第43話 毒と癒しの温泉

 キマイラの死体を放置しておくわけにはいかないので、イグニスさんが焼いてしまおうと仰いました。


 しかし、私がキマイラの死体を見ると、部分部分に薬効のある箇所があります。これを回収しない訳にはいきません。


「イグニスさん、ナイフをお持ちでしたよね?」


「あぁ。なんじゃ、使うのか」


「キマイラの素材なんて早々手に入りませんから、取れる部分は回収しておこうと思いまして」


 イグニスさんに借りたナイフを手に、わたしは腕まくりしてキマイラに近付きました。


 まずは前脚の毒爪。これはごく少量を薄めると心臓麻痺に効果のある薬になるようです。10本全て切り取り、ポケットに【収納】しました。


 続いて山羊のツノ。これは魔力の塊で、削った粉に任意の薬効を載せられるというお宝です。素晴らしい。これも根元からナイフで切り取ります。少し時間がかかりました。


 蛇は黒焦げですが、山羊と獅子の胴の間に毒袋があるようです。腹を切り裂き、赤い内蔵の中にある紫色の器官を切り取ります。切り取った口は一つ一つ縛って毒が漏れないようにしました。この毒袋自体には薬効は無いのですが、これを使ってワクチンが精製できるようです。自然毒の塊のような物なのでしょう。


 こうして素材を回収し終わった私は、あぐらをかいて待っていたイグニスさんにナイフを返しました。


「ありがとうございます。もういいですよ」


「そうか、ならば焼くか」


「お願いします」


 周辺の木は暴れたキマイラによって殆ど倒されていたので、山火事にならない位置にドラゴン姿のイグニスさんが咥えて運び、そこで炎のブレスで焼き切りました。


 骨だけになったキマイラを、雑に尻尾でバラけさせています。はて、何をするつもりなのでしょうか?


「マリー、この辺の木に【修復】を頼む」


「あぁ、なるほど。そのままやったらキマイラまで修復しちゃうからなんですね、いいですよ」


 暴れたキマイラとイグニスさんとの戦闘、及び後始末でボロボロの大地に向かって、私は無事な森の部分から手をかざします。


 結構な魔力が、イグニスさんを庇った時に持っていかれていますが、ここを直すくらいならばなんとかなりそうです。


 目を伏せて、倒れた木々に集中します。体の中を迸る魔力を集中させ……。


「【修復】」


 呪文を唱えると、折れた木々の幹が残っている根に向かって次々と戻っていきます。綺麗に木として立ち直ると、ドラゴン姿のイグニスさんには多少狭苦しい程の森が姿を取り戻しました。


「すまんな、助かった。乗れ、お主も疲れたろう」


「お言葉に甘えさせていただきます」


 ドラゴンライドはスピードが速くてまだ少し苦手ですが、今は歩いて戻るほど体力……魔力が残っていません。


 寝そべるように背に抱きついて乗ると、脚を怪我しているからか、慎重にイグニスさんは飛び上がりました。


 すぐにあの綺麗な温泉が見えてきました。割と近くだったんですね。行きは急いでいて分かりませんでしたが。


 温泉に戻ると、先ずは先程採取した山羊のツノをゴリゴリ石に擦り付けて削りました。それをハンカチに包んで、温泉につけます。この温泉は自己治癒力を高めてくれる薬効があるので、その薬効をツノの粉に含ませ、湿らせて塗り薬にします。


「見せてください」


「あぁ」


 イグニスさんは素直に患部を晒しました。なんだか出会った時を思い出して、ちょっと笑ってしまいます。あの勇猛果敢なドラゴンが、私の言葉に素直に傷を見せる……ちょっぴり可愛いです。


 回復魔法で応急処置をした火傷にべったりと薬を塗り、そのままハンカチを割いて包帯にし、グルグル巻きにします。これで処置完了です。


 毒というのは少量であったり、症状に合わせれば薬にもなります。悪役令嬢ムーブをかましていた時の私がキマイラのツノを手に入れていたら……たぶん、何かの毒薬に使っていた事でしょうね。便利すぎますし。


「何というか……これも輪廻というのかのう。我が倒した者の素材で我の傷を癒す。本来はあのキマイラも縄張りを持っていたのじゃ。じゃが、人の手が入ってな……人は増える。群れて知を成し広がってゆく。キマイラも住処を追われ、そして我の縄張りに入った。我は縄張りを譲らぬ、故に戦った。そして人の子の手によりその傷を、キマイラの素材で癒される。いや、はや、なんとも……数奇なものじゃ」


 治療している最中、イグニスさんは語りました。元々自然があった場所を開拓して人は増えていきます。いえ、人が増えたから開拓していくのでしょう。


 それを悪いことと断じることはできません。私もその歴史の上に生まれています。


 イグニスさんはどれだけの歴史を見てきたのでしょうか? 私は不老不死になった今、どれだけの歴史をこれから見ていくのでしょうか。


 なんだかしんみりしてしまいました。


「して、主はその血みどろの格好を着替えなくても良いのか?」


「はっ……! 毒袋を取り出す時に思いっきり身体をねじ込んでしまいました! 温泉に浸かって着替えます!」


 今の私は殺人鬼もびっくりの血だらけです。うっかりその事を忘れていたので、イグニスさんに言われるまで気付きませんでしたが、これで戻ったらシェルさんとアオイさんが動揺してしまうでしょう。下手したらブルーは卒倒しかねません。


「よい、よい。また獲物を獲ってこよう。ゆっくり穢れを落とすがいい」


「ありがとうございます。……無理しないでくださいね」


「この程度で獲物を狩れねば飢え死にしとるわ。いってくる」


 こうしてイグニスさんが森の中に消えたのを見送り、私は再び温泉を満喫しました。

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