第壱話 『衝撃 カノコの秘密とヒメの秘密(前)』

ガラガラー イラッシャーイ


「カノコ君、ここにいたのか!」


オキャクサーン ワルイケドキョウハモウムリダヨー


「客じゃないわい! この娘に用があるんじゃ!」


アイヨー


 店内の客の避難が終わり、ガレキを片付けている最中の居酒屋に白衣を着た老人が現れた。


「博士……?」


 カノコは相変わらず立ち尽くしたままに虚ろな目で機械ビーストが飛び去った方向を見ていたのだが、自分が知った顔が現れた事でようやく目線を空から降ろす。


「そうじゃ、久しぶりじゃなカノコ君。そして、君に頼みがある」


 この老人はカノコとヒメを機械帝国との戦いに送り出した張本人の木増田輪きましたわ博士。

 ユリリンガーYの製作者で、リリィセイバーズの発足人だ。


「もう知っているかもしれないが、君の後輩達は全て出撃不能に陥った。量産型ユリリンガーも、他のスーパーロボットも全部じゃ」

「はい…ヒメが言ってました。ヒメの勤めている会社が関わっているって…」

「な、なんじゃと!? ヒメ君が? …なる程、道理でああも簡単に警備をすり抜けられたんじゃな…」


 博士はヒメが敵側に周っている事に驚くが、逆に敵の手口が鮮やかすぎた事の理由が分かったと納得する。

 ヒメから『カノコには黙っていて欲しい』と言われていたので伝えてないが、ヒメは何度かリリィセイバーズの基地に訪れて後輩達の指導をした事があるのだ。その時に重要施設の場所や警備の薄い場所に見当を付けていたのだろう。


「ヒメ君の事は問題じゃが置いておこう。ワシがこうしてカノコ君の元に訪れたのは、もう一度カノコ君に世界を救って貰うお願いをしに来たのじゃ」


ササッ!


 カノコに会いに来た用件を言うなり、流れる様な動作で一分の隙も無い完璧な土下座をする博士。


「私…? 無理ですよ…」


 しかし、そんな見事な土下座に見向きもせず、もう一度ヒメが飛んで行った方向を見つめ、溜息を吐く様にに答えるカノコ。

 もうどうなってもいい。そんな投げやりな雰囲気を醸し出している。


「戦う力の事なら大丈夫じゃ! 全ての量産型ユリリンガーは破壊されたが、まだ博物館に展示していたユリリンガーYが残っておる。君達が最初に乗っておったプロトタイプじゃ! 今、研究所の皆でそいつを最新型のユリリンガーへと生まれ変わらせちょる!」


 カノコの諦めを戦う力が無いからだと勘違いした博士は、土下座をした格好のままカノコの為に全力でユリリンガーを用意していると語る。


「ブランクのある君では荷が重いだろうが、あのユリリンガーはカノコ君とヒメ君にしか動かせん。なんとかやってくれんか?人類の為に、もう一度頼む! カノコ君!!」


 十年前に世界を救ったカノコとヒメ。

 博士は二人に激しい戦いを二度も経験させた事と普通の生活を奪ってしまった事を悔いており、半ば強制的に引退をさせたという経緯がある。

 そんな二人を再度戦って欲しいと頼む博士の覚悟は並大抵の物ではない。床に着けた額にはうっすらと血が滲んでいる。


「でも、相手はヒメなんです……私が、私が初めて好きになった人……初めてずっと一緒に居たいって思った人…初めて、私の全てを捧げてもいいと思った人の、ヒメなんです!!」

「な、なんと…」


 カノコの泣く様な叫びを聞き、ようやくここで二人に何があったのかを察する博士。そして、これ以上の説得は難しいかもしれないとも悟ってしまう。

 単純にどう声をかければ良いのか分からないというのもあるが、カノコとヒメの間に何があったか分からない状態で迂闊な事を言ってしまえば、カノコがヒメの味方をしてしまうという逆効果になる恐れもある。

 自分の半分以下の年齢の女性の痴情のもつれについて想像だけで関わるのは難しい。せめて、そのやり取りの内容さえ知っていれば…


ジョウチャン アンタハイマスグイクベキダゼ


 その時、居酒屋のカウンターの奥から声が挙がった。


「え…?」


 カノコと博士の間に割って入ったのは居酒屋の大将。

 カノコが店に入ってから今迄の全てを見ていた唯一の人間だ。


アンタ、アノコガスキナンダロウ? ダッタライカナキャナンネエ


「で、でも…ヒメは待っていてって…」


イッポウテキナオシツケハアイジャネエゼ


「!!???」


イッショノタチバニナッテコソ、アイシアエルッテモンダロ。チガウカイ?


「あ、あぁ…」


 大将の言葉に、カノコは気付く。

 ヒメは自分を守ると言っていた。

 そして、自分もヒメを守ると思っていた。

 一見、お互いにお互いを想っている様に見えるが、全く違う。どちらも一方的な押し付けなのだ。


「博士っ!!」

「お、おう…」


 大将の言葉を聞いてから手で顔を覆って蹲っていたカノコだが、急に立ち上がると、博士に向かって決意を込めて叫ぶ。


「私、やります。ヒメを止めてみせます!」

「おお! やってくれるか!」

「はい! そしてヒメに謝ります! 私は間違っていた。ヒメを守るつもりでいた。勝手にそう思っていたって。ヒメを止めて、世界を救ってから、謝ります!!」


 大将の言葉で迷いが晴れたカノコは学生時代の時の様に輝いている。

 これこそがユリリンガーYのパイロットのカノコ。何事にも諦めない、真っ直ぐなカノコ。


「そして、ヒメも勝手に私を守るつもりで居たのを謝れって言います! 私達は二人で一人のユリリンガー! どちらかだけに負担をかけるんじゃない! お互いに支え合って戦ってきたんです! 私も!ヒメも! それをすっかり忘れてた! ありがとう、大将!!」


ヘッ、イイッテコトヨ


 今迄忘れていた物に気付かせてくれた大将にお礼を言うカノコ。

 この店は魚介が新鮮なだけじゃない。この大将が居るからこそ優良店なのだ。


「ヒメ、待ってなさい!! ユリリンガーのパイロットとして! ずっと一緒に戦っていたパートナーとして! 私があなたを止めてみせる!! そして、今度は私から告白してやるんだから!! 」


 半壊した居酒屋の店内に響き渡るカノコの声。

 ヒメの告白を聞いて弾けた決意は、ビールの泡の如く新たに湧き上がる。

 アラサー女性の危機感と十代の頃の輝きの両方を併せ持った今のカノコは機械帝国になんか負けやしないのだ。


「そして私からキスもしてやるんだから!!! 覚悟しなさい!!! ヒメ!!!!」


 行け、行くんだユリリンガーY。その愛が、世界を救う希望となる!!!

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