第60話 ローズの日

 調薬に旅行の準備にと忙しくしている最中、ローズの日がやってきました。


 せっかく準備していたので、旅立つ前に迎えられてよかったと思います。これであのアクセサリー……らしきものを皆さんに渡す事ができます。


 朝から村の方から大きな牛肉の塊やチーズなどを貰いました。いつものお礼だそうです。私は小分けにしてあるハーブティーをお返しに渡しました。ティーバッグ作ったんですよ、便利ですよね。


 その時贈り物を持ってきてくださった奥さんが言っていた事を思い出しました。


「最近疲れが取れにくくてねぇ。寝付けない日も多いんだよ」


 ハーブティーはそれなりに効果はありますが、栄養剤の類は造った事がありませんでしたね。前世の私も薬草酒を寝酒に呑んでいた記憶があります。


 薬草酒……いいかもしれません。こっちの世界のお酒に関する法律は15歳以上の飲酒が可能、というだけだったはず。後で調べて、できそうなら薬草酒を造ってみたいものです。


 台所にいただいた物をもって行くと、ブルーとシェルさんがちょうどいらっしゃいました。


 私はポケットに収納しておいたラッピングの小袋を二つ取り出すと、お二人にお渡しします。


「ブルー、シェルさん、いつもありがとうございます!」


「おや、ローズの日ですか。ありがたく頂戴します」


 ブルーは素直に受け取ってくれたのですが、シェルさんが硬直したままなかなか受け取ってくれません。


「……シェルさん?」


「はっ……すみません、あまりの感動につい……ありがとうございます。開けてみてもよろしいでしょうか?」


「もちろんです」


 ブルーとシェルさんが袋を開けると、しゃらりと鎖が滑り落ち、ペンダントチャームの鍵が最後に出てきました。


「皆さん家族のようなものなので、この家に鍵はありませんけど、同じ鍵を、と思いまして……」


 恥ずかしながら自分も首から下げていた鍵を引っ張り出して見せてみます。


 ブルーは優しく微笑み、シェルさんは涙目になりながら大事そうにそれを身に着けてくださいました。喜んでもらえたようでよかったです。


「お揃い……」


 立ち去る私の背中に恍惚とした声が聞こえたのは気のせいでしょう。


 ついでなので裏口から出てアオイさんにも渡しに行きます。彼は仕事が無ければリビングで寝ているか、畑仕事をしているかです。先ほどリビングを覗いても居なかったので、裏の畑でしょう。


「アオイさん!」


 予想通り野菜に水やりをしている所でした。片手を挙げて畑の外から呼びかけると、此方に気付いて寄って来てくれました。


「なんだ? おはようマリー」


「おはようございます。これ、ローズの日の贈り物です」


「ローズの日……、あぁ。あれか」


 たぶんクズハさんから何か貰った覚えがあるのでしょう。素直に受け取ってくださいました。


 袋を開けて中身を見ると、自分の首にさっそくつけてくださいます。


「ありがとう、大事にする」


「こちらこそいつもお世話になってます。これ、お揃いなんですよ、ふふ」


 私が嬉しそうに自分の物を見せると、アオイさんは暫し固まった後、出掛ける、と言い出しました。


「え、でももう朝ご飯……」


「すぐ戻る。後で食べる」


 端的にいったアオイさんはフェンリルに姿を変えられました。伸縮自在の鎖は大きくなったアオイさんの首を絞める事もなさそうです。よかった。


 そうして駆けて行かれたので、水やりの続きは私がします。外に居ればイグニスさんが来た時にも分かりやすいのでちょうどよかったかもしれません。


 そろそろ食べごろの野菜を見繕いながら、畑全部に水やりを済ませて、ちょうどよさそうな葉物野菜をいくつか収穫しました。イグニスさん遅いですね、ひとまず家の中に戻ります。


 裏口から台所に入ろうとすると、ブルーに塞がれてしまいました。なんでもシェルさんが渾身のお菓子を作っているそうで……これは朝ご飯はお菓子になるのでしょうか。葉物野菜を渡して表の玄関に回り込みました。


「マリー、おはよう。なにやらうきうきとしておるな」


「あ、イグニスさんおはようございます。ちょうどいい所に」


 私はポケットに残って居た3つの内の1つをイグニスさんに渡しました。


「なんじゃ? これは」


「ローズの日という、いつもお世話になってる方に感謝を伝える風習なんですよ」


「ということは、これは御主からの贈り物か」


「はい、私も身に付けているのでお揃いです」


 イグニスさんは、ふむ、としばしその鍵をみつめてから首に下げました。


「そうか、お揃いか。ふっふ、恩に着るぞ。さて、では少し出掛けてくる。昼には戻る」


 そういって竜の翼を生やしてどこかに飛んで行かれました。アオイさんと言い、イグニスさんといい、一体何をしに行ったのでしょう。皆目見当がつきません。


 私はそのまま玄関を潜り、祈りの間にペンダントをお供えしてお祈りしました。


(クリス神様、いつもありがとうございます。ささやかながら感謝の気持ちです)


「私にもですか。ありがとうございます」


「あら、クリス神様。おはようございます」


 あっさりとラフな格好で降臨されたクリス神様は、さっそくラッピングを開けてペンダントを取り出しました。嬉しそうにしみじみとそれを眺めると、自分の首に下げてくださいます。


「どうでしょう?」


「とても暖かい贈り物をありがとうございます。気に入りましたよ」


「よかった。これ、お揃いなんです。ずっとつけていてくださいね」


 そう言って私が首から下げているのを見せると、目を合わせて私たちはふふっと笑い合いました。


 外に馬車が止まる音がしました。誰かしらと思ってクリス神様と玄関から覗いてみると、ポールさんです。


「おはようございます、マリーさん。これはローズの日の贈り物です」


「まぁ! ありがとうございます。私からも、これ、どうぞ」


 ポールさんがくださったのは綺麗な石の嵌った小さなイヤリングでした。この位の大きさなら普段からつけていても邪魔になりませんね。さっそく身に付けます。


 私からの贈り物を受け取ったポールさんも、鍵のネックレスを首に着けてくださいました。


「状態異常無効の魔法を籠めてあります。いろんなところに行かれるので、健康に気を付けてくださいね」


「マリーさんからの贈り物なら間違いねぇでしょう」


「ちなみにお揃いです。ふふ」


 後ろで控えていたクリス神様が怪訝な顔をされました。ポールさんはその表情から何かを察したようで、ひきつった笑みを浮かべています。


「マリーさん……その、お揃いってぇのは」


「もちろん、皆さんお揃いです!」


「でしょうね、マリーさんですから。……神様、そんな目であっしをみても無駄です。この調子だと全員一緒です」


 全員お揃いだと何かまずいのでしょうか?


 ちょうどよくブルーが朝ご飯の支度ができましたと呼びに来てくださったので、私はポールさんとクリス神様と一緒にリビングへ向かいました。

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