第71話 フェンリルの鼻
私がアオイさんと王城に着くと、門番はぎょっとした様子で飛びのきました。
それはそうでしょうね、フェンリルに乗っていきなりやってくる魔女なんて、ぎょっとするしかないでしょう。そもそもそんなに居ませんからね、フェンリル。
私はアオイさんの上から門番さんに申し訳なさそうに声を掛けました。
「すみません、このまま通してもらえますか。あと、私がいいと言うまでここから誰も出さないでください。もう出て行かれた方がいるなら教えてくださると助かります」
「いえ、城の中は騒ぎで出て行かれた方はいらっしゃいません……魔女様のお申し付けとあれば、本日は誰も外に出さないように致します」
「ありがとうございます。――いきましょう、アオイさん」
怯えながらもしっかりとした受け答えをしたくださった門番さんにお願いし、私はアオイさんに跨ったまま悠々と王城に入ります。
屋内は動きにくい、と言って玄関先で背中から下ろされると、アオイさんは狼大のいつものサイズへと小さくなりました。
「まずは毒の入っていた料理、それからそれと全く同じ料理を作らせてもってこさせてくれ」
「わかりました」
アオイさんには何か考えがあるようです。私と言えば、今日の出来事ですっかり頭が疲れてしまってろくに考える事もできず、アオイさんの言葉をそのままお城の人に伝えるので精いっぱいでした。
毒の入っていた料理は「どう処理していいかわからない」という理由でそのまま残されていたのですぐ運ばれてきました。複数のスパイスと魚介を使ったスープです。
少し待つと、同じ料理が湯気を立てて運ばれてきました。
アオイさんは先に湯気をたてている出来立ての料理の匂いを嗅ぎ、次に毒の入っていたスープの匂いを嗅ぎます。
「分かった。次に、この料理を作った人間、よそう、運ぶ、など関わった人間を集めろ」
「……アオイさん、何が分かったんです?」
「毒の匂いだ。今ならまだ誰もこの城を出ていない。沐浴してないと考えるべきだ。ならば匂いでわかる」
「わかりました……、お任せにしてしまってすみません」
「いいんだ。俺にできる事は何でもする。そうお前に誓っている。さぁ、集めろ」
私はまたしてもアオイさんの言葉に従って(毒の匂いの部分には触れずに)この毒入りスープに関わった人間を全て集めてもらいました。
このスープを作った料理長、運んだ女官、配膳した女官、合計3人です。毒見役の方はご自身も毒を飲んでしまっているので除外でいいでしょう。
3人は実に不愉快そうに……そして、不安そうにアオイさんに順に匂いを嗅がれています。
疑われるのは心外だった事でしょう。3人の表情は険しいものです。
アオイさんは配膳の女官の前で足を止めました。
「お前だな」
王城の広間での出来事でしたが、その広間に集まっていた人たちからざわめきが漏れます。私の頭が働いていれば人払いもしたのですが、いかんせんうっかりしていました。こんな大勢の前で犯人扱いされた女官は血相を変えて言い返します。
「な、なによこの犬! 私が何だっていうの!」
「お前から毒の匂いがする。お前が料理に毒を入れたな?」
「そんな事してないわ!」
「しかし、今も持っているだろう?」
アオイさんが冷静に指摘すると、女性はぐっと言葉に詰まりました。
誰か早くこの犬を摘まみだして、と言いたいのでしょうが、今は第二王子を救った私がそばにいます。そんな事を言えば認めたと同じ事です。
女性はうなだれると、ゆったりとした合わせ布のスカートの上から小さな小瓶を取り出しました。
「……毒だなんて知らなかったのよ」
それを見ていた兵士さんたちが「捕らえろ!」と言って飛び出しそうになるのを、私が片手で制しました。
彼女の言葉に嘘は無いように思います。今となっては、何故こんな大騒ぎになってしまったのか、何故こんな事になってしまったのか、この先自分はどうなるのか。そういった不安で顔面蒼白です。
王城全体がそのような雰囲気だから今日は乗り切れたかもしれません。
ですが、暴かれなかったら、いずれ彼女は自分で自分をどうしていいか分からない状況に陥っていたはずです。
彼女と話がしたい、と申し出て、小さなサロンへと通されました。
中に居るのは私とアオイさん、そして女官の彼女だけです。
「詳しい経緯を話せ。何もお前が黒幕だとは思っていない」
「貴女のお話を伺ったら、貴女への嫌疑は私が晴らします。どうしてそれを料理に入れたのですか?」
アオイさんと私で彼女に優しく尋ねます。
彼女は幾分か迷い……、嘘を吐くか、真実を話すべきか……、そして、真実の方を口にしました。
「……きっと私がやった事なんて、魔女様にはお見通しなのよね。ならば話すわ。これは右大臣に渡されたものなの。右大臣はこの国では第二王子の派閥のトップよ」
第一王子と第二王子が王位継承権を争っている最中、何故第二王子派の右大臣が? という疑問はありましたが、この女官から全てを聞くのはきっと無理でしょう。
「右大臣は、これは新しいスパイスでまずは第二王子に黙って食してもらい、その後第二王子の名を冠して民に卸す、そうすれば民衆の人気が第二王子に集まる……そんなような事を言っていたわ。私も第二王子の方が好きだから……妙案だと思ったの。そしたら……もう、どうしてこんな事に……」
話の経緯は分かりました。女官のした事を私には責める事はできませんし、これは口車に乗せられただけだと誰が聞いても分かるでしょう。
彼女の身の安全は私が保証する事を約束して、私とアオイさんは右大臣に会うためサロンの外に出ました。
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