第70話 王位継承争い
この南の国……いい加減名前で呼びましょう、サラマイーツ王国では、第一王子と第二王子による王位継承権の争いが続いていました。
それは他国にも伝わる程……今は父王様が臥せっていらっしゃるので、余計に過激になっています。
王位継承は先代の王からの宣言によって行われます。父王様が意識を取り戻さなかった場合は決闘によりどちらかが敗北を宣言するか命を落とす事で決定します。
決闘をするよりも前に、どちらか片方が亡くなられた場合も同じ事です。残った方が王位を継承します。
お互いに毒を盛るくらいはしかねない勢いでしたが、毒を盛った相手が誰かなどというのは、この状況では火を見るよりも明らか。
そして毒を盛られたのは第二王子のシャルルカン様。普通ならば第一王子のレフィティム様か、その側近が行ったものと考え糾弾されても言い訳はできないでしょう。
しかし、物事はそう単純には動きません。今回の毒が私によって治療されてしまったからです。
敢えて自ら毒を煽ったのではないか……、第二王子に懐疑的な貴族階級の方はそう思うかもしれません。実際、王宮ではそのような目でシャルルカン様を見る人も少なくありませんでした。
「そこで思ったのです……、私がこの国に来たのは偶然ですが、私があの毒薬の元となるレシピを作った事を知っていて、かつ、私を陥れたいのは誰なのか」
そう、あえて視点を王子ではなく私に照準を合わせて考える事が肝心です。
王位継承争いの最中だというのはこの国、ひいては他国でも常識。
どちらの王子でもよかったのだと思います。たぶん、伝手があったのが第一王子一派だったのでしょう。そして、毒を盛られた第二王子がそのまま死ねば御の字、死なずに助かったとしてもこの状況でこんな分かりやすい事をするなんていうのは自作自演である……そういう空気を作れれば第一王子にとっては追い風でしょう。
毒の出どころを調べていけば(この国の諜報技術がどこまでの力を持っているかは謎ですが)、もしかしたら私に辿り着くかもしれない。そう、ギュスターヴ王国の私を陥れたい相手が入れ知恵する事も可能です。
「いくら内密とはいえ、国王様が私を訪ね、そのすぐ後に出て来た毒による騒ぎです。うまくやれば、常に目を光らせていれば、私に辿り着く事は決して不可能ではありません」
「ふぅむ……少しばかり悪い方に考えすぎな気もしなくもないが、言っている事は分かるぞ」
「あくまでマリー様を陥れる、という視点で見た場合ですがね。そこまで恨みを買った覚えがおありですか?」
イグニスさんとシェルさんの言葉は最もです。確かに私は悪い方に考えすぎかもしれません。ですが……使われたのは私の考案した毒である事は間違いありません。
でなければ、殺鼠剤という物をこの世界に(無意識とはいえ)持ち込んでしまった私の考案した毒を使う必要等無いのですから。
当たり前ですが、この世界には使われていないだけ、入手が難しいだけで即効性の致死毒は存在しています。
「ギュスターヴ王国の者がマリーを陥れようとして、サラマイーツ王国の王位継承争いを利用した……、そして、マリーにはその利用した相手に心当たりがあるのだな?」
アオイさんの言う通りです。あまりに下らない理由です、今更魔女として慎ましやかに暮らしている私を陥れるだなんて、余程あの時の事が気に障ったのでしょう。
「確実ではありませんが……この二人以外には思い当たりません」
そして私が告げたのは。
「カルロ様、ないしはエレーヌ様の陰謀かと思われます」
残念ですが、私を国外追放して尚陥れたいのは元婚約者か、その現婚約者しか思いつきません。
お忍びで私に接触を図って来た国王陛下に私を害する気持ちが無いのは行動で分かります。
しかし、国外追放されてみじめな生活をしているだろうと思った私がそれなりに楽しくやっているのを見たカルロ様やエレーヌ様は終始面白くなさそうな様子で去っていかれました。
私は確かに悪役令嬢でした。実害は何も無かったにしても、毒薬をストックし、さらには即効性の致死毒を考案していた……国外追放には十分な理由です。そこに何の異論もありません。
しかし、実害は何も無かったのです。その後私がどう楽しく暮らそうが、もう本国の誰にも関係ないはずです。まぁ家族には申し訳ないとは思っているんですが、そこは国王陛下がうまく取り計らってくださったと思います。
惨めに泣き暮らしている私、頼れる人が誰も居ない私、そういう物が見たかったのは、あの訪問の時の態度で明らかです。
私をそういう状態に追い込むためには……私が考案した毒薬で劇的な事……そう、たとえばどこかの国の王子が死ぬ、なんて事があれば……。
「あの馬鹿男と馬鹿女か。やりそうな事だな」
ふん、とイグニスさんが鼻を鳴らします。
「残念ながら、私への恨みはそこまで深いのだと思う他ありません。……私がやってしまった事で、皆さんにはご迷惑をお掛けしてしまいます」
「迷惑だなんて思っていませんよ。そして、どのようにこれを解決しますか?」
「私が今考えられるのはこの位で……、今はこれ以上、何も」
頭を押さえながら、私はそれだけ言いました。訪れる沈黙、私の問題ですから、私がしっかりしなければならないのに……。
アオイさんが腕の中で頭を上げました。
「よし、今から王城に戻るぞ。まずは証拠を押さえるんだ」
「い、今から?! なんで……」
「俺の鼻なら毒の匂いを嗅ぎ分けられる。この国はスパイスが多い、時間が経てば経つほど難しい。まずは特定するんだ。その先は、その時考えろ」
腕の中に抱いていた狼の首がぐっと太いものになり、巨大なフェンリルの姿へと変わりました。私の服を咥えて背に乗せると、アオイさんは一目散に王城へと駆けます。
――その先は、その時。
私がいくら悪い想像をしても、何も確証はありません。アオイさんの言う通りです。
向かい風に背を低くしながら、夕暮れの王城へ向かいました。
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