第57話 南の国の需要

 今日はポールさんが久しぶりに行商を終えてうちにいらっしゃいました。お部屋はちゃんと空けてありますので何日かご滞在なされても大丈夫です。


「そういや、今こんなのが出回ってましてね」


 そういってポールさんが取り出したのは、丸薬の入った袋でした。


「殺鼠剤っていうもんらしいんですが、麦や米の倉庫において置くと鼠がこれを食ってばたばた死ぬっていうしろもんらしいんですわ」


 わ~~……出回るのはや~~い……。


 私は興味深そうにその丸薬を見ました。【調薬】の魔法のお陰で効能がわかります。ふんふん、ちゃんと訂正したレシピ通りの物に出来上がってますね。


「農家の間じゃ大人気ですよ。しかも材料もそんな高いわけじゃないから安価で手に入る。いやぁ、これを考えた人は素晴らしい人だ」


 ポールさんの言葉を聞いていて、ひっかかりを覚えた私は殺鼠剤から顔を上げて彼の顔をみました。笑ってますが、目がこう、はい、バレてますねこれ。


 元々私の監視役だったわけですから、私が国外追放された理由なんかも分かっているのです。で、国を離れた途端にこんなものが出回ったのだから、私と陛下の間で何ら彼の取引があったのを察したのか……。


「で、これはその素晴らしい人へお貸しするようにと賜ったもんですわ」


 何冊もの医学書がテーブルの上に置かれました。ポールさんを使う事にしたのは、秘密は知る人間が少ない程いいという御判断でしょう。それでバレたのか、と得心がいきました。


 毒薬としての役目をさっさと殺鼠剤へと切り替え、市井に流行らせる事で貴族から興味を逸らす。その手腕は素晴らしいですが、本当行動が早いというか、何というか。


 私としては私の罪が少しでも軽くなった方がありがたいのでいいのですが。私は追放されて幸せにやっていますけど、実家の両親や兄弟の事を考えたら、私の罪は軽いに越した事はないのです。今頃父や兄弟が王宮で取り立てられているかもしれません。実家への影響は少ない方がずっと嬉しいです。もう帰りませんけど、一応家族ですし。


「で、ですね……マリーさんの実力を見込んで、南の国に卸すための物を作って欲しいんですわ」


「南の国、ですか……?」


 はて、確か南の国の話は以前も聞いたことがありますね。


 食べ物は香辛料たっぷりで、暑くて、あぁ、虫がすごいんでしたか。


「もしかして、殺虫剤の類が欲しい、という事でしょうか」


「話が早くて助かります。……大国では色んな研究が為されてますが、こと毒薬に関しては対人用のものばかりでね。虫の害がほとんどないから仕方がねぇんですが。南は南で、虫がいるのが当たり前、な生活を送っています。それに、うちの国程研究が進んでいないというのが現状です。ここらで一発殺虫剤をクリス神様の名前と一緒に卸したら……なんて商売人の血が騒ぎましてね」


 確かに、鼠にだけ効果がある(もちろん人が誤食したらそれはそれでそれなりに大変な事にはなりますが)薬というのは私がこの世界では初めて作ったのでしょう。


 前世の知識で言うなら蚊取り線香やスプレー式の殺虫剤、ゴキブリには食べて巣に持ち帰るタイプ、蚊帳なんかもよさそうですね。


「でも、南の国ではその国の信仰がありますでしょう? クリス神様の事を邪神だなんて言われたらたまりませんよ」


「なんというんでしょうねぇ……南の国はおおらかなんですよ。神様が何人いてもいい、という考え方なんでね。たぶんクリス神様の事も崇めるんじゃねぇでしょうか」


 ちょっと前世の日本に似てますね。信じない人は何の神様も信じませんし、信じている人はいろんな神社に出向きますし。そういう感じなのでしょうか。


「そういう事でしたら……ちょっと考えてみます」


「いや、有難い。南の国で誰が一番そういう物を必要としてるかっていったら、現地人より俺らのような行商人や旅行客といった外国人ですから」


 虫が嫌う植物が確かあったはずです。前世の記憶をフル稼働させて、まずはその植物の栽培からはじめないといけませんね。


 蚊取り線香はたしか、除虫菊というものから作られていたはずです。庭には無かったので、この世界で近い性質の植物を探す所からですね。見れば分かるので、またアオイさんにあの花畑に連れて行ってもらうというのもありです。


 やる事があるというのはいいですね、俄然やる気が湧いてきました。この世界の医学書の勉強は「いつかあるかもしれない」危機に備えて読んでいるので、目の前にしっかりとした目標があってその為に行動するというのはやる気が段違いです。


「少しお時間をいただくと思います。あまり期待せずに待っていてください」


「時間が掛かるのは当然でさ。こういうのは、本当は南の国が進んでやらなければなんねぇんでしょうが……香辛料の種類と効能があるんでね。大体は対処療法なんです」


「あらかじめ防ぐという考えが無いんですね。それはそれで、土地に根差して生きているのですからいい事だとは思いますよ」


「が、限度もあります。あの国の料理が口に合わない奴が深刻な病気にかかってからでは遅い。薬の代わりの食事ですから、ちゃんとした薬もない」


 伝染病に罹ってそのまま自国に帰国したら、そこから伝染病が広がる可能性もあります。


 香辛料の類は毒を輩出する成分が多分に含まれているとはおもいますが、私も辛すぎるカレーは食べられません。


 やって損な研究ではないはずです。


「わかりました。その依頼、お受けいたします」


「助かります」


 どうせなら私が作れるだけじゃなく、南の国の人が作れた方がいいような気がしてきました。とすると、南の国の植生から開発した方がよさそうです。


 よし、南の国、行ってみましょう!

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