第弐話 『襲撃 夜の博物館と螺旋描く縦ロール(前)』
JRの駅から車で40分。それ程高くはない山々の谷間の盆地にあり、年間約5万人が訪れるユリリンガー博物館。
ここには今までユリリンガーが戦ってきた歴史と、分かる範囲での敵のロボットの詳細や残骸、そして古くなったユリリンガーYや装備が展示されている。
ユリリンガーのパイロットの情報はリリィセイバーズ訓練生も含めて個人情報という事で展示されてはいないが、入り口の売店でプロフィール付きのブロマイド(月替わり)を売っているのでモロバレであり、これが思ったより来館者の少ないユリリンガー博物館の主な収入源である。ちなみにネットでも購入可能なので博物館に訪れる必要はない。
ユリリンガー博物館の運営管理は当初は県が担当するはずだったが、世界を救ったユリリンガーを県が所持するのは不相応だとして国や国連がちょっかいをかけてきた事があり、紆余曲折の果てに
民間が管理する博物館ともなれば従業員を外部から雇うのが一般的であり、受付から展示品の管理、清掃、警備員と様々な人が働いている。
ユックリオコセー! バランストラナイトオチルゾー!
その外部の従業員の中に、高砂ホソバという30代の女性が居る。
彼女は週に五日だけ閉館後の清掃のパートを務めていて、30代ながらも抜群のプロポーションを誇る大人の女性だ。
私服や清掃作業用の服が地味なのでイマイチぱっとしないが、誰にでも優しく接する彼女の隠れファンは館内に複数名居り、未婚という事も相まって狙っている従業員は数多い。
噂では未亡人なのではないかとも言われており、勤務中にたまに遠い目をしてはうっかりミスをしてしまう部分もご愛嬌だ。何よりその時の目が艶やかで美しい。
だが、そんな哀愁漂う大人の色気を振りまく高砂ホソバは、機械帝国が復活したというこの緊急事態に内心とても困る事態に陥っていた。
その理由とは?
ダカラムリダッテイッテンダロ!! ウルセェ! マニアワセルンダヨ!!
博物館に展示されているユリリンガーYの前で、何やら喧嘩腰に機械を弄っている彼等について困っている訳ではない。
オーライ! オーライ! オーライ! ストップ! オイ! コレウデノジャネーカ!! アシノモッテコイアシノ!
博物館開設当時ぐらいにしか使われなかった大型搬入口から急にトラックやフォークリフトが入り込み、普段は静かな展示室が工場みたいに騒がしくなった事に困っている訳でもない。
「すみませんねぇ、高砂さん。残ってもらっちゃって…」
「いえ、緊急事態ですし…」
機械帝国の侵略から避難せず、館長から『整備の人達のお茶出しやゴミ捨てなんかを手伝って欲しい』と言われて断れなかった事に困っている訳でもない。
「そーですよ所長。高砂さんはパートなんですから避難しても良かったんですからね。あ、もしも帰れなくなったら私の部屋に泊まっていきません?」
「ここの地下シェルターを利用しますので…」
「そうですか……では、また今度ですね!」
この妙に距離感が近くて何かある度に自分を誘ってくる受付の女の子に困っている訳でもない。いや、困っていない事はないが、今まさに困っている内容とは違う。
アイツラドウシテフッカツシタンダ…ユリリンガーガタオシタハズナノニ…
「(本当に…どうして今さら機械帝国が復活したんだ…元幹部である私になんの連絡もなく……)」
そう、高砂ホソバは十年前にこの国を侵略していた機械帝国の女幹部『ガンスミスバニー』だったのだ。
機械帝国だけではない。ネオ機械帝国やビースト軍団にも多少なりとも関りがあり、オブサーバーとしてその後の戦いにも関与していた敵幹部のレジェンドである。
今はもうあの時の様なエグい生足ハイレグのレオタードは恥ずかしくて着れないが、それでも一人で軍の一中隊を相手取れる戦闘能力は健在だ。
それなのに復活した機械帝国からは何も連絡が無い。
自分に音沙汰なく機械帝国が復活した事にも困っているが、ユリリンガー改造基地と化した博物館で働いているという事は機械帝国の敵に回っているという事でもあり、このまま手伝っててもいい物なのか、それともさっさと避難して我関せずでいたほうがいいのか、その判断が付かない事にも困っているのだ。
ジャードウスルンダヨ! ? ネンノタメニモウイッッポンツイカシトケ!!
「(それに、ユリニー様はあの時確かに死んだはず…)」
ホソバは自らの目の前でユリリンガーYに倒されたユリニーの事を思い出す。
あの最終決戦でユリニーは世界中から集められたキマシタワー粒子によって強化されたユリリンガーYエクスタシーの攻撃を喰らい消滅したはずであり、劇場版で現れたメカユリニーは影武者が自らを機械ビーストに改造した物だった。
死んだ怪人が蘇るのは多々ある事だが、先ほどのユリニーの姿は再生怪人特有のちゃちさが全然無かった。もしも本物ならば側近でもあった自分に直接連絡が来そうな物だが、それが全くない上に当時の連絡先は『おかけになった電話番号は…』の自動音声が流れるのみで使用不可能になっていた。
同期の怪人は既に全員倒されているか消息不明なので相談出来る相手は居らず、こんな状況では何をしたら良いのか分からない為、とりあえず普段の仕事の延長で(本当にいいのだろうか…)と悩みながらも雑用を手伝っているのだ。
オーイ プリンターノヨウシドコダー
「あ、はい。A4でよろしいでしょうか?(やはり、直接お会いするしか無いのだろうか…)」
オオメニイレトイテクレー
「では、ダンボールを横に置いておきますね。他のサイズの用紙も置いておきます(しかし、残業を受け入れたからには途中で抜け出すわけには行くまい…)」
アンガトー
ホソバは幹部の頃から面倒見が良く厳しくも優しい上官と言われていたが、一方では真面目過ぎて融通が効かないとも言われていて、一度頼まれた事を途中で投げ出す事を是としていない。
この性格が原因でユリリンガーYを追い詰めながらもあと一歩の所で取り逃がしてしまう事が多々あり、そんな憎めない部分とエグい生足ハイレグレオタードの衣装のお陰で敵ながら一般市民からの人気が高く、十年経った今でもガンスミスバニー専門の薄い本即売会が年に二回開かれている程である。
「(よし、作業が一段落したら避難させてもらうと伝え、そのまま自宅に帰るフリをして機械帝国に合流しよう。それまではちゃんと作業の手伝いをするんだ)」
バァン!!
