第壱話 『衝撃 カノコの秘密とヒメの秘密(中)』


ジリリリリリリリン♪ ジリリリリリリリン♪


突如鳴り出すヒメのスマホ。


「ごめんカノコ。仕事の電話かも」

「あ、うん…」


 そして、ハンドバッグからスマホを取り出し、そそくさと席を立ってお手洗いの前のスペースで電話に出るヒメ。

 折角覚悟を決めたというのにいい所で邪魔をされて告白のタイミングを外されたカノコ。仕方なくテーブルに届いたタコ田楽に齧り付き、やり場の無いもどかしさを吸盤をコリコリする事にぶつける。


「はい……はい……えぇっ? それは明日の話では? ……ええ、はい。もう既に……はい……」


 ヒメは電話をしながらスケジュール帳を取り出し、何やら内容を確認しながら声を挙げている。

 どうも急に予定が変わったらしく、スマホを肩と耳で挟みながらしきりにスケジュール帳の上にボールペン走らせている。

 あれは完全に仕事の目だ。


「(私がヒメを養ってあげれば、あんな苦労しなくて済むのにな…)」


 カノコは未だ家事手伝いの身だが、本気でヒメを嫁に迎え入れようと考えている。

 どうせ本家の跡取りは自分だけなのだのだし、今迄断ってきた見合いを受ける条件としてヒメを妾(という建前で本妻)に迎えてしまえばいいと思っている。

 祖父と分家が何を言ってくるかは分からないが、いざとなれば駆け落ちをする覚悟もある。その為の資金は豊富にあるのだから。


「はい、はい、分かりました……これからですね。ええ、準備は出来ています。少し個人的な用がありますが………はい、ありがとうございます」


 ヒメが相手に見えるわけないのに電話をしながら深々とお辞儀をし、暫くお辞儀の体制を維持してからスマホを鞄に仕舞う。


「今から仕事?」


 席に戻っても座る素振りを見せないヒメに声をかけるカノコ。

 もしもこのままカノコが行ってしまうというのなら、今の内に思いだけでも伝えておかねばなるまいと考えている。

 その為に緊張感を誤魔化そうとジョッキで5杯もビールを飲んだのだから。


「そうね…凄く急でカノコには悪いんだけど…」

「だ、だったらヒメに伝えたい事むぐっ!!?」


 しかし、カノコがヒメに自分の気持ちを伝えようとしたその瞬間、なんとヒメがカノコの口を自分の口で塞いだ!!


ジュル クチュ ズズッ


 そして下品な音を立ててカノコの口内を啜り出す。

 大人の口付けどころか、完全に相手を求めるタイプのガチな口付けだ。


「んっ!? んん???」


 いきなりヒメに口の中を吸われ、両手でしっかりと頭をホールドされ、逃げる事が出来ずになすがままにされるカノコ。

 確かに最終的にヒメとこういう事をする関係になりたかった。確かに今日は気合の入った下着を身に付けてきている。でも、それは段階を踏みたかったし、何よりこんな場所では望んでいない。出来るなら天蓋とカーテン付きのふわふわベッドの上が良かった。流石に小料理屋のカウンターでは恥ずかしすぎる。


オキャクサン アンマリカゲキナノハコマルヨ−


「んっ…そうね、これぐらいにしておくわ」

「はぁ…はぁ…はぁ…」


 流石に他の客の目の毒になると判断した大将から注意が入り、ヒメは名残惜しさを醸し出しつつもカノコの唇を解放する。


「カノコ、ごめんね。びっくりしたでしょ?」

「ふぁ…ふぁい?」


 カノコは突然の事で気が動転しているのと、ヒメに口内を吸われすぎた事による酸欠でくらくらしていて、まともな返答が出来ていない。


「私ね、ずっとこうしたかったの。カノコを私の物にして、カノコに私の劣情をぶつけたかったの。高校の入学式でカノコを見た時から、ずっと」

「………えっ?」


 自分の気持ちを確かめる様、ゆっくりと秘めていた気持ちを語るヒメ。

 カノコはまだ頭が追い付いていない様だが、とりあえず呼吸は整ってきた。


ガタガタ

ン、ユレタカ?


「ユリリンガーのパイロットになった時や、ショーグンマナティーの時や、フォートレスセンザンコウの時もそう。こんな小さな体で必死に戦う貴女を見て、ずっと貴女を私の物にしたいと思ってた。私が守ってあげなきゃって思ってた」


 ヒメは目がとろんとしていて、カノコを正面から見ているはずなのに焦点が定まっていない。

 まるでカノコ本人ではなく、カノコの居る空間その物を瞳に捉えている様な目だ。


「え、でも…予備校の時の彼氏は…」

「あれは実験よ。ペットのつもりで男を飼ってみれば私でも彼氏が作れるかなって思って試してみたんだけど、結局貴女が欲しくなっちゃって処分しちゃった」

「しょ、処分!?」


ズンッ ズンッ

ナンダナンダー ジシンカー?


