼応し、ユリリンガーYが芍薬の花の如く立ち上がる。


クズレルゾー アトハマカセテヒナンシロー


「やった! 動きましたよ! ユリリンガー!! 悪の帝国ぶっとばせ!!」

「あの…そう強く抱き着かれますと身動きが…(あの博士もまたユリリンガー達の力の要か…)」

「あ、はい、優しく抱き着きますね!!」

「いえ、そうではなく…(まさかリアルタイムで遠隔の出力調整を行うとは、並大抵の頭脳の持ち主ではない…)」


 ホソバは急に起動したユリリンガーYの動きを見て、木増田輪きましたわ博士が何を行ったかを理解し、天才が為せる技だと認識する。

 そう。博士は本来ならユリリンガーYの機体制御担当パイロットが行うべき出力調整を外部からの手動の遠隔操作で行っているのだ。しかも無線を介した上に、単なる博物館案内用の低スペックのノートパソコンで。


カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


「敵の狙いは恐らくこのユリリンガーYじゃ! カノコくん、ブランクはあると思うがやってくれるかの!」


 カノコがユリリンガーYを動かそうとする動作に合わせ、細かく足首の関節、膝関節、股関節のエネルギーの配分と、それに伴う重心や廃熱の調整の為にノートパソコンのキーボードを叩き続ける木増田輪きましたわ博士。


『博士! 今さら何を言っているんですか!! 私はヒメの為ならなんでもやりますよ!!』


カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


「そうか……分かったわい。今のユリリンガーYは武装は全て無し、出力は通常時の四割、装甲版の換装は右腕のみ済んじょる。厳しい戦いじゃぞ?」

『こんなピンチは何回もあったじゃないですか! 大丈夫です!!』


ザンッ ザンッ ガラガラ ガラガラ


 スムーズとはいい難い動きだが、一歩一歩踏みしめる様に博物館の中から現れるユリリンガーY。

 カノコは八年ぶりに動かすユリリンガーYの操縦管を握り、ヒメと共に戦ってきた二年間の事を思い出す。

 初めての時は慌てて何回もミスをした。

 このままではダメだと博士や整備の皆が止めるのを聞かずに特訓もした。

 ヒメが体調不良でダウンして今回みたいに一人で乗り込んだ事もあった。

 絶体絶命のピンチをヒメと二人で乗り越えてきた、

 ユリリンガーYは世界を救ったロボットというだけでなく、カノコとヒメの二人の思い出が詰まっている。

 だからこそ、カノコはヒメを『二人で一つのユリリンガー』に乗って会いに行くのだと改めて決意する。


『さあ、応えてユリリンガー。ヒメを迎えに行くよ!!』


キマシィィィィィィィ!!!!


 ユリリンガーYはカノコの声に応える様に駆動音を上げ、バイザーの奥の目を白く輝かせた。

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