第56話 ペガサス談義
「シェルさんはそもそも、一度も戦場に出た事は無いのですか?」
朝ご飯を食べながら、先程の話の続きをします。ペガサスの生態そのものはかなり謎に包まれていて、話題に事欠きません。一緒に暮らすようになって長くなりましたし、教えてもらえる範囲でお話を伺おうと思います。
「いえ、何度か人間に轡を咬まされましたよ。戦場にも出た事があります。それなりに長い時を生きているので、何人もの戦士を見送ってきました」
「そうなんですね……戦士の方が引退される時にまた野生に戻られる感じですか?」
「はい、我々は近くにいる群れに合流する性質がありますので。そして寒い場所が苦手なので、群れで渡りをして人に紛れて暮らします。住み心地がよければそこで数年過ごす事もありますよ」
そういえば、シェルさんが落ちて来た時も群れが南方に向って飛んでいっていました。あれは渡りの最中だったんですね。
「あの脚の怪我は……?」
「人型の時に痛めまして。治る前に渡りの季節が来たので群れと共に出発したのですが、空を蹴るというのは中々脚に負担がかかります。落ちたのが畑で柔らかかったので命は助かりましたが……あなたが適切な治療を施してくださらなかったら、死んでいたでしょうね」
オムレツをつつきながら、そんなこともあったなぁ、と思い出して聞いていたら、なにやら微笑んだシェルさんが私をじっと見ています。
「美味しいですか?」
「? はい、とっても。毎日美味しいご飯が食べられて私は幸せです」
「私も、あなたに救われて、こうして仕える事ができて幸せなんです」
そんな事をしみじみ言われたら照れてしまいます。
しかし、もともと渡りの習性を持っていらっしゃるなら、ひと所にとどまるのは窮屈なのではないか、とも考えてしまいます。まだ一年も一緒にいないので、もう少しくらいはいてくれるかもしれませんが……。
「もしシェルさんが渡りをされる時は、めいっぱいお祝いしてからにしましょうね!」
笑顔でそう返したら、何故かシェルさんが片手で頭を押さえて盛大なため息を吐かれました。あれ? 私何かおかしいこと言いました?
「しかし勇敢に戦うシェルさんのお姿はきっと美しいのでしょうねぇ……」
ペガサスはうっすら虹色の光沢をもつ白い羽根をしています。それが戦場で戦う姿はきっと絵になるに違いありません。
ユニコーンとの戦い? あれは……ほら……間近で馬2頭が暴れてたわけで美しいとか思う暇もなかったと言いますか。怖かった。
「戦場なんて良い物ではありませんよ。あまり幻想を抱かれないように。……マリー様は戦場には出られないでくださいね」
「駄目ですか? シェルさんに乗ってこう、さっそうと戦場を駆け抜けるとか」
柔らかい焼き立てのパンをちぎって口に運びながら言うと、私が乗せるのでしたらまぁ……、というあいまいな答えが返ってきました。
「シェルさん以外ですと問題です?」
「そうですね……他のペガサスには乗って欲しくはありませんね」
「それはなにゆえ」
シェルさんも上品にカトラリーを使いながら食べていましたが、その手を止めて背筋を正し、まっすぐ私を見詰めていいました。
「危ないからです」
「危ない……まぁ戦場はどこも危ないとは思うのですけれど」
「いえ、私の背の上ならば、私がいる限り必ず傷一つつけない事をお約束します。ですが、他のペガサスではダメです」
それは、命を賭してシェルさんが守ってくれるから、という私情というより、客観的事実に基づいた主張に聞こえたので私は首を傾げました。
「シェルさんと他のペガサスでは違いますか?」
「はい。……先程お見せした通り私は一文字魔法が使えます。ですが、それはとても珍しい事なんです。自分で言うのも何ですが」
「ペガサスは皆さん魔法を使われますよね。一文字魔法はペガサスの中でも珍しいんですね、なるほど」
「私位長く生きていれば一文字魔法も幾つか修めております。ですが、大半のペガサスは……特に人に捕まるのは、若い個体です。若い個体ではせいぜい二文字魔法が限界でしょう」
シェルさんは正確にはどの位生きていらっしゃるのでしょう?
あまりに自然に執事の格好をして執事や使用人の仕事をプロフェッショナルにこなしてくださっていたので気にしていませんでしたが、人に混ざって生きる、にしてもその腕前は相当なものです。
その上一文字魔法が使える。一文字魔法を修めるにはそれは長い修練と時間が掛かります。複雑な呪文は文章で相手に話しかける感じですが、一文字魔法は一文字で相手にそれを伝えるという感覚です。どれだけ難しいか推して知るべしというか。
そんなに長く生きて来た人が、私が命の恩人だからと言ってずっとそばに居てくれる、と思うのは……うーん、傲慢な気がします。
「シェルさんは一体……おいくつなんですか?」
「私ですか。ふふ……そうですね、そこは、内緒にしておきましょう」
悪戯っぽく笑いながら人差し指を唇に当てるシェルさんの年齢は、見た目からは完全に年齢不詳です。
齢18年(前世と足したら48年)の私よりはずっと上なのは間違いありません。
「ごちそうさまでした。お皿洗いお手伝いします」
「はい、では一緒にやりましょうか」
あれ? 結局あまり何も聞けなかったような……、そんな事を想いながら、並んで台所に食器を下げにいきました。
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