 まだ混乱が解けておらず、色々と理解が追いついていないカノコ。

 ヒメの『処分』という言葉に反応し、(ヒメが殺人を犯したとなれば一大事。ヒメが警察に捕まっちゃうから一緒に逃げないと!)と世界を守る為に戦った戦士らしからぬ事を考えてしまっている。これが愛なのだろう。実に盲目だ。

 だが、カノコの想い人のヒメは既にそんな場所は通り過ぎている。ヒメの考えはカノコの数段先の高みに居るのだ。


「大丈夫よ。死んではいないわ。改造されて機械ビーストになっただけ」

「機械ビースト…? ヒメ! あんた何を!!」


ガバァン!!!!

キャー!ウワー!


 機械ビーストという単語を聞き、瞬間的に覚醒して頭がはっきりしたカノコがヒメを糾弾しようとしたその瞬間、突如して居酒屋の玄関が吹き飛んだ。


『まだ時間がかかるのかい、姉さん』


 破壊された玄関から見えるのは巨大な機械とも獣とも判断出来ない異様な物体。

 悪の機械帝国が地球侵略に使用していた機械ビーストだ。


「機械ビースト!? それに、その声は!!」


 外から現れた機械ビースト以上に、機械獣から聞こえる声に驚くカノコ。

 この声は聞いた事がある。しかし、もう聞こえるはずの無い声。失われた命の声。


「そう。あのクリスマスの日に私が留めを刺した機械帝国のサイボーグのテリハよ。そして、あの日に十年振りに再開した私の生き別れの弟」

「お、弟!?」

「私、孤児院から今の親に引き取られたの。そして、テリハは機械帝国に引き取られた…」

「そんなの知らなかった…」

「ええ、言ってなかったから」


 あのクリスマスの日に戦った相手が生きていた事。そしてその相手がヒメの弟だった事。ヒメが孤児だった事。

 ヒメが自分を好きだったという事だけでいっぱいいっぱいなのに、更に驚きの事実がカノコに襲いかかる。


ドーン ドーン ウワー! タスケテー!


「この音は!?」

「これも言ってなかったわね。私の仕事、派遣会社の事務だけど、派遣は派遣でも戦闘員や破壊ロボの派遣なの」

「え?」

「ネオ機械帝国や超ビースト軍団。大地の揺り籠党とイルミナチィも顧客よ。機械帝国以降の敵は全て私が関わっていたわ。そして、これから始まる終末作戦も…」

「ヒ、ヒメ…?」


ウ、ウワァ! テレビヲミロ‼︎


 壁が壊れた事と機械ビーストの出現にてんやわんやの居酒屋内だが、ある客の一言で店内に居る人間全ての目線がテレビへと向く。


『人類よ、私は帰ってきた。全ての帝国を影で操り、全ての破壊ロボを作り上げた悪のカリスマ。ユリニー・ハサマレタイン様だ!!』


 そこに映るはかつてカノコとヒメが倒したはずの機械帝国の帝王ユリニー。

 そして、世界中の都市で暴れる機械ビーストの姿。


「み、みんなは? リリィセイバーズのみんなは?」


 リリィセイバーズとはカノコ達が引退した後に結成された量産型ユリリンガーを主軸としたスーパーロボット部隊の事であり、NPO団体の名称でもある。

 カノコは街が破壊されている様子から、機械ビーストと戦う為の筈のリリィセイバーズに何かがあったのではないかと心配して声を挙げたのだが…


「世界中のスーパーロボットは全て工作員の手によって破壊されているわ。だから、私が怪我をしたり命を落とす事は無いの。安心して」

「ッ…!!?」


 ヒメはそれを自分に向けた心配だと解釈し、優しく微笑みながらカノコに返す。

 カノコはそんなヒメのまともじゃない様子に言葉を失う。


「とりあえず、この国の政府を支配したら迎えにくるから、それまで大人しく待っていてね、カノコ。………もう、私は我慢しない事にしたの。私は生きたい様に生きる。こんな国は終わらせて、二人で幸せに暮らしましょう? 私が守ってあげるから。ね?」


ウイーン


 まるで小さな子を諭すかのようにカノコに向けて決意を語り、居酒屋に現れた機械ビーストの掌へと昇るヒメ。

 その目は既にカノコすら見ていない。虚空を見つめている。


『もういいんだね、姉さん』

「ええ、行きましょう」


ボボッボボボボ ブボー


 ヒメを救い上げた破壊ビーストは慎重にバーニアを蒸かし、これ以上居酒屋の建物を破壊しないように細心の注意を支払いつつ飛び去って行く。

 行先は東京で、これから政府を支配しに行くのだろう。

 ヒメはこんな時に冗談は言わない。やると言ったらやる娘なのだ。





「ヒメ…」


 機械ビーストが飛び去って暫く後、カノコはぽつりとヒメの名前を呟く。

 ヒメに『大人しく待っていて』と言われたカノコは咄嗟に動くことが出来ず、ヒメを止める事も、居酒屋の客を避難させる事も、機械ビーストを攻撃する事も出来なかった。

 あれは機械ビーストだ。人類の敵なのだ。

 しかし、あれにはヒメが乗っている。

 ヒメが人類の敵に関わっている。

 自分が好きな相手のヒメが。

 自分を好きだと言ってくれたヒメが。


「分からないよぅ…ヒメぇ…」


 カノコはこれから自分がどうしていいのか、ヒメの言葉にどうしたらいいのかが分からず、唯々、その場に立ち尽くすだけだった。

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