第72話 黒幕、の黒幕

「誤解だ! ワシだってあれが毒だと知っていたらこんな事は……!」


 右大臣はすぐに見つかりました。執務室に居る事が分かったので、すぐに私とアオイさんは駆け付け、人払いをして女官から聞いた事をそのままぶつけました。


 焦燥した様子の右大臣が嘘を吐いているとは思いたくないのですが、あまりに大袈裟で演技臭いというのは、先程の女官との対比で大層嘘臭く見える物です。


 狼程のサイズのアオイさんが歯をむき出しにして唸ると、右大臣はひぃと悲鳴を挙げて頭を抱えました。


「正直に話してください。そしたらアオイさんはあなたを噛んだりしませんよ」


 そもそも噛む気は0でしょうね。アオイさんは紳士な上に人間に友好的なので。なのでこれは私からの牽制です。フェンリルの威を借りさせていただきました。


「……ギュスターヴ王国のシャーウィル伯爵家の特産が何かは、ご存知だろうか」


 シャーウィル伯爵家。あの婚約者を奪ってくれたクリスタルの約束のヒロイン枠の彼女の家名がいきなり出てきました。


 この時点でもう、状況証拠としては真っ黒なんですけど、とりあえず話を全て聞く事にしましょう。


「いえ、不勉強で申し訳ありません。存じ上げません」


 シャーウィル伯爵家が裕福なのは知っていますが、確か何か特産物があったからだと記憶しています。その内容までは本当に不勉強で申し訳ないんですが、知りません。薬草学に夢中だったもので。


「染物だ……正確には、領地では様々な染料が採れる。植物性のな」


 なるほど、少し話が見えてきました。ここで私が憶測を働かせるよりは、右大臣に全てを聞いた方が早いでしょう。


「この国は暑い。染物の布は日焼けに強く、屋台の天蓋であったり、女性の衣服に使われる。この国で主に輸入し、そういった生活に活用していた。輸出入については右大臣である私が担当している分野だ。昔からの付き合いがあった」


 重要なのはこの先です。この右大臣、本当に毒だと知らずに第二王子に飲ませたのか、毒だと知っていて第二王子に飲ませたのか。


 毒の経路はシャーウィル伯爵令嬢及びシャーウィル伯爵家の線で黒でしょう。あとでクリス神様にお伝えしてブルーさんとポールさんにお伝えしてもらいます。その方が動きやすいでしょうから。


「そこで、今第一王子と第二王子の王位継承争いの事はもちろんシャーウィル家も知っていた……。一計を講じてはどうか、と話を持ち掛けられた。これは軽い毒薬だと、そう言って渡されたのだ。軽い毒だが表面上は重症化するように見える。しかし、材料は市井でも手に入る物で特殊な物ではない、と。簡単に解毒できるが、一度は大騒ぎになるはずだ、そうなればもちろん毒を盛ったのは第一王子派の……左大臣あたりに疑いが行くだろうと。……ワシは騙されたんだ! 何が軽い毒だ、魔女様がいなければ今頃私は第二王子を……っ!! あんな姦計に乗ったワシが馬鹿じゃった、さぁ、噛み殺すなりなんなりするがいい!」


 そう言って大きなおなかを揺らしながら右大臣は床に両腕を広げて転がりました。


 動物じゃないんですからお腹を出して降参しなくてもいいと思いますよ……、というのは横道に逸れるので黙っておくことにして。


「貴方のお話に嘘は無いと思います。すべての黒幕が分かりました。貴方にも相応の責任を取ってもらう事になるのは間違いないですが……何せ第二王子に毒を盛った事には変わりありませんので……それは私が罰を下す事ではありません。お話、ありがとうございました」


 私は恐怖と怒りに震える声で、努めて冷静にそう告げると部屋を後にしました。これ以上この不様で考えなしの右大臣と話すのは嫌だったのです。いえ、その原因を作ったのが私だと思い知るのが……嫌だったのです。


 王城の方に伺って、第二王子の様子を訪ねます。今はまだ落ち着いて眠っていらっしゃるという事で、第二王子への報告は明日以降になるでしょう。


 今日は王宮から誰も出さない、そう決めていたので、今日は部屋を用意してもらってこのまま王城に泊まる事になるでしょう。


 右大臣に見張りを付けることをお願いし、配膳の女官には最大限融通を利かせてもらう事などは明日第二王子が目を覚ましてから伝える事にしました。


 右大臣の見張りは、逃走よりも自殺防止です。この国の王城は風通しがよく平屋建てになっていますが、死のうと思えば人間どんな手段でも死ねますからね。


 私は女官から没収したポケットに入った毒薬に触れました。


 嫌なものです。これで私がやろうとしていたのは、明確な殺意を持った毒殺です。


 思いとどまりました。薬自体を作りもしませんでした。よく歯止めをかけたものだと思います。その事だけが救いだったのに、まわりまわってこんなところで誰かを殺す所でした。


 私は助けたのではありません。自分の罪を帳消しにしようと……そう必死だっただけです。


 案内された部屋にアオイさんと入ると、私は入口のところで頽れました。


 恐怖に手が震えています。まだ憶測だった時はよかったのです。ですが、憶測が的中してしまった。怖いです。……とても、怖いです。


「……っふ」


 私の目から涙があふれてスカートの上に落ちます。怖かった。誰にも言えない、それこそが本当に私に与えられた罰なのかもしれません。


 アオイさんが心配そうに鼻先を寄せてきます。私はもふもふの首に抱き着いて、声を殺して暫く泣きました。


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