第59話 調薬とおやつ
さて、南の国へ行く算段が整ったところで、私は残していく薬の調薬をしなければなりません。
魔女のマリーが居ない間、ブルーが代わりに薬を卸してくれますが、万全の準備をしておかなければ肝心な時に必要な物がないということになります。
昨日山のように積んだ薬草類を前に、私は手始めに風邪薬から調薬をはじめました。
風邪というのは諸症状の総合的な呼び方で、実際に風邪の特効薬というのは存在しません。この世界でもそれは変わらないです。
熱、のどの痛み、鼻水、怠さ、関節痛、などに効くように様々な効能の薬草を少量ずつ、互いに互いの効能を打ち消さない割合で配合します。まぁ【調薬】なら一瞬でできるのでそこまで気を使わなくてもいいんですが、無かったら準備に一週間では足りない所でしたね。
ちなみに粉タイプより丸薬タイプが人気です。粉はどうしても苦味やえぐみがありますからね……お子様用のシロップとか、そのうち開発してみたいものです。
そんな事を考えながら午前中いっぱい風邪薬の調薬をして終えました。うーん、伸びをすると肩が凝っていますね。袋詰めなんかは手作業なのでそのせいでしょうか。
お昼を食べに階下に降りようとすると、研究室のドアがノックされました。
「はい?」
少々疑問形で答えると、シェルさんがお昼ご飯にサンドイッチを作ってもってきてくれました。スープもあります。さすがシェルさん、やる事に隙がない!
「ご迷惑かとも思いましたが、頑張っていらっしゃるようなので」
「ありがとうございます。これならすぐ食べられるのでありがたいです」
昨日の兎の香草焼きに甘しょっぱいソースがからめてあります。
葉物野菜のしゃきしゃき感と相まって美味しいです。これは午後のやる気も満タンですね。私が食べ終わるのを待って、シェルさんはお皿を下げて出て行かれました。
午後からは胃腸薬、解熱剤、傷薬に取り掛かります。
風邪薬は総合感冒薬なので意外と微妙な調整が必要だったりもしますが、これらはそれぞれの効能のある薬草の薬効を抽出して固めたものなのでそこまで手間でもないです。今日一日で出来る量でもないので、無理しない程度に作り始めます。
傷薬には固めた油を一緒に混ぜて伸びがよくなるようにします。油紙に包んでクリス神様の袋に入れて一つ完成です。この調薬の後のちまちました作業が結構な重労働なのですが、ワガママも言ってられません。
酪農家の方や農家の方で一番需要が多いのは傷薬だったりします。放って置いても治る時は治るのですが、少し大きなけがなどは洗って清潔にして薬を塗りこんでもらった方が治りも早いし破傷風も起きにくいです。
消毒液は精製するまでもなく、お店に高い度数のアルコールがあるのでそちらを使っていただいております。エールとかはダメですよ、とちゃんと卸すときに注意しておきました。
傷薬をボウルいっぱいに調薬した私は、ちまちまと油紙に包む作業に移りました。
薬草をそのまま貼るのは深い傷などには染みなくていいのですが、皆さんの生活でそこまでの深い傷を負われる事は早々無いようです。打ち身が一番多いかもしれません。
こうしてせっせと油紙に包んでいる間に窓の外が暗くなってきました。今日はこのくらいにしておきましょう。
作り置いた薬も【収納】してしまえば劣化する事はありません。一週間もあるのです、気楽にやっていきましょう。
という事で本日のお勤めおしまいです。ふー、疲れた。
下に降りると晩御飯までの間に、とシェルさんお手製のお菓子とブルーの紅茶が出てきました。至れり尽くせりですね、感謝感謝です。
疲れた頭に糖分が染み渡ります。前世でもコンビニで甘い物を買って帰ってたなぁ、なんて思い出しながら、それよりもずっと美味しいお茶菓子を無意識に食べていたら……おや、お皿いっぱいにあったプチタルトがどこかに消えました。おかしいですね。
「……もしかして、私……全部、食べた……?」
信じられません。お茶も3杯は飲みましたが、まさか出された物を全部食べてしまうなんて。シェルさんも想像していなかったはずです。うわ、これはヤバい。食べすぎ。
ワンピースのお腹周りが少しキツい気がします。……夕食を抜いたほうがいいでしょうか。いいですよね。こんな生活が続いたら私は子豚まっしぐらです。
おずおずと台所にあいたお皿を持っていきます。そして私は言いました。
「ごちそうさまでした。……夕飯はいりません。明日からはお菓子は作らなくていいです」
シェルさんが「そんな?!」って顔をしてますけど、私あなたに乗って南の国に行くんですからね。荷物は軽い方がいいでしょう?
「食べ過ぎてしまうので……、甘いものは嬉しいんですけど……夕飯も本当は食べたいんですけど……こう、お腹周りがダメな感じなので……」
せっかく作って下さってるのに申し訳ないとは思いつつ、素直に言いました。
シェルさんは作業の手を止めて手を洗い、手ぬぐいでしっかり手を拭いてから私の目の前に立ちました。
そしてあろうことか、両手で私の胴を掴んで持ち上げられました! 赤ちゃんがやってもらってる高い高いです!
「こんなに軽いのですから、食べたいなら食べていいんですよ。マリー様は少し気にしすぎかと」
それを傍目にみていたブルーもうんうんと頷いております。
「……でもやっぱり気にはなるので、明日のお菓子、せめて今日の半分にしてください」
「わかりました。三食ちゃんと食べてくださるのなら、お菓子は控えめにしておきましょうね」
微笑んだシェルさんが私をやっと降ろしてくれました。あーびっくりした。
仕事に夢中になると生活がだらしなくなる癖は前世のものでしょう。それが治ればいいんですけど……こんなにおいしいものに囲まれていては難しそうです。
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