「改修作業はどうじゃ? どこまで進んじょる?」
「みんなー! 久しぶりっ!!」
ホソバが前の職場と今の職場の両方を大事にする事を決めた時、博物館のドアが勢いよく開かれ
ハカセー! ヤッパダメダッテコレー! カノコチャーン! オボエテテクレタノー? ヒサシブリー!
「あはは、もうそんな歳じゃないからちゃんは止めてよ、ちゃんは」
確かに28歳でちゃん付けは少し恥ずかしい。
「改修班は不可能そうな部分をリストアップするんじゃ! 整備班は出力が半分以下でも動かせる様バイパスの調整じゃ! 急ぐぞい! 敵は待っちょくれん!!」
ガッテンダ!!
カノコが整備の人達からちゃん付けで呼ばれるのを嬉し恥ずかがっている横で、博士は整備工場と化した博物館の展示フロアに現れると同時にへ支持を出す。
機械帝国と戦い始めた時は殆ど自分一人で整備を行っていたので、ユリリンガーYの何処をどうしたら良いというのは既に頭に入っている。後は時間と資材が間に合うかだけなのだ。
「博士、カノコちゃん。よく無事に来てくれたね。ヒメちゃんは?」
予定では二人を連れて来るはずだったのにカノコだけを引き連れて現れた博士を訝しみ、ストレートに質問をぶつける館長。
館長は博士がキマシタワー粒子を研究しだした頃からの友人である。機械の事はさっぱりだが、博士が急に『出力が半分以下でも動かせる様に』と言い出したのには何か理由があると確信した上での質問だ。
「ヒメ君は機械帝国側に着いちょる。自分の判断なのか洗脳なのかは分からん」
「なるほど…どうりで…」
館長は博士の言葉に腑に落ちたという表情で頷き、顎に手を当てる。
いくら機械帝国をはじめとした悪の軍団が優秀かつ神出鬼没だからと言っても、これだけ何回も悪の軍団から侵略を受ければ対処法は確率される物であり、本来ならば各地区に存在する国立防衛隊が出動・対処を行うのである。
それ以外にも巨大兵器を独自に所持する機関や個人はいくつか存在している為、今回の様な世界を同時に相手取る侵略というのは事前に察知されるか直ぐに食い止められる筈である。
しかし、その戦力やシステムの事に詳しい立場の人間が裏切っていたとすれば、今回の様に全く気付かれないまま世界中に手を回してあっという間に侵略を行う事が可能だろう。
ヒメはリリィセイバーズだけでなく世界中のスーパーロボットや防衛機関と関りを持っていた為、そのヒメが裏切った事で今回の機械帝国の侵略が成功してしまったのだと館長は納得したのだ。
「でも大丈夫です! 私がヒメを止めてみせます! パートナーですから!!」
館長の反応を不安がっている様子だと思ったのが、カノコは元気いっぱいに艦長に向かって自らの決意を語る。
その声は機械音や整備音で騒がしかった館内にもよく響き渡り、話の前後は分からなくともヒメがこの場に居ないのは機械帝国のせいだという事が全員に知れ渡った。
ソンナ…ヒメチャン… アイツラゼッタイニユルセネェ!!
「(糸羽ヒメが機械帝国に着いただと…? パイロットを引き離すなど、ユリニー様らしくない……)」
勿論ホソバにもカノコの声が聞こえており、『ユリリンガーは二人揃ってこそ倒すべき相手に相応しい』と言っていたユリニーの方針と全く違う事になっているのに疑問を持つ。
ユリニーが率いる機械帝国は力で世界を征服するのが目的であり、罠を張ったり策略を駆使する事はあっても戦いその物を避ける行為は邪道とされていた。
正々堂々と正面から敵を打ち破り、固い絆で繋がれた相手だろうと割って入って破滅させてやるというのがユリニー・ハサマレタインの信条である。
だからこそ、ホソバはヒメが『機械帝国に着いた』という事に強く違和感を感じている。それが本人からの申し出であったとしても、ユリニーならば断わり、逆に今までお前たちが守ってきた物はなんだったのだと説教をして追い返すだろう。
「(何かおかしなことが起きているに違いない…私が確かめねば…)」
ホソバは復活した機械帝国に合流して、尚一層何故今蘇ったのかを問いただす必要があると確信する。
今ある情報で判断する限りでは全く別の何者かが機械帝国の名前とユリニーの姿を使っている可能性がある。それならば、そんな輩は自分が始末しなくてはならない。機械帝国の名を騙った事を後悔させてやらねばなるまいと決意して。
ズゥゥゥン パラパラパラ
「な、なんじゃ? 地震か?」
だが、ホソバが決意を固めた時、ユリリンガー博物館には脅威が迫っていた。
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