第61話 ローズの日・2
朝ご飯の最中(朝ご飯はお菓子ではなくちゃんとした朝ご飯でした)、アオイさんが息を切らせて戻ってきました。
ずんずんとリビングを進んで私の前に跪くと、片手を取って私の手に……なにやら柔らかい鉱石を握らせました。
「俺からのお返しだ、マリー」
「あ、ありがとうございます。……これ、何ですか?」
掌を開けて中を見ると、赤い色の多面体の鉱石です。大きい上に、これは自然にカットされたものなのでしょう。光が乱反射して綺麗です。……と、視界に薬効が現れました。
幻覚作用、と出ています。はて、どうやって使うものなのでしょう?
「天然の甘味の塊だ。寝る前にひと削り飲み物に入れて、見たい夢を思い浮かべて寝るといい。どんな夢も見れる」
アオイさんが戻ると同時に給仕に立ち上がったブルーが、アオイさんの定位置に朝ご飯を並べます。説明を終えたアオイさんはさっさとそこに行って朝ご飯に取り掛かりました。
「一日に1度使ったくらいで依存症になる事はない。俺からはこの位しか思いつかなかった」
「とっても嬉しいです、ありがとうございますアオイさん」
私は大事にそれをポケットに【収納】すると、朝ご飯の続きにとりかかりました。ふふ、どんな夢を見ましょう。眠るのが楽しみです。
クリス神様とポールさんも交えて、朝ご飯は大変にぎやかなものとなりました。
朝ご飯は大事ですから、とシェルさんはいつも肉料理か卵料理をメインに献立を考えてくれています。しかし、前世の私的にはそろそろ魚も食べたい所です。
そこに、外からバサッと羽ばたく音が聞こえて、間もなくイグニスさんがリビングに入って来られました。……手に大きな魚をもって。
「なんだ、皆そろっとるのか。ちょうどいい。今夜はこれを食え、海までいって獲ってきた」
我からのローズの日とやらの贈り物だ、と大きな獲物を台所までもっていくイグニスさん。海まで……ここは山と平野に囲まれた内地の国なので、国境を越えて獲ってきた事になります。
アオイさんの秘蔵のお宝といい、食べたいと思ったタイミングで獲ってこられたお魚といい、ローズの日ってこんな豪勢なものでしたっけ? ポールさんが一番常識的です。……はっ、そうか。アニマルな皆さんの常識の範囲は人間と違うのか。それなら納得です。
戻って来たイグニスさんの定位置には、ブルーがすかさず朝ご飯を用意していました。
「ありがとうございます。ちょうど、食べたいなと思っていたところでした」
「生でも旨いぞ。脂の乗った旬の魚だからな」
「うれしいです。お塩でいただきましょう。マリネもいいですね」
醤油とワサビが無いのが悔やまれます。絶対美味しい、醤油で食べるのが絶対美味しい。
はっとしてポールさんを見ます。もしかして、ポールさんのお荷物の中には醤油があるのではないでしょうか……? 可能性があります。
「ポールさん!」
「はい?! なんでさ、マリーさん」
口いっぱいにオムレツを詰め込んでいたポールさんがごくんと飲み込んで私の勢いに流されるように返事をします。すみません。緊急事態なもので。
「後で調味料の類を見せてください。私の欲しい物があるかもしれないので」
「そりゃあいいですけど……急にどうしたんです?」
「私が知っている生魚の食べ方に、ちょうどいい調味料がもしかしたらあるかもしれませんので」
もし、なかったら……作ろう。大豆くらいはあるでしょう。小麦と塩はあります。あとは【調薬】で……ふふふ……魔法って素晴らしい。
私が一人うふふと不穏な笑みを浮かべているのを察して、クリス神様が言い出しました。
「待ってください。他の物を用意しようかと思いましたが……マリーの欲しい物は私が用意しましょう。それが私からマリーへの贈り物ということで」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
クリス神様からの贈り物なら間違いありません! やったー! ローズの日万歳!
にこにこでそれを喜ぶ私に、クリス神様が何故か苦笑いされています。なんででしょう、美味しい物を美味しく食べる幸福は何者にも代えがたいのですよ?
こうして朝ご飯を終え、今日はポールさんとクリス神様というお客人がいるので調薬をお休みして(大方は作り終えてます)歓談していました。
イグニスさんもソファにふんぞり返って時折会話に混ざり、アオイさんは狼の姿で私の足元に伏せています。もふもふが足にあたって気持ちいいです。
と、そこにシェルさんが大きなクロシュで覆われた皿を持ってきました。後ろにはティーポッドを持ったブルーが居ます。お茶、という事でしょうか。にしては大業ですね。
「これは、私からマリー様への贈り物ですが……さすがに食べきれないと思うので、どうぞ皆さまでお分けになってください」
そういって私の目の前に置かれた皿からクロシュが外されました。
そこにはどうやって作ったのか、ロイヤルアイシングのバラがふんだんに咲いたホールケーキが鎮座していました。飴細工の繊細な葉っぱもついています。チョコレートは不使用のようなので、これならアオイさんも食べられます。なんだかんだいってシェルさんは優しい人です。
目を丸くしていると、ブルーが人数分のお茶を淹れてくれます。
「切り分けましょうか?」
そして尋ねられたので、私はこくんと一つ頷きました。
「そして、皆で食べましょう」
結局朝食の後も、リビングにいっぱいで一緒にケーキを食べました。
家族のように大事な人とこうして一緒に過ごせる……、ローズの日に、感謝を。